1週間前、都に新しい雑貨屋が開いた。
経営者のワイアットは、雑貨の他にリンゴをいくつか売り出す。
カウンターの奥に、ワイアットとエルシーが開店記念で撮影した写真が飾られている。
他にも、元同僚だったアルフィーと隊長ライアンとの写真。
懐かしく目を細めていると、来客を知らせる鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ、え? あれ」
扉は確かに開いたが、誰もいない。
微かに獣のニオイがして、目線を下げた。
茶と白が混じった毛をもつ、体長130センチほどの狼が、美しい碧眼でワイアットに「やぁ」と、気さくに言葉を話す。
「え、あっ! 君は、あぁ」
再び扉を見たが、人影すらなく、鈴の音が鳴ることもなかった。
『久しぶりだね、ワイアット』
「久しぶり……彼女は?」
『赤ずきんはボクの中に、ずっと一緒にいる。それよりワイアット、君は店を始めたんだね』
「あぁ、まぁそんな感じ」
ワイアットはなんとも言えない違和感を抱えながらも、平然を装い対応する。
「リンゴもあるよ、君の大好物だろ」
『うん! 開店祝いに会いに来てあげたんだから、1個ちょうだい』
「いいよ、もともとそのつもりだったし」
カウンターを出て、リンゴを棚から取ると狼の口へ。
しゃくしゃく、むしゃむしゃ、と愛らしく食べ、果汁も落とさず綺麗に丸ごと食べた。
『うん、美味しい! ちょうどいい酸味と甘みのバランス。どこで卸してるの?』
瞳の色が変わっていることに遅れて気付いたワイアットは、少し、戸惑いながらも、質問に答える。
「友人が、国境沿いで狩人をしていて、そこは廃村なんだけど、リンゴの果樹園が残ってた。暇潰しに育ててるんだってさ」
『へぇーじゃあ行ってみようかな』
「……なぁ君」
『ヘンリエッタ。ボクの名前はヘンリエッタだよ』
馴染みのある名前に、ワイアットは瞳孔を大きくさせた。
声をうまく出せず、震える喉でしゃがみ込んだ。
『ボクは、ワイアットを許しにきたんだ。もう憎んでない、悩む必要なんてないんだ。赤ずきんは、人間の中ではワイアットを一番に愛してただろうから、安心して』
大きく尻尾を横に振り、ニコニコと話す。
ワイアットは涙目で、ヘンリエッタと名乗る狼を強く、深く抱き寄せた――。