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第32話 発覚

 息子である綾野賢治に手を挙げた四島忠信だったが、自身にも綾野住宅株式会社に対して後ろ暗い事があった。賢治の内容証明郵便を見てからというもの、眠れない夜が続いた。そしてその日は程なくして訪れた。


「きょ、今日はなんの用だね」


 豪奢な応接セットの椅子にふんぞり帰った四島忠信は、手摺りに置いた手のひらに汗をかいていた。その隣には、中肉中背60代中ほどの四島工業株式会社の顧問弁護士が気不味い表情で立っていた。


「わたくし、綾野住宅株式会社の顧問弁護士、さ」

「佐々木だろう。知っとるわ」

「お世話になっております」

「今日はなんの用だ、俺は忙しいんだ、手短に頼む」

「はい」


 真向かいに座る佐々木は冷静な表情で、アタッシュケースから書類を取り出すと、それらをマホガニーのテーブルに並べた。四島忠信の顔色が変わった。


*銀行通帳の出入金のコピー

*過去一年間分の取引詳細

*発注書のコピー

*請求書と領収書

*資材の相場価格一覧


「これが、なんだ」

「弊社が御社とお取引させて頂いた際の発注書になります」

「そうだな」

「こちらが請求書と領収書のコピーになります」

「そうだな」


 佐々木は一昨年前の請求書とここ一年間の請求書を比較して見せた。


「これまでパソコンで印字されていた請求金額を手書きに変更された理由をお聞かせ願えませんでしょうか」


 顧問弁護士が忠信の耳元で何やら囁いている。


「あぁ、事務員が年配の社員に変わってな」

「はい」

「パソコンが苦手だそうだ」

「パソコンの操作が不得手で手書きに変更されたという事でお間違いないでしょうか」

「そう言っていた」

「ありがとうございます」


 佐々木は一枚の請求書を取り出した。


「こちらは数日前、弊社に届いた請求書になります」


 顧問弁護士の顔色が変わった。手渡された請求書は、湊が手にした請求金額が未記入の”空の請求書”だった。


「事務員が間違えたんだ」

「記入し忘れたと」

「そうだ」


「こちらは如何でしょうか」


 佐々木が提示した物は電話番号や簡単な筆算、郵便番号が殴り書きされたメモ用紙のコピーだった。


「これはなんだ」

「これは綾野賢治さま、ご子息さまが書かれたものです」

「汚い字だな」


 その隣に並べた物はここ一年分の請求書だった。


「似ているとお思いになりませんか」

「は、なんの事だね」

「数字です、賢治さまの書かれた8の字と、請求書に書かれた8の字、どちらも丸が上下に別々に書かれた独特の癖字のように見えます」

「偶然だろう」


 佐々木はノートパソコンを取り出すと画像ソフトで8の字をトレースしたものを四島忠信と顧問弁護士に提示した。


「とても良く似ています」

「お、おう」

「同じ筆跡ではないかと綾野は申しております」


 佐々木は全ての資料をビジネスバッグに入れると深く頭を下げた。


「この不透明な13500,000円、一括で弊社にご返金頂ければ綾野は告訴しないと申しております」

「一括」

「はい」

「いっせん、さん」

「業務上横領には罰金刑ではなく懲役もしくは執行猶予が付けば20、23日でしたか”お泊まり”される事になるかと。」

「・・・・・・」

「わたくし警察官でも検察官でもございませんので詳しくは存じ上げませんが」

「そ、そうか」


 顧問弁護士が四島忠信に耳打ちをすると顔色が青くなった。


「そちらの弁護士の方とご相談下さい」

「お、おう」

「この件に関しましては後日、綾野郷士より内容証明郵便を送付させて頂きますので」

「わ、わかった」

「よろしくお願い致します」

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