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誘拐

 街道から逸れた平地にワンポールテント一式を置く。

 ミニテーブルには赤ワインと、硬貨が数枚。

 馬車で通りがかった男が2人、無人のテントを指す。


「おい、あんなところでキャンプしてやがる、しかも金と酒が落ちてる」

「誰もいないのか?」


 フランネルシャツにジーパン姿で、無精髭、狡猾な目つきをしている。

 馬車から降りて、テント周辺を見回す。


「こりゃ有難い、ワインもあるし、つまみも買える」


 ボトルと硬貨を拾った。


『こんにちは!』


 明るい無邪気な挨拶が飛んできた。


「いっ!?」


 どこにもいない。


「な、なんだよ、誰もいないよな?」

「あ、あぁ、テントの中は無人だった」

『こっちこっち』


 体長130センチの若い狼は尻尾を横に振って背後から呼んだ。


「うわぁっ!!」

「狼?!」


 同時に銃口を向ける。


『銃口は無抵抗の人に向けちゃだめなんだよ、赤ずきんが言ってたよ』

「しゃ、しゃべってる、なんでだ?」

「わ、分からねぇけど……こいつ売ったら金になるんじゃないか、サーカスとかに売ったらしばらく遊べるぞ」

『赤ずきんが町で買い物してるからお留守番暇なんだ、一緒にお喋りしようよ。どこから来たの?』


 純粋に染まった琥珀をキラキラと輝かせて、足元を動き回る。


「遠い遠い町から来たんだよ、内戦でもう跡形もないけどな。なぁ、面白いもんを持ってきてるから、こっちにおいで」

『面白いもの? なになに?』

「こっちこっち」


 馬車へ誘導されていく。






 数十分後……。


「お待たせ狼クン、珍しいのが買えたよ、ってあれ」


 箱を抱えて町から戻ってきた赤ずきんは、空っぽのテントに目が点になる。

 ワインも硬貨もなく、少々テント内が荒らされていた。

 赤ずきんは肩をすくめ、


「やれやれ……」


 箱を置き、ボルトアクションライフルに持ち替える。

 ボルトハンドルを引いて薬室に銃弾を確認。

 初弾を送り込んで、ボルトハンドルを倒す。

 トリガーガードに指をかけて、銃口は斜め下に向けた。

 さて、と呟いた赤ずきんは真っ赤に熟したリンゴを斜めかけのポーチに入れて捜索を開始。

 緩やかな坂道が続く街道沿い、先ほど買い物に出かけた町が見える。

 もう一度町に向かって進んだ。

 穏やかな碧眼で辺りを見回す。

 馬車が街道を走っている。射程圏内。

 フランネルシャツにジーパンの男が手綱を握り、呑気に馬を走らせる。

 荷台の後ろで腰掛ける男も同じ格好で、ボトルを傾け中身を飲む。

 ライフル銃を構え、標準器越しに標的を覗き込む。

 指はまだトリガーガードにかけたまま。

 ボトルが口から離れた瞬間、荒々しく破片と化した。

 破片が皮膚に突き刺さり、


「うがぁあわざああ!?」


 状況が呑み込めず、痛みに暴れて落下、街道を転がっていく。


「どっからだ!?」


 手綱を強く握り、馬を急かそうと鞭を打つ。

 ボルトを引いて排莢、再び銃弾を押し込んで、ボルトを倒す。

 今度は木の車輪に向かって撃ち込んだ

 見事に車輪と荷台の接続部に直撃し、荷台が傾く。

 馬はロープが千切れた拍子に遠くへ逃げ出していった。


「うあぁああぁおぉうああ!!」


 男は悲鳴を上げながら外へ放り出され、地面に打ち付けられる。

 傾いた荷台の中から金属が外れる、鈍い音が聞こえた。


『うわーん!』


 悲しい声色で鳴きながら飛び出したのは、狼だった。

 赤ずきんのもとへ急ぐ。

 涙目になって駆け寄ってきた狼に、安堵した微笑みのあと、すぐにムッと口角を下げた。


「留守番をサボった挙句、誘拐されるだなんて、リンゴはお預け」

『そんなぁ! だって、だって、あの人たち、面白いものがあるっていうから』

「面白い物、良い物は大体怪しいの、何事も疑うことが成長の一歩だよ。そして、頼まれたことをちゃんとこなすこともね、何でも屋は君と私でやってるんだから」


 狼は尻尾を内側に丸めて、クンクン鳴らしながら、


『……ごめんなさい』


 素直に謝る。


「よしよし、君が無事で本当に良かった」


 リンゴを狼に与える。

 尻尾を大きく横に振って、リンゴを銜えると容易く噛み潰し、美味しそうに食べた。


「くそ、くそっ!」


 外に放り出された男は、倒れたまま赤ずきんに銃口を向ける。

 破裂音が響いた。


「いっ!?」


 グリップが押しのけられるような衝撃が手に伝わり、男の手は空っぽになる。


「な、な、ぁ」


 45口径のダブルアクションリボルバーを構えた赤ずきん。

 部品が弾け、塗装も剥げた銃を呆然と眺めた男は、ゆっくり目線を前に戻す。すると、目の前には唸っている狼がいた。


「うぅあ!?」

『よくもボクを騙したね! この、この!』


 前脚で何度も男の顔面をバシバシ叩く。


「いて、いてぇって、悪かった、悪かったからやめてくれぇ!!」

「だってさ、狼クン。あの、無用な殺害はしませんけど、次また同じことをするのなら、容赦なく撃ちますね」

「あぁ、しない、もうしない、ありがとう、ありがとう、すみませんでしたぁあ」


 顔中を血だらけにした相方を連れて、よろよろと逃げていった。






 その晩、木の枝が燃えている焚火台を眺めながら、イスに座る赤ずきんはテーブルに新しいミニボトルの赤ワインを置き、魚を串焼きにして食べている。


『お魚、売ってたの?』

「うん、養殖だって」

『ようしょく?』

「人工的に育てたもの」

『ふーん、それって美味しいの?』

「そうだね……10点満点中7点かな、まぁまぁ」

『満点のお魚は?』


 問いに対して、懐かし気に目を細めた。


「おじいちゃんが釣ってくれた魚」

『おじいちゃん?』

「うん、おじいちゃん」


 串焼きの魚にかじりつく。

 狼は不思議そうに傾げ、味付けされていない焼き魚に噛みついた。

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