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「いや~、すまんかったねえ……まさかのっけから、こんなことになるとはボクも思わんかってん。親子丼頼んだらデラックス天丼、特大カツもつけとくで、が出て来たようなもんやん……」


 数日後、再び『やどりぎ』にて顔を合わせたスバルは、開口一番に両手を合わせて申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


 元々はハノに持って来た案件だった、と言う思いがあるのだろう。


 けれど、新人が垣間見るにはいささか胃もたれしそうな人間模様だったとは言え、年長者だからと言う理由で彼ばかりそうしたものを背負うのも違うだろう、と二人は思う。


 さすがに女性二人には宛てがわれなくてよかった、と言うのはあったが。


「一人で食えって言われたら、さすがにキツかったですけどね」


 綺麗に半面を食べ終えたサバの味噌煮を引っくり返しながらトキヤがそう言うと、スバルはホッとしたように表情を和らげた。


「警察の方から仕入れた情報によると、データ復旧成功した遠藤のスマフォから、真木田ちゃんとのやり取りが発掘出来たそうや」


 ブルーシートについていた血痕も彼女のもので、その他諸々証拠が出て来たこともあり、少女への強制わいせつ罪並びに殺害、死体遺棄については被疑者死亡のまま書類送検される見込みである、とのことだった。


 だからと言ってそれで莉子の何が救われるのかははっきりと口に出来はしないものの、彼女が訴えようとしていた真実を埋没させることなく、きちんと事件へ昇華出来たことには意味があっただろう。


「それから、お守りの袋についてやけど、あの手のちりめん生地は全国の手芸屋やら通販サイトやらでも取り扱いがあるらしゅうてな、購入者を絞り込むのもえらい時間かかりそうやて」


「……あんな変な色買うヤツなんか、そうそういねえだろ」


「そう思うやろ? せやけど、ちょっと前に大流行した和風アニメで、その色のアイテム持っとる人気キャラがおったらしゅうてな」


「その前にも大河ドラマで流行りましたね」


「…………それに乗じて買われてたとしたら、めちゃくちゃ前から計画してたってことじゃん」


「まあ……チカゲさんの話によると、エドだって自分で作ったような奴なんだろう? それこそ何年も何十年も、ずっと腹に一物抱えてコツコツ準備を進めてたのかもしれん」


 ちびちびと泡の減ったビールを舐めながらそう言うハノに、イサリの口がむう、と尖る。


「何かこう……インケン!」


「上での方針が固まり次第、そっちにも少し時間回さなきゃならないだろうからな……しばらく忙しくなるかもな」


「あーい」


「それはそうとして、例の情報流出させた関係者アカウントってフユルギさんですよね」


 先程までとは違いす、と温度を下げた眼差しを向けるトキヤに、一瞬虚を突かれたようなような表情を浮かべたものの、スバルはゆっくりと人を食ったような笑みを形作った。


「す……スバル……? お前……」


「どうしてそう思うん?」


 戸惑ったようなハノの視線は見ないふりをして、そう問う。


「…………最初にそう言い出したのはカガヤです。勿論、こいつは『勘!』と何の根拠も示せませんでしたけど、このアカウント」


 ジャケットのポケットからスマフォを取り出して画面を操作すると、トキヤはSNSのスクリーンショットを提示して見せた。


「一見、このユーザー名は捨て垢っぽい……最初割り振られたランダムな英数字のままに見えますけど、アルファベットを並べ替えると『プレアデス』になる。45はメシアカタログの登録名、どちらも牡牛座の散開星団を意味するーー和名は『昴』」


「トキヤ……? 何だその、星団とか何とかカタログとか……」


「いやあ……スゴいなあ……ホンマに二人共優秀、優秀」


 パチパチ、と空々しい拍手が静かな店内に響く。隠し通せるとは思っていなかったのか、このくらい気づいてくれよと思っていたのか、どうやらごまかしを貫くつもりはないらしい。


「まあ、こう言う仕事しとるとね……『バレたら自分もヤバいから』って相手から情報貰うこともあんねん。だからって、ボクのプライベートなアカウントから出す訳にも行かへんからね」


「……お前、そんなパパラッチみたいなこともやってるのか……」


「そりゃ、三流雑誌の原稿料なんか雀の涙ですよって。オカルトネタじゃなきゃ、載せられもせんですもん」


「……うちの元エースが嘆かわしい」


「せやけど、おかげで警察が動かざるをえんかったでしょう? エラい先生やら何やら……こう言うの、ちゃんとした媒体やと握り潰されますんで。あ、手が滑って投稿してしもた~、くらいがちょうどええんですよ」


 確かにあの炎上騒ぎがなければ、警察はどこまできちんと調べてくれたか解らない。


 芋づる式に名を挙げられ顔を晒された人々は、あの騒ぎがなければまんまと逃げおおせてこれからも被害者を生み出し続けていたことだろう。


「とにかく無茶するなよ。リアルな人間の方が、手段は問わない分何するか解らんぞ」


「肝に銘じときますー。っちゅー訳で、お二人さんも今後ともよろしゅう頼んます」


 へらへらとこちらを伺うようにスバルが笑みを浮かべるものの、イサリはぷいっとそっぽを向いたまま返事をしなかったし、トキヤも呆れた顔を取り繕いもしないまま小さく溜息をこぼしたのだった。


* * *


 一度支部へと戻り、いくつか返却用の資料ファイルを抱えてエレベーターへと向かう。


「こう言うのって全部電子化したりとかしないんだな……エコにしろー! って怒られそうなもんだけど」


「大昔の資料なんかは手順を追って開かねえと見られない隠しページとかあるからな。資料そのものに意味がある術式がかけられてたりする」


「ふーん……めんどくせ」


 瞬間、ポーン……と軽やかな音を立ててエレベーターが到着を告げた。


 す、と静かに開いた扉の向こうーー降り立った人物を見やって、トキヤは思わずギョッと顔を強ばらせる。


 止まった足に、乗らねえの? と促しかけたイサリは今まで見たことがないほどピリピリしたその顔に、驚いたように目を丸くした。


 常からあまり変化のないトキヤの表情筋ではあるが、最近はそれでもどう言う気分かくらいは察せられるようになっていたのだ。


 幾度か危ない橋を渡った時ですら、こんなに余裕のない顔はしていなかった。


「…………」


 男の視線がこちらを捉える。


 その凍りついたような感情を一切伺わせない切れ長の青い双眸、鋭さを強調するような鷲鼻、薄い口唇ーーフロアの温度が一気に十度は下がってしまったような錯覚を覚えるほどだ。


 皺一つない、いかにも高級そうなスーツを纏った男は、どんな強風が吹いても乱れなさそうなオールバックも相まって、いかにも官僚然とした威圧感を放っている。


 それを受けてようやく、呪縛が解けたかのようにトキヤが苦虫を噛み潰した顔で口を開いた。


「…………何しに来たんだ、親父」


「久しいな、トキヤ」


「『親父』? え……これトッキーの父さん?」


「君、これとは何だこれとは! 失礼だろう! お前もここではちゃんとイテクラ本部長と呼べ」


 傍らに控えていた、よく似た眼鏡の青年が腹違いの兄なのだろう。


 けれどその言葉が聞こえなかったかのように、トキヤは父である本部長を睨みつけていた。


 しかしそれを歯牙にもかけず、泰然自若の体で彼は降り立ったフロアへと視線を向ける。


「何……会議の前にワタリさんにご挨拶しておこうと思ってな。お前の話は少し聞いている。現場はどうだ、楽しいか?」


「はあ……っ!? 楽しいって何だ、俺は遊んでる訳じゃ……」


「遊びみたいなものだろう? 入隊してから四か月ほどは経ったか……そろそろ『研修期間』は終わりにしていいんじゃないのか?」


「それについては散々話をしたはずだ! 俺は管理職なんかにはつかない!」


 イサリと揉める以外で声を荒らげることなど滅多にないトキヤの怒声に、どうしたのかとあちこちの扉から他班のメンバーの顔が覗いた。


 しかし、そこに立っているのが自分たちのリードを握る上官であることを確認するや否や、さっと蜘蛛の子を散らすように自席へと戻って行く。


 そのまま陰ながらハラハラと様子を見守っているのはヒナノとキリカくらいなもので、いつもは強気な少女ですら、この冷徹の権化のような男に物申すのは躊躇するらしい。


「その野良犬は、そんなに構ってやる価値があるのか?」


 ゆっくりと持ち上げられた指先が、イサリに突きつけられる。


 その気になれば瞬きもしない内に相方を殺して連れ戻せるのだと言う言外の圧力に、思わず冷や汗が頬を伝った。


 けれど、それよりも圧倒的に苛立ちと怒りが上回る。


「……部下の能力も把握出来ずに、よくそんなに偉そうに胡座かいてられるな」


「何……?」


「トキヤ!」


「こいつが拾い上げて来た一つ一つ、それを無駄だとかママゴトだとか言わせないからな……そんな小さな平穏も守れなくて、何が世界を守るだよ」


「あのさあ」


 こう言う時、イサリのふてぶてしさは突き抜けている、とトキヤは思う。


 そして、嫌いだ敵だと判断した相手に対しての容赦のなさはさらに図抜けている。


 子供のように直感でそれを区別する彼を危ういとは常々感じていたが、今イサリの双眸を焦がしているのはトキヤへの侮辱に対する苛立ちであった。


「オレら真面目に仕事中なんだけど? 参観ごっこしたいならアポ取れよオッさん」


「…………」


「君……っ、」


「構わん」


「会議室ならもう一個上だし、多分隊長たいちょーそっちだし。あと、二十歳とうに過ぎてる一人前のオトナが出した結論に、いつまでもうだうだ言ってんじゃねえよ。だからうぜえって嫌われてんじゃん?」


 行こうぜトッキー、とさっさとエレベーターに乗り込むイサリに促され、トキヤはぺこりと申し訳程度に頭を下げて後に続いた。


 ドアが閉まる直前にベロベロバー、と思い切り馬鹿にするような顔でこちらを煽った相方に長男は憤りで肩を怒らせたが、静かに見送っていたイテクラは初めて微かに口端へ笑みを浮かべてみせた。


「成程……ああ、思い出した。あれが例の、測定器を壊したとか言う『狂犬』か」


「ええ、イサリ・カガヤ……スカウト組で、今年入った中では一番の問題児だろうと……」


「お前、気づいていたか? 氷雨ひさめ


 唐突に顔面の前まで手を引き戻すと、イテクラは何もない空間をトン、と突いてみせた。途端、そこにあった何かが瞬く間に凍りついて落下し、床の上で粉々に砕け散る。


「……っ!? それは……」


「あの子が出した火の玉だ。トキヤが私への敵意を見せるなり、いつでもこちらの頭を吹っ飛ばす気満々だった訳だ」


「…………」


「前線に置いたのは間違いなかったな。あれは生粋の戦士だ、きちんと躾ればもっと伸びる……であれば、もう少しトキヤをお遊びに付き合わせてやるのもいいかもしれん」


「……そう、ですか」


「さて、もう一つ上だと言っていたな。エレベーターはしばらく来なさそうだし、階段で行くとしよう」


 何事もなかったかのように踵を返す父の背に、氷雨はゾッとしない想いを無理矢理に飲み込んで続いた。


* * *


「何アレ、何なのアレちょームカつく! オレあいつ嫌い。お前の父さんじゃなかったら殴ってた」


「別に殴ってよかったのに」


「……そこは止めろよ息子として」


「あの人は俺を息子だとは思ってない。だから俺もあの人を父親だとは思わない」


「…………」


「悪かったな、巻き込んで嫌な想いさせて」


「……別にトッキーが謝ることじゃねえじゃん」


 下降して行く階数を示す表示がいつもより緩やかに感じる。こんな時に限って、沈黙を破るための他人は乗り込んで来たりしない。


「でもあれだな、オレは親いなくて苦労……うーん……苦労ってんじゃないけど、まあ困った? こと多少あったりもしたけど、アルバイトの時の身元保証書とか。それでもさ、ちゃんといるのに苦労してるお前の方が大変そう」


「もう慣れたよ……あの人にとって他人は役に立つか否か、使えるか否かしかないんだ。血が繋がってようとそうでなかろうと、そんなこと関係ない」


「……そう言や、お前母さんてどうしてんの? あ、えっと……ホントの母さんの方」


 一瞬、問うていいものか躊躇する気配があったものの、結局イサリはそう訊いて来た。


 もしかしたら、実母が死亡したことで引き取られた可能性もあると思ったのだろう。


「死んだとは聞いてないから、多分どこかで生きてる」


「会ったりとか……はさせて貰えなさそうだな」


「五歳で本家に入ってから接触禁止されてるんだよ。一回自宅に帰ろうとして連れ戻されて、死ぬほど殴られたことある」


「何それおーぼー!」


「……まあ、今時何時代だよって感じだよな」


 そこまでして父が何を守ろうとしているのか、トキヤには解らない。


 解りたくもない。


「…………それにしても、お前よくあんな口叩いたな。曲がりなりにも、あの人実務行動班の人事権持ってるんだぞ」


「うん?」


「下手したら、あの場でクビどころか『殉職』させられてたかもしれないってこと」


「だからウチいつも人手不足なんじゃん? トッキーの言うように管理能力ねえよ、あのオッさん」


「…………そうかもな」


 あんまりな言い草に思わず噴き出してしまう。


 ようやくいつも通りの顔になった相方に満足したように、イサリはにかっと笑ってみせた。


「まあ別にクビになったらなったで、民間の祓い屋でも開業すればいいよ」


「胡散くせえ……え、お前どう見ても社長って感じじゃないな」


「オレやんねえよ、社長はお前」


「は? 何で俺もクビになる前提なんだよ」


「何だよ冷てえな、相棒だろ。イチレンタクショー、運命共同体イェイ」


「相棒道連れにしようとすんなよ」


「あ、定年した隊長にやって貰えばいくない? っつか、ナカツドて定年とかあんの?」


「一応ある」


「んで、秘書でヒナさんに来て貰って、キリカとバクラも移籍して貰って、ゼンさんは顧問で、チカゲさんも来てもらって」


「……ウチの隊全部じゃねえか。チカゲさんは違うけど」


最高サイコーじゃん、何でも出来るぞ」


「お前の誘いで来てくれんならな」


 エレベーターが地下階の資料室へ到着する。


 くだらないやり取りを小突き合いで終わらせて、二人は地上階に比べてやや薄暗いフロアへと足を踏み出した。


→続く

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