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第18話 没落令嬢と2つ目の課題


【無限工房】アタノールから流れ出た熱風を追うように、私は廊下を走り続ける。

ぷしゅうぷしゅうと開かれていくトビラの間を駆け抜けていくと……ひとつだけ、閉まったトビラに対して隙間風の音が鳴る部屋があった。


「資料室……!」


開くとそこにあるのは図書館のごとく並べられた、大きな本棚たち。

キュウにいわく──おさめられた大小様々な本はかつての【フクロウの一族】が作り上げたレシピや参考書だという。


「なるほどね、一族に代々伝わるレシピにカビなんて生えたら、たまったもんじゃないもんね」


換気用の設備は他にもあるんでしょうが……その中でも格段に高性能な設備を置くなら、ここは最優先でしょう。


そしてそれは、管理者の私室にも言える……!


「……ビンゴ!」


見つけたのは天井を這うダクトと、空気を通すための金網だ。

ハシゴかなんかさえあれば、十分入り込めるくらいの大きさはある!


経路はこれでOK。

とすると必要なものは、天井まで登る手段と、網を外すための道具。


どっちも私の工房で作ったことないけれど……。

これだけ資料があれば、どこかにはあるでしょ!


「くくく、したらば【フクロウの一族】の残した資料……どれほどのものか見せてもらいましょうか」


「いたーーーーーっ!!」


ちっ、もう来たか……!

悪っぽく笑いながら本の一冊に手を伸ばしていたところに、キュウが飛び込んできた。


「んもーー! 勝手にいなくならないでよ、ドクターに怒られちゃったじゃないか!」


「ごめんごめん、私しばらく必要なさそうだったからさ……ここでちょっとお勉強でもしてようかなって」


「それならいいけどさ……はいこれ!」


「?」


ドクターの部屋へ不法侵入する算段をつけていたのをぼかしつつ言いわけしたところで、キュウから棒状の物を手渡される。


細長い棒の先には、輪っかと目の細かい網がついていて。

あらま、こりゃまた骨董品……こんなもんリアルじゃあもうお目にかかれない。


「虫取り網……?」


「タモ網だって!」


「似たようなもんでしょ……で、これで虫取り遊びでもしていろって?」


「ぶっぶー!」


言いながらキュウは両腕をクロスさせ、わかりやすくハズレ!と強調して見せた。


まあそれはそうか。

虫ていどなら【素材採取】のスキルで薬草ごと一緒に拾えちゃうものね。

わざわざ虫取り網……【タモ】を使ってまでやる意味はない。


「じゃあ何を捕まえてこいっていうのよ?」


というか、だ。

生き物を触れない人に配慮したのか、このゲームは魚にしろトカゲにしろそんな調子で拾えてしまう。

デフォルトで【採取】を持ってる【生産職】にとって、この【タモ】の存在意義はないに等しいと思うのだけれど?


「それはね──」


まさか、モンスターを捕まえてこいってわけでもあるまいし。



ドクターに曰く。


「貴様は素材の鮮度……【品質】というものがいかに大事なものかまーーーるでわかっとらん! ゆえにあるものを無キズで生け捕りにし、そのまま帰ってこい!」


とのことで。

私はいま、キュウとともにフィールドへ……このゲーム世界で最初に目覚めて以来の【フロイス湖】へと繰り出している。


いやーしかし、本当に便利だわ【イカロスの羽】……。

キュウがドクターから借りてきてくれて、本当に助かった。

だから、その……。


「リーズ、うしろ!」


『すらぁーーっ!』


「ぐっはあ!?」


いや捕まえる手助けをするなってドクターに言われてるから仕方ないんだろうけど!

もうちょっと助けて!

このままだと……このままだと【スライム】に殺される!!


ドクターが【タモ】で生け捕りにするよう言ってきたのは……まさかまさかのスライムだ!

スライムごときと思っていたけど、倒さず捕まえろ、しかも無傷で……となるとこんなにも難しくなるなんて!


「リーズ、もっと素早くふらないとだめだよ! もうちょっと力を入れて! 相手はスライムだよ!?」


「わかってるわよ……!」


体当たりで吹っ飛ばされた私に、キュウからの激が飛んでくる。

そうでしょう、スライムごとき簡単だと思うでしょう……?


いや、ほんと、死ぬほど難しいぞこれ!

なんせ必要ステータスは足りないくせに、レベル差だけはありすぎる!


「うううう……! こなくそーっ!」


順を追って説明しよう。

まず、モンスターを捕まえるには必要な道具を使って【捕縛】を試みる必要がある……この場合は【タモ】だ。


そこから、捕まえたいモンスターとのステータス勝負が始まる。

私がいまスライムに翻弄されてるのは、ほとんどこれが原因だ!


「でりゃーーっ!」


この勝負に必要なのは【素早さ】と【器用】の2つ。

私は両方ともまったくポイントを割り振ってないから──。


『すらーーっ!』


「ぐえっ」


「もー! それさっき見たよ!」


結果、スライムの【素早さ】に体が追い付かず、失敗しまくるのである!


しかもこの失敗判定、困ったことにパターンがある。

今のは捕まえそびれて、モンスターから反撃をもらうパターン。

他には空振りするパターン、ほかの……木とかのオブジェクトに引っかかってしまうパターンなんかがあるんだけど──。


「あーもー! いい加減つかまってよー!」


「ああっ、ちゃんとスライムをよく見て! そんながむしゃらに振ったら……」


バキッ


「あ」


ひどいと思うのがこれ。

捕獲がうまくいかず、相手にダメージを与えてしまうパターン。


「あちゃあ……またやってるよ」


相手はスライム。

素早さだけがちょっとだけ高い、このゲーム最弱のモンスター。


本来ならステータスを割り振っていなくても、レベル1でも勝てる相手。

ましてやそれが、レベル25ともなれば。


『すらーっ!?』


パァン!

──1撃で粉砕してしまうのは、自明の理ってやつよね。



━━━━━━━YOU WIN!━━━━━━━


モンスターの討伐成功!


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「また、やってしまった……」


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