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第2話「群れ」

「智美」

「うぐ……」


 さて、真紀奈と会ってからディアパピーズへと戻って来て智美へと声をかければ、なんともバツの悪そうな顔に迎えられた。


「え? 何? どうしたの?」

「ま、オイタしようと思ったわけじゃないだろうから怒るに怒れないけどな」

「おいた?」


 不思議そうな顔をした鳴には苦笑いを返しておく。


 真紀奈との会話の内容が聞こえたわけじゃないだろう。

 けど、会っていた相手の匂いくらいは覚えてしまったかもしれない。


「改めて、その」

「稀人の世界というか、能力の面倒さを知ってしまったって?」

「はい……」


 裏社会に入って俺の能力って言うのは成長した。

 成長したが、元々備わっていた能力を制御するための訓練って言うのはもちろんずっとやってきたことだ。

 そういった訓練をしていない智美からすれば、事故のようなものとも言えるかもしれないが。


「いずれ消える……いや、消す能力だからで放置するのか、それとも僅かな時間であっても能力と共存しようとするのか。それは智美に任せるよ」

「そのお優しさにときめきが抑えられません、抱いて下さませ」

「智美……?」

「じょ、冗談ですわ鳴様……こほん。いえ、仁さん。甘やかしてもらっては困ります。あなたに並び立つと決めたわたくしです。無くなろうがどうなろうが、稀人を知るといった意味でも深く理解したく思っておりますわ」


 そういう考えをしてくれていたから、さっきのは自分でどうにか研究してみようとした結果の事故みたいなものと思うべきだろう。

 幸い真紀奈のことを知ったわけじゃない、なら気をつけておけば大丈夫か。


「ん、わかった。じゃあ隙間時間を見つけて少しずつ訓練していこうな」

「承知いたしましたわ。ですが……なるほど」

「うん? どうした?」

「いえ、わたくしが能力、あるいは異能とでも言うべきでしょうか。こういったものに慣れていないからというのは重々承知なのですが。得た力を制御する、というのは難しいものなのですね、と」


 少しだけ目を細めて言った意味、そしてこの感情の匂いから察するに雨宮悠のことを思い浮かべているんだろう。


 正直なところ、俺も同感だ。

 昔から備わっていた身体能力や耳、鼻の良さを人間社会で不都合なく順応させるってだけでもそれなりに俺は苦労した。

 そんな苦労を知っているだけに、新たな能力を得ては使えるようになるという雨宮の異常さが際立つ。


「うん? あによ、何の話よ」

「自転車は乗れるようになるまでが大変だって話だよ」

「あー……そっか、そうよね。わたしはカイルとお話ができるようになった程度だからそんなでもないけど、智美はまたちょっと違うもんね」

「ええ。正直なところ、普通に走ろうとした結果車と並走しそうになった時など頭がおかしくなりそうでしたわね」


 稀人にとっては割とよくある光景ではあるが、人間からしたら常識が覆される一幕だろう。

 苦笑いを浮かべている智美だが、頭がおかしくなりそうだったという言葉は正真正銘そのままの意味のはず。


 それだけに雨宮が元は人間だったのなら、日常におけるギャップへ順応するという部分だけでも相当な苦労があるはずで、それは能力を獲得するたびに味わうことになる。


「……とっくに日常を放棄している、か」

「仁?」

「いや。改めて居続けたい日常ってやつは大事なんだなと思ってな」


 考えすぎなのかもしれないが、ヤツにはきっと帰りたい日常というものがないんだろう。

 新たな力を得て、得続けて。その先で力によって生まれた新しい自分だけの日常を生み出そうとしている。

 それこそ、今までにあった人間や俺たち稀人にとっての当たり前という日常を無理やり破壊して。


「よく、わかんないけどさ」

「ん? うん」

「わたしも、智美も。アンタがアンタのままで居て欲しいって思ってるし、ディアパピーズも今のアンタだから、その……居心地がいいん、だからね?」


 ……さて。


「そうだな、ありがとうな」

「……あによ。その顔は」

「何でもないよ。嬉しいって思っただけだ」

「くっ……! ほんっと! そういうところなんだからね! 頑張ってみたらすぐこれよ! ぐぬぬぬぬ」


 鳴にしても智美にしても。

 周りや世間から見ればどうなのかはわからないけれど、少なくとも俺にとっては嬉しく思える人になってくれたもんだ。


「鳴様?」

「あ、あによ」

「抜け駆けはダメですわよ?」

「智美に言われたくないわっ!!」


 まぁ少しだけ、うるさいって意味で耳に悪くなってしまったのはご愛嬌ということで。




「いらっしゃい、っていうのも変にゃしね。おかえりって言うべきかにゃ?」

「どっちでも大丈夫だよ」

「にゃぅ。それは一番困る返事にゃしよ」


 素子と住んでいたマンションに戻ってくれば、意外と思うのは失礼かお行儀よく部屋を使っている真紀奈に出迎えられた。


「キレイに使ってくれてるんだな」

「あちきをなんだと思ってるにゃ? 仮住まいを、しかも借りている場所をめちゃくちゃににゃんてしないにゃ」


 少しだけ頬を膨らませる真紀奈に謝りつつ室内を見渡せば、なるほど軽く掃除もしてくれていたみたいで。


「ありがとうな」

「どういたしましてにゃしよ」


 中々帰って来れなくて、部屋の中にももう素子の匂いはほとんどないけれど。

 あぁ、ここで二人で暮らしていたんだな、なんて郷愁に浸れるくらいにはしてくれたらしい。


 けれども。


「ところで」

「ノーコメントにゃ」


 どうして俺の布団だけがくちゃくちゃになっているのか、理由が分からない。なぜ? さっきまでそこで寝てたとか?

 いやまぁ、素子のだったら怒っていたかもだけど俺のだしどうしてくれてもいいんだけど……どうしてそうなってるの?


「いや、俺の布団――」

「ノーコメントにゃっ!!」


 やけに赤い頬の真紀奈を問い詰めるってのも……デリカシーがないって怒られそうだし、うん。


「わかったわかった。えぇと、それじゃあ」

「仕事の話、にゃしね?」

「……流石」


 切り替えた、というより切り替わった。

 赤かった頬からすぐに熱が引いて普通の色に戻り、真剣な表情へ。


「共生会の監視を頼みたいんだ」

「共生会の監視にゃ?」

「監視って言葉は強いけど、意味合い的にはな」


 改めて、だが。

 今俺たちが据えている目標は人間をやめる薬の効果を打ち消すための薬、いわば人間に戻る薬の精製だ。

 そのために稀人の血液であったりのサンプルを必要としていて、収集の為に共生会へと健康診断という形でアプローチをかけているところ。


「もちろんかまわにゃいにゃしが……仁の言う通り、監視とは穏やかじゃにゃいにゃ?」

「なんだかんだ言って、共生会は公的機関だからな。民間企業の介入によってどういう反応があるかを確認したいんだよ」

「……難しい言葉を使うようににゃったにゃしね」

「俺もそう思う」


 正直ほとんど鳴と智美の受け売りだし、着眼点もそう。

 政治関係と医療機関にコネを持つ鳴と、一定以上に力がある企業を管理下に置いている智美の存在あってこそねじ込めたことだ。

 やっぱり俺は何もすごいことなんてしてないんだなっていう感じはここにあったりする。


「目星はつけているにゃしか?」

「俺が通っていた共生会にまず行く事になっている。そこでの反応を見て都内の共生会を巡っていく予定だけど」

「そこの反応、詳細が欲しいって話にゃしね」


 何人か友人とは言えないけど顔見知りはいるし、特徴なんかもそれなりに覚えている。

 大体覚えているヤツらにしても健康診断なんかを拒絶するようなタイプじゃないし、何なら喜ぶヤツらのほうが多い。


「何もなければロジータと黒雨会の合同会社設立と健康診断をするという記者会見は一週間後に予定されている。だから早くても今から二週間後になるかな」

「りょーかい、にゃ。にゃらそれまでの間に、件の共生会の様子でも確認しておくにゃしよ」


 話が早いとはこのことか。

 やっぱりなんだかんだ言っても真紀奈は裏社会に生きている稀人だ。


「んにゃ? にゃんにゃ? しんみょーな顔して」

「頼りになるなーって実感してさ」

「……にゃふふ。真紀奈ちゃんの魅力にメロメロにゃ?」


 メロメロかどうかはさておき。

 実際のところ俺以上に鉄火場というか、暗い影の世界を渡り歩いて来たんだろう真紀奈だ。

 何でもないかのように、俺の考えに沿ったことを軽く請け負ってくれるあたりに凄みを感じる。


「真紀奈が魅力的なのは否定できないや」

「にゃふっ!?」


 しっぽピーンと真紀奈の目が丸くなった。

 ……おかしいこと言ったっけ?


「……はぁ。ともちゃんにしても出雲鳴にしても。うにゃ、こういうところにゃしねぇ……」

「うん?」

「無自覚は罪にゃしよ。ちゃんと責任は取るにゃしよ?」


 責任?

 いや、まぁ。


「責任取るつもりがなきゃ、巻き込まないよ」

「――」


 あ、固まった。

 当たり前、だよ、なぁ? そりゃちゃんと元のか新しい日常に至るまでの責任はちゃんと取るって覚悟くらいしているよ?


「仁?」

「お、おう?」

「ちょっとそこに正座にゃ。お説教するにゃし」

「な、何故に!?」


 驚きながらも身体が勝手に正座した、怖いです。

 素子に怒られる時と同じ迫力があるよ……ってことは真紀奈は素子と同じ何かを持ってる?


「あちき的にはハーレムを認めたくはないにゃし。でも仕方ないと思わなくもにゃいにゃ」

「は、はーれむ?」

「あんまり見境にゃく女の子をたぶらかすなと言ってるにゃしよ」

「た、たぶらかしてないんて、ない、ぞ?」


 うん、そんなのしたことないし、できるわけもない。


「しゃらーっぷ! にゃ!」

「ひぇ」

「とにかく! ともちゃんが正妻っ! 最低限そこは譲れにゃいにゃ!!」


 う、うーん?

 何か最近この手の話が多いよね、なんでだろうか本当に。


「仁っ! わかったにゃしか!?」

「わからないけどわかった!」

「うにゃあああ! わかれっ! この駄犬っ!!」

「だ、駄犬っていうな!?」

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