手がかりっていうのは、探せばあるものだ。
たくさんの自動ドアの中に、いっこだけぽつんとカギのかかった開かずの間。
それが工房の管理者であるドクターの部屋ともなれば、いかにも何か隠してますと言っているも同然。
となればどうやって入り込んで、目当てのモノをいただくか……。
まあ不法侵入は大前提よね。
バカ正直に許可をもらおうとしてたら、もらえるころには【リヒターゼン】は焼け野原でした……ってコトにもなりかねないし。
「何をぼーっとしとるんじゃ、リーズ?」
おっと、いけない。
侵入経路は後で考えよう。
いずれにせよ、ドクターの不興を買ってしまっては何にもならない。
「ごめんごめん、いろいろ施設が充実してたからアタマの整理がね……で、この箱使って何するんだっけ?」
言いながらドクターに渡された、片手に収まるくらいの小さな箱型アイテム【ギアボックス】を見やれば、スキルで情報が開示される。
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【ギアボックス】
Lv 30
品質82
カテゴリ ガラクタ、キカイ
入手方法
調合・改造
【マジックギア】×3以上+【歯車】×5以上で入手
売値 1000エン
いくつもの歯車が、すべてかみ合って動いているキカイ。
あまりに複雑すぎるので、その仕組みを理解できるものは少ない。
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「はあ……もう一度言うぞ!」
ドクターの言うことをまとめると、こう。
この【ギアボックス】というアイテムは壊れている。
けれど歯車ひとつでも大切なもの、捨てて作り直すということはできない。
なのでいちど完全にばらばらにして、壊れた部分を直してから組みなおしたいのだという。
腕時計の手入れでなんかで使われる、オーバーホールってやつだ。
「そこでじゃリーズ、貴様にはこの【ギアボックス】の解体をしてもらう。【錬金術師】なら、お茶の子さいさいじゃろう?」
「ええ? でもドクター、いつもそれやってたよね?」
「そりゃワシなら楽勝にきまっとろうがキュービック。 しかし今はコイツがいるからな、せっかくだからどれほどのウデか見てやろうってハナシじゃ」
「いいわよ、わかった!」
正直どこがおかしいのかさっぱり……それどころか私の作るアイテムと比べてもずいぶん
先方が「おかしい!」といってくるのなら、解消されるまで説明、実証して付き合ってあげる、それがプロであり、大人だ。
──パパの会社の、電話がたくさんあるところにいたお兄さんお姉さんのようにね。
それにこんなモン……ウデ試しにもならない!
「【分解】!」
火山で手に入れてから、試すのがずーっと後回しになってたスキル。
その出番がここにきてやっと来た!
言うが早いか。
私の手の中にある【ギアボックス】が浮かんで光りに包まれ、そこから小さく分かれていく。
きっと、これのモトになった素材1つ1つに変わっていっているのだろう。
「ほう……さすがに【分解】は身につけておるか」
「ふふーん!」
どうだまいったか。
私とてそれなりの場数は踏んでるんだ、こんなモンぱっぱと終わらせてやる!
「だが問題はこれからだぞ、不良品の歯車を見つけて補修せにゃならんのだからのう」
「リーズ、下がった方がいいよ!」
「なーに言ってんだか……」
あまりナメないでもらいたい。
歯車8つの内から不良品を見つけ出すのなんか、子供でもできる。
それともあれか?
歯車も持っていられないような軟弱者だと思われてるんだろうか?
そりゃこのアバターは筋力
ゲームの仕様上ステータスは無振りでも、ヒトの普段生活に支障がないくらいは担保されてるんだぞ。
「まったく失礼しちゃうわ……ね?」
そろそろ【分解】も終わって、素材たちが出てくるか。
そう思って光の方をみると……まだまだ【分解】は終わってなかった。
「え……」
それどころか……!
手の上の光はその数を増やしていき、8どころか10、20、30、どんどん増えていく!
「わ、た、わ!?」
慌てているうちにも光は分かれて、分かれて。
分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて、分かれて。
やがて。
カエルの卵かと思えるような数の、小さな光を内包したモノになったとき──!
「……ヤバっ!?」
反射的に手を引いたところで【歯車】たちが実体化!
どざーーーっと、足元に落ちたのである。
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素材【マジックギア】×60獲得!
素材【ちいさな歯車】×70獲得!
素材【歯車】×30獲得!
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「なっ、なによこれえ!」
いやいやいやいやどういうことよ!
これどう見ても最初わたされた箱に入ってた質量じゃないでしょ!
どうなったらこんなに出てくるのよ!
ひざ下くらいまで積みあがった歯車の山をドン引きで眺めていると、すぐ後ろからドクターの笑い声が。
「【キカイ】の出来は、素材に使ったアイテムの数に左右されるんじゃ、モノをたくさん使えば使うほど、高出力の【キカイ】が出来上がるのよ!」
「なんてピーキーな……!」
そりゃ素材がいくらあっても足りないし、何か問題が起きるたび分解して修理してと繰り返したくもなる!
……っていうかもしかしなくても、いまから私がその修理をやらされるのか?
この山の中から壊れた歯車を探し出して修理しろ、できるまでここから外には出さん……的な!
うわあ、いかにもありそうな流れ!
「はあ……」
やるしかない。
やるしかないけどさ……。
【リヒターゼン】を揺るがす危機かもしれないというのに、それを防ぐためにやることがこんな雑用っていうのは、どうにも気が乗ってこない。
「粘土だね! アイアイ、ドクター!」
憂鬱気分な私の横を、キュウが通り抜けていく。
図らずも工房から出ていくのを見届ける形になったところで「リーズ!」ドクターからの声が突き刺さった。
「なにぼさっとしとるんじゃ、さっさとこいつを使って壊れとる【歯車】を探さんか」
言いながら投げてよこしたのは小さな箱だ。
ちょうど手のひらに収まるそれをあけてみると、小さいルーペやピンセットなんかが詰め込まれていた。
「なにこれ?」
「なんじゃ知らんのか? 【細工道具】……小さなアイテムの手入れをしたり、彫金細工の飾りに使うモンじゃ」
ああ、これで【歯車】を一枚一枚摘まみ上げて、壊れてないかを見ろってコトね。
……さらに気が滅入ってきた。
会社のお兄さんお姉さんも、こういう気分でお仕事をしていたのかなあと、当時の状況を思い返しながら歯車の山へ向きあうと──。
「さあて──どっこいせっと!」
「!?」
年相応な掛け声とともに、ドクターも私の隣へどっかり座り込んだのである。
そしてもうひとつ持っていたらしい【細工道具】のをかぱっと開いたところで、私の視線に気づいたらしい。
「なんじゃ、豆鉄砲でもくらったような顔をして」
「いや、私ひとりにやらせるものだと……」
「あ~ほ~、【細工道具】も知らんのに、1人で大切な【キカイ】の手入れなんぞ任せられるかい!」
「そりゃ、そうだけどさ」
悪者のクセに至極真っ当なことを言われてしまうのは、なんか釈然としない。
「それでは使い方を教えてやるとするかの──道具を持てい」
そんなモンモンとした気分の私をせかしてくるドクターの顔は私とは対照的で。
──どこか、楽しそうだった。