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第22話 没落令嬢と【第三の解】


それは資料室でテキストを読み漁っていた時のこと。

【錬金術基礎概論】なんておカタ~いタイトルのテキストを「今更も今更ねえ」などと言いながら流し見ていたころだ。



【錬金術】とは三つの解法を用いる魔術なり。

あまねく物へこれを適用し、根源を導き出すためのものなり。

これすなわち錬金術の基本定義にして秘奥【錬金術の三解】といふ。



「【錬金術の三解】って……ドクターが言ってたヤツじゃない」


そこからしばらくは、退屈まぎれなんかじゃなくなっていた。

【一の解・理解】、【二の解・分解】……テキストらしくいち単元ごとに丁寧に紹介される部分すら読みこみ──求めるは【第三の解】の手がかりひとつ。


「あった……!」



あまねく物に心あり。

其はかばねのごとき道具に魂を定義する力。

これすなわち【解】というなり。



そんな文言から始まるページを、目に穴が開くほど読み込んだんだ。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【第三の解・尸解】


自分の所持しているアイテムに【生きている】状態を付与して使用する。


【生きている】:使用から一定時間のあいだ、使用者からの指示を受けて動作および効果を発動する状態。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「つまり私の思いのままにアイテムを動かせる、と……最高じゃない」


アイテムを自らの意思で遠隔操作する。

そのメリットはさんざんドクターが示してくれた通りだ。


「わーっはっはっはっはっは!!」


『すらーーーっ!!?』


お試しに【遠心分離機】を指定してスキルを発動、数十のスライムをミンチよりもヒドいありさまにしたことで確信した。

かく乱、ふいうち、作業分担etcエトセトラ……このスキルひとつで拡張されたものはあまりにも多い!


「これで、何とかドクターには怒られずに済むけど……戻ってくるまでヒマになっちゃったね、どうしよっか?」


「そうねえ……どうせヒマならひとつ、かなーりスリリングなコトをやりたいんだけど──付き合ってくれるかしら?」


「いいね、大歓迎! リーズがそこまで言うなんて、気になっちゃうよ」


「そう? なら……」


ならばこそ。

……この物語を大きく転がすときは、今だ。


「ドクターの部屋に不法侵入するの、手伝ってくれない?」


「ぶーーーーっ!!!?」


しゅごーっ、がつんっ、どしゃ。

……一連の動作を音で表すならこんな感じ。

噴き出したキュウはギャグと見間違えんばかりの勢いで大きく飛び上がり、部屋の天井へと激突。そのまま勢いを失いへなへなとその場へ落下したのである。


「だ、大丈夫──?」


ここまでの反応をされると、さすがに申し訳なさのひとつも湧いてくる。

マンガならでっかいタンコブができてそうな彼におずおずと近づくと……がばっと突然起き上がり──!


「だっ、だだっだダメだよお!」


「ええっ、大歓迎っていったじゃん!?」


「それとこれとは話が別だよ! オイラ怒られたくないし……それに人の部屋を勝手に覗いちゃいけないんだぞ!」


くっ、ごもっとも。

確かに他人のプライベートなんて覗くものじゃない。

ましてやドクターはヒミツ主義のケがある。

勝手に覗かれたとなれば、茹でダコのようになって怒るのも想像できなくはない。

そうなったらタダじゃあ済まされないでしょうね。


……だけど。

このクエストの、進行のカギを握っているのはその部屋以外をおいてほかにない。

であれば、ここは押し通らせてもらう。

そのためのピースは、もう手に入ってる──!


「怒られちゃうかもって初めのころにも聞いたけど……そもそもキュウは、ドクターの部屋へ勝手に入って怒られたことがあるの?」


「そりゃあ前に一度──」


言いかけたところで、キュウは固まってしまう。

びっくりするほどシームレスなフリーズ状態、リアルの機械相手ならプログラムの処理落ちかなんかを疑うところだけれど、ここはゲーム……プログラムの中だ。そんなことはありえない。


「あれ? あれれ?」


数秒の静寂から出てきたのは、困惑の声。

……キュウはすこし心配になるくらい優しい子だ。

「やるな」と言われれば絶対にやらないし、あのヒゲおやじ相手でも看病のお金を工面するために危険を承知で外へ出る。

だから特に理由もなく勝手なことをするというのは、どだい無理な話……なのだけど。


「なんで……? 『怒られるから部屋に入っちゃいけない』ってわかってるんだけど、いつそんなことを言われたかとか、部屋の中にどんなものがあったかとか、全然わからない……どうして?」


キュウは優しい子である以前に機械キカイ……ロボットなんだ。


勝手に覗いて、ドクターに怒られたことがある──と前もって設定してしまえば「やろう」って考えじたいを起こさないし、仮に誰かに話すことがあっても近づかないようにクギをさすことができる。

わざわざ言い聞かせたりするより、よっぽど効率がいいわよね。

……良心が呵責を起こさなければ、だけど。


「ね、わからないでしょう? ──だからさ、ここらでいっちょ解き明かしちゃいましょうよ! ドクターがそうしてまで自分の部屋のことを隠し続ける理由、気になってくるじゃない?」


手を伸ばして友好アピールしてみるけど、キュウは何も言わないままだ。

これは、どうなんだ……?


「……ねえ、リーズ」


キュウはゆっくりとこちらを見据えて口を開く。

決心したのか、あるいは。


「ドクターがオイラにも隠し事をしてる、ってことは……ドクターはオイラを信用していないってこと、なのかな?」


「それは……」


その言葉に、返事を詰まらせてしまった。


……正直、気づかないでほしかった。

だってキュウは、ずっと前からドクターに仕えていて。

ドクターのことを自慢げに話すほどに敬愛していたというのに。

これは少しばかり、むごい仕打ちというものなんじゃないか?


「キュウ、その……」


「いいよ」


伸ばしてから行き場を失った私の手を、キュウのデフォルメの効いた手が包んだ。


「何か、手伝わせて──オイラもその部屋を見たくなっちゃった」



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