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第19話 没落令嬢と【全自動かき混ぜ棒】

このまま続けてもラチがあかない。

そう判断した私たちはいったん【無限工房】の仮眠ルームに戻ることにした。


「いや驚いたよ……リーズってものすごい運動オンチなんだね」


「泣きたい……」


「おーよしよし……」


ゲームを始めてからこっち、いろんなトラブルやハプニングに見舞われたけど……

まさかスライムにすらこうして阻まれるなんて夢にも思わなかった。

恥ずかしさと悲しさに顔を覆っていると、何を察したのかキュウが頭を撫でてきた。


「ありがと……でも困ったわね、これじゃあドクターに合わせる顔がないわ」


泣きたいのはむしろこの後だ。

この体たらくがドクターに知れようものなら──。


「笑われた後に何言われることやら……」


「ああ、それならたぶん大丈夫じゃないかなあ……」


「え?」


「ドクターってば、いつもおいらに指示を出したあと、終わってからワシを呼べっていって自分の部屋に引きこもっちゃうんだよ、だから、黙ってる限りは大丈夫だと思うよ?」


「納得した……だからあんなに太ってるんだわ」


私の言い草に、キュウは「いえてる」と小さく笑っていた。


ある意味、重要な情報が聞けたわね。

このクエスト、お話を進めるカギはやはりドクターの私室にある。

そして潜入できるタイミングは、ドクターから課題を出されている今ではない、ということだ。


課された課題をクリアすることでフラグが立ち、ドクターが部屋から出てきてまた違う課題を言い渡す。

となれば、どこかで途切れるタイミングが必ず来るはずだ。

ドクターが部屋の外に出て、別の場所へ行くようなタイミング……それが潜入のチャンスになるんだろう。


「しっかし、そんなんじゃあキュウも大変じゃない? たった1匹で引きこもりのおじいさんのために地上とここを行ったり来たり……今はそこにプラス私の監視までしてなきゃいけないんだから」


「大変……大変かあ」


キュウは少し考えるようなそぶりを見せてから首を横に振った。


「そういうこと考えたことないなあ、オイラはドクターを支えるために作られた【キカイ】だし……それに」


「それに?」


「今はリーズもいて、オイラすっごく楽しいんだ! ……たぶん、ドクターも同じこと思ってるよ!」


屈託なくいってくるキュウの言葉に私はぶっと噴き出してしまった。

あのドクターが……私がいることで楽しそうにしてるですって?


「んなわけ!」


「あーるーよー! だってドクターがニンゲン相手にあんなにペラペラしゃべってるの、オイラ見たことないもん!」


そりゃあマウントとってりゃ楽しいでしょうよ。



さて、と。

課題は避けて通れないのがわかった以上、確実にクリアできるよう対策を立てていかなきゃいけない。


「リーズ、欲しいものはこれで全部?」


「【くされクモの糸】に【魔石のカケラ】【スライムの粘液】……ええ十分よ、ありがと」


幸い、見とがめてきそうなおじいさんは絶賛部屋に引きこもり中。

であれば今のうちに調合しちゃいましょう……この【無限工房】アタノールの釜で!


「【スーサイド】・オン!」


なんだか久しぶりな気がする【スーサイド】の発動を皮切りに、調合を開始する。


まずは【くされクモの糸】。

クモの糸はあれでもとっても丈夫で、同じくらいの大きさの動物では絶対に逃れることはできないほどだという……今回はぜひともその力をお借りしたい。

そこへ【スライムの粘液】を垂らし、なじませていく。


そして、さらに太く強いものにしたいので、【マーケット】で売れずじまいだったロープを入れてから、最後に【魔石のカケラ】で魔法効果を持たせる……と!


「おまけに!」


ブチチッ!

ついでにタモの網を引きちぎり、これも釜の中へ放り込む。

あくまで、こいつを使って捕獲しなきゃいけないからね、言い訳がましく使わせてもらおう!


「あとは、これを勢いよく混ぜるだけ……」


なんだけども──。

と、少しだけ手を止める。


「これ、さっきドクターが動かしてた時はひとりでに動いてたわよね? どうせなら──!」


目を合わせてやると、おなじみのスケスケウィンドウが、この謎のかき混ぜ棒の詳細を教えてくれた。



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【 全自動かき混ぜ棒 】


 Lv 41

 品質 96

 属性 なし

 カテゴリ オーパーツ

 入手方法 ???

 売値 30000エン


 【キカイ】製の生産道具のひとつ。

 MPを消費した分だけ自動で釜のかき混ぜを行い、

 調合時間を短縮することができる。


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「なあるほど……?」


いや、雰囲気でなるほどなんていっちゃったけど……。

よく考えたら変だ。


だってさっきドクターが【無限工房】アタノールを動かしたとき、代償を払っているようなそぶりはなかった。

おなじみの【オートマチック】すら使いもせず、スイッチを入れたとたんに必要なパーツたちが、勝手に動き出して……。


「……まあいいや、今はこっちの完成が先!」


早くかき混ぜはじめないと、何もかもおじゃんになってしまう!

先っぽが毛筆のそれであれば、書道のパフォーマンスに紛れ込めそうな立派な杖。

その腹の部分に意味ありげに存在するボタンを押し込むと、細長いウィンドウが現れた。



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残り時間

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「……ええっと、この四角いのがどんどん減ってるってことは、これが完成までの時間てことね」


メーターの少し下の方をスワイプしてやると、白い四角模様が、黒く塗りつぶされていくのがわかった。


「これで賭けるMPを設定して、そのままかき混ぜてくれるってワケか」


したらば全賭けで行きましょうか。

クエストのタイムリミットがわからない以上、少しでも余裕を作りたい!



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残り時間

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これでよし、っと。


「さあさあ回せ回せ回せ回せ回せ―!!」


さあて。

完成するまでの間に、私は……。

ちょっと調べ物でもしようか。


「キュウ! ちょっとお願いがあるんだけど……」



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