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人食い狼について

『人食い狼について調べたことをまとめる。

 とうの昔に絶滅したとされる狼(これをパックと呼称する)、代わって現れた二足歩行の狼(これをヴォルフと呼称する)は増加傾向にあり、国が総力をあげて駆除しているが、30年以上経過した今も状況は変わらない。ヴォルフは基本森の中で群れて行動し、肉食で人間以外の動物も食べている。家族愛が強く、パックや我々となんら変わらないこともある。ただ、最近では我々と同じ言葉を話すヴォルフもいるという噂を聞いた。その真意を調べるた』


 声を落とした、吐息。


『ねぇねぇどんなことが書いてあるの?』


 赤ずきんは頷き、小声で返す。


「人食い狼についての日記かな。ページが途中から血まみれで全部読めない」

「うーん、人食い狼さんの研究でもしてたのかもね」

『持ち主はいないの?』


 赤ずきんは小屋のベッドに目をやる。


「……もうお腹の中かも」


 血まみれのベッドで眠る、お腹を丸く膨らませた人食い狼を見下ろす。

 大きな口を真っ赤に濡らし、剥き出しの牙も赤黒く塗りたくられている。

 45口径のダブルアクションリボルバーを静かに抜き、眠っている人食い狼の心臓に銃口を向けた。

 甲高い破裂音と共に、森が騒いだ。

 衝撃で跳ね、すぐにだらん、と垂れる。

 シーツに新たな鮮血が飛び散った。

 大きな口から、鼻から、耳から血が漏れていく。


「戻って依頼人に伝えないとね」

『どんな人だったの?』

「軍の調査部隊隊員」

『なにそれ』

「何故彼らが生まれたのか、その謎を解明できれば駆除の効率も上がるだろうってことで組織されたんだって」


 森の茂みが激しく擦り合うように揺れて、狼は尖った耳を忙しく動かす。


『いっぱいいる!』

「あらら、一匹狼かと思ったや」


 肩をすくめ、ボルトアクションライフルに持ち替える。

 窓をグリップで割り壊す。

 小屋から飛び出した狼は、視界から外れないように森の中を動きまわった。

 ニオイを感じ取った人食い狼が3頭、茂みから姿を現す。

 鋭く太い牙で喰らおうと襲い掛かってくるが、狼は軽快に躱して小屋に向かって駆け出した。


『もぉ気持ち悪い!』

「……」


 構えている赤ずきんは、照準器越しに狙いを定め、人食い狼に向かって発砲。

 小屋が軋む爆圧と爆裂音が森に響き、野鳥が一斉に羽ばたいた。

 心臓部に直撃。ボルトハンドルを起こして引き、排莢してから再び前へ押して装填。

 もう1発、さらに1発、無駄のない動きで確実に仕留める。

 3頭の心臓に命中し、呻き声を上げながら倒れた。


『まだ臭いがするよ』

「そうだね。でも出てこない、銃声で驚いて全員飛び出してくると思ったんだけど」


 リボルバーに持ち替えて森の中を警戒して進む。


『臭い、こっち!』


 狼が先頭を歩き、草むらを掻き分けていく。


「……」


 草むらの向こうに土を深く掘った穴が見えた。

 穴の前で親狼が唸っている。

 片足を罠で負傷し、起き上がれない状態で、襲い掛かってくる様子もない。


「ふぅ、なるほど、子どもがいたんだね……」


 穴の中にはまだ目の開かない赤ん坊の人食い狼が寄り添い震えている。


『そうなの? じゃあそっとしておいた方がいいね』

「…………」


 銃口を向け、穏やかな瞳に赤ん坊を映す。


『赤ずきん?』

「そう、だね、うん」


 言葉を躓かせながら頷き、銃を下ろした。

 見計らい、人食い狼は大きな口を開けて噛みついた。リボルバーごと右手に食らいつく。


『赤ずきん!!』


 咄嗟に大きな牙を剥き出し、地面を蹴って飛びかかった。

 首根っこに、太く鋭い牙を沈める。

 痛みに呻いた人食い狼は口を離し、甲高い鳴き声を上げた。

 解放された右手には穴ができている。血が垂れ流し状態だというのに、赤ずきんは穏やかな瞳でその様を眺めた。

 目の前で、本能のまま獲物を仕留める若い狼の姿も映す。

 痙攣して行動不能な人食い狼の目は虚ろに、前脚も後ろ脚も、尻尾も動かなくなった。


『グゥ……グルゥゥ!』

「狼クン、狼クン、もう死んでる」

『っ?! 赤ずきん、大丈夫?』

「なんとかね」


 純粋な琥珀の両眼に戻った狼に微笑み、赤ずきんは土にいる赤ん坊を見下ろす。


「……狼クン、先に戻ってて」


 斜めかけのポシェットから応急道具を取り出し、布で血を拭き取った後に消毒液をかける。

 それからガーゼを当て、包帯を巻く。


『ボク、へんなこと言った?』


 寂しそうにクンクン鳴きながら訊ねる。


「まさか、ちょっと油断しただけ。それに狼クンのおかげで助かったんだよ、ありがとう」


 左手で優しく狼の頭を撫でた。

 それから、


「だから、先に戻ってて」


 優しく零す。




 その晩、街道から少し外れた平地にワンポールテントを立て、いつものように折り畳み式のイスとテーブルを置く。

 イスに腰掛けて、ミニボトルの赤ワインと干し肉を夕食に休む赤ずきん。

 隣で伏せている狼は、干し肉と水を黙って眺める。


『ねぇ赤ずきん。あの赤ちゃんはどうなるの?』


 綺麗に汚れを拭き取ったリボルバーを見つめ、赤ずきんは答えた。


「どうなるんだろうね……」

『ボクが、ボクが』

「君のせいじゃないよ。どのみちああなってたと思う、どれだけあがいてもさ、なるようになる、だよ」

『どういう意味?』

「私たちは、できることをするしかないってこと。結果はね、決められないから……必要以上に悲しまなくてもいいよ、狼クン」


 優しさが含まれた声で寄り添う。

 尖った耳をぴくりと動かし、控えめに喉を鳴らした。


『うん、赤ずきんが、そう言うなら……』


 血で滲んだ包帯に横顔を摺り寄せた――。

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