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第3話「進展」

 状況、というか環境が動き始めた。

 鳴はディアパピーズの店番に加えて、自分のコネを使って医療機関との連携に奔走してくれている。

 智美は主に外部折衝とでも言うのか、鳴が繋いだ医療機関とロジータ、更に黒雨会がまとめている裏社会との関係性を深めてくれてる最中だ。


「うーん」


 真紀奈にしても共生会の観察を継続して行ってくれていて、一日に最低3回は報告を届けてくれている。

 本来ならばそのポジションは俺が担うつもりで、担うべきだった役割だけに、そう。


「何をするべきか、なんだよなぁ……」


 この時間をどう使うか、という問題が生まれてしまった。

 いや問題なんて言葉を使うのは贅沢だろうから、辛うじて嬉しい悲鳴とでも思うべきなんだろうが。


「頭の使い方が全く違うぞ、これ」


 ふんぞり返って果報は寝て待てなんて言っておけばいいのだろうか。

 それとも、この時間を使って素子の所でゆっくり面会を……いかんいかん。


「久しぶりに一人で鍛錬でも――ん? 初音さん?」


 立ち上がったと同時に電話が鳴った。

 なんだかんだで連絡を取る機会が増えた初音さんではあるが、何だろう。


『ご機嫌麗しゅうございます、旦那様。あなたの初音で御座いますよ』


 さて、聞こえた言葉に思わず足を滑らせそうになったのはさておきだ。

 妙に機嫌がいいな、どうしたどうした?


「こんにちは、初音さん。どうしましたか?」

『……いけず、です。もちろん、そういったところも魅力的なのですが』


 困ったちょっと勝てない。

 どこまで本気なのかどうかわからないというのはそうだけど、この機会を利用しようって部分は本気だって十分に伝わってくるから……いやほんと勝てない。


『モルモットに関して、です』

「っ……この電話で大丈夫ですか?」

『もちろん大丈夫では御座いません。お時間よろしいですか?』


 言うまでもないことだろうが、薬の研究に関してスピード感を持って進められているのは黒雨会、初音さんのバックアップがあるからこそだ。

 その中でもモルモット、つまるところ実験体の準備に困らなかったというのは大きな理由の一つになる。


「どちらに向かえば?」

『シズクに任せております。ご足労おかけいたしますが、シープヘッドにて合流頂いても?』


 ギンさんのところに? シズクさんがいると言えばそうだけど。


「わかりました、すぐに向かいます」

『ありがとう存じます。シズクの到着は早くても夕方となりますので、急ぎでなくとも構いませんが、よろしくお願い致します』


 妙な後味を消すように通話終了ボタンを押して。


「期待するべきか、覚悟すべきか」


 あるいは、これこそが群れの長となった存在の仕事なのかもしれない。

 鳴から借りた漫画には手を汚す覚悟を持った者こそがリーダーとなれると描かれているものもあれば、自分の手をキレイなままにする覚悟こそがと描かれたものもある。


「漫画をアテにするわけじゃ、ないけれど」


 きっと、これから俺は多くの決断を下さなけれなならないのだろう。

 少なくともそんな覚悟だけは、心に決めておかなければならないのかもしれない。




「んぉ? カクじゃねぇか、今日はどうした?」

「こんにちは、ギンさん。シズクさんとここで会う予定なんですけど、待たせてもらってもいいですか?」

「おう、構わねぇぜ。つっても、アイツ今日は夕方くらいに来るって言ってた気がするが、結構時間あるぞ?」


 知ってるけど、まぁ、なんだ。


「ギンさんと喋りたいなーとか、その、迷惑、ですよね」

「……てめぇ」


 照れくさい、めちゃくちゃ照れくさい。

 でもなぁ、俺、ギンさんのこと好きなんだよな。


「も、もちろん忙しいなら時間を改めますけどもっ」

「バッカお前――あぁもうっ! んっとぉに調子狂うヤツだなてめぇはよっ! 水くせぇ事言ってないで座れ座れっ! VIP席でもいいぞっ!」


 良かったウェルカムらしい。

 でもちょっとバシバシ背中叩かれるのは痛いですギンさん。


「前ので良いか?」

「あ、はい。えぇっと、いくらです?」

「んなもん気にすんな、オレ様とカクの仲じゃねぇかよ」


 う……かっこよすぎる。

 素子ぉ、やっぱこの人お迎えしようぜ、まじで。


 以前も見たシェイカーさばきを眺めながら、一つ息を吐く。

 機嫌のよさそうなギンさんを見てるとこっちも気分がいいしこのまま眺めていたいけれど、そうだ折角だし。


「ギンさん」

「おう?」

「ギンさんはこのクラブの店長というか、オーナー? って言うんですかね。そういう人じゃないですか」

「あぁ、そうだな。ここはオレ様の店だから、そういう風に呼ばれることもあらぁな」


 グラスにモクテルを注ぎながら、ニカリといかつい笑顔を向けてくれるギンさんも、言ってしまえば一つの店のトップに居る人だ。

 それに、この前のクスリに関することでもそうだけど、やっぱりクラブっていう場所は薄暗い情報も多少なりと流れてくる場所で。


「その……なんていうんですかね。上に立つヒトとして、何か心がけてることとかって、あります?」

「心がけてるコト、なぁ……んだ、んの前もそうだが、カクの聞くことは割と突拍子もねぇな」

「す、すみません。俺、ギンさんみたいな大人、っていうんですか? そういう人と、あんまりかかわって来なかったもので」

「謝るなっての。別に構いやしねぇよ」


 鼻で笑った後ギンさんは顎に手を添えて、少し考えた後に。


「迷いを見せねぇコト、かねぇ」

「迷いを見せない?」


 いまいち掴みあぐねる答えを言った。


「そう、そうだな。やっぱコレだ。迷いを見せねぇ、だ」

「……えぇと」

「わかりにきぃか? まぁ、オレ様も意識しねぇでやれるようになったのはそれこそ、この店構えて少ししてからだし、実感したのも最近っちゃ最近なんだがな。迷いっつーのは伝染するんだよ。不安とか、恐怖ってやつに変わってな」


 そんな風に語るギンさんは、どこか遠くを見るような顔で。


「ワルかったのか、悪ぶりたかったのか。そりゃあ今になってもわかんねぇが、とにかくオレ様もやんちゃしてた時期があった。何人か手下みてぇなやつ引き連れて喧嘩に明け暮れてたこともあれば、気に食わねぇナニかに嚙みついてた時があった」

「意外、と言えないのが微妙な気持ちです」

「やかましいわ。まぁ、んでよ? 今になって思えば、だがな。あん時にやべぇって顔をオレ様がしてれば、周りにいたヤツらもそろってビビってやがったんだ。逆に、でぇじょうぶだってツラしてりゃヤツらも勢いづいてやがった」


 想像しきれないものではあるが、何となくわかる。

 やっぱり、群れのボスが尻尾を巻いてりゃ周りもそうなるって話だろう。


「迷うな、っつーわけじゃねぇんだ。精一杯虚勢を張れっつー話だ。わかるか? カク」

「なんとなく、ですけど」

「なんとかなる、でもネェ。なんとかするんだ。そう自分ならできるって自分を信じんだよ」

「……」


 自分ならできる、か。

 今の俺に出来る事なんて多くない。

 やっぱり、鳴や智美が元から持っていた力っていうのは大きくて、そんな大きな力を使えている二人を何処か凄いやつって見てしまうから、余計にそう思う。


 けれど。


「この店だってそうだぜ? カクよぉ」

「この店も?」

「気づかねぇか? ってのもてめぇは夜こねぇから仕方ねぇか。ここへ夜に来る客は稀人も多いんだぜ?」

「そう、なんですか?」


 これこそ意外ってやつだ。

 未だにクラブってところが何をする場所なのかはいまいちわからないけれど、こういう人間が多く来るだろう場所を好む稀人がいるって言うのは驚きだ。


「あったりまえに最初はイロイロあったぜ? 人間の客は稀人と一緒なんて冗談じゃねぇっつってたし、店員も似たようなこと言ってやがった。けどよ、クラブってのは自由に遊べる場所だ。女を侍らそうが、音楽に合わせてテキトーに踊ろうが、ナンだったらそこいらでナニしてようが構わねぇ自由な場所だ。んなとこで不自由に縛られるなんざ、オレ様は許せなかったンだよ」


 ……あぁ、本当に、やっぱり、この人は。


「だからよ、ずぅっと言ってやったんだ。大丈夫だって。そしたら、大丈夫になったんだよ」


 自慢するように、胸を張って、ニカリといかつく笑うこの人は。


「ギンさんは、最高ですね」

「あぁ? 急に持ち上げてくんじゃねぇか」

「いやぁ、本当に。憧れますよ」

「やめやがれくすぐってぇ。オラ、さっさとソレ飲みやがれ。代金代わりに新しいモクテル作ろうとしてんの、付き合ってもらうからな」


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