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第4話「温度差」

「なんというか、意外」

「俺とギンさんが仲良くなったのが、ですか?」


 シープヘッドでシズクさんと合流して外に出てみれば、いきなりなお言葉だった。


「んー……アタシ、占い師」

「ちゃんと聞いたことは無かったですけど、何となく知ってます」


 初音さん経由ではあるが、吉兆だなんだという単語を聞けばそういうものに思い当たるから。


「アタシは、オーラが視える。蛇だから」

「お、オーラですか? 占い師っぽいと言えばそうですけど」

「正確には体温というか温度そのもの、だけどね」


 さて、何が言いたいのかいまいち掴みあぐねるけれども。


「生きている者同士が混ざり合おうとすればオーラも混ざり合う。混ざり合いにくいもの、合いやすいもの、色々あるけれど。アイツとキミ、はっきり言ってアタシが知ってる中でも、相当相性、悪かった」

「ど、どう受け止めたらいいのか困る事言わないで下さいよ」


 相変わらず気だるげな感じはそのままに、でもいつもよりも饒舌になんとも言えないことを言われてしまった。

 いやほんとにどう受け止めたらいいのさ……あ、何気にショック受けてるな、俺。


「褒めてる。初音にしてもそう、だけど。キミは意外の塊、だね」

「あんまり褒められてる気はしないですけど、ありがとうございます」


 どことなく上機嫌みたいだけど、うーん。

 初音さんをそうって言うのはどういう意味なんだろ?

 ギンさんと同じように相性は良くなかったって意味かな? そっちは妙に納得しかないのがまた微妙だけど。


「それはいい、として」

「っ……はい」


 雰囲気が切り替わった。

 表情に変わりは無いけれど、暗い匂いがぐっと深まった感じがする。


「以前キミが捕まえた薬で異能を身に着けた人間、泳がせてる」

「泳がせてるって。解放したんです?」

「頑なだった、から。義理堅いのか忠誠なのかわからないけど。少なくとも情報吐かない。なら」

「行動を追うしかないってわけですね」


 小さくシズクさんが頷いた。

 なるほどモルモットに関して、ね。

 尾行追跡は得意とするところだし、こうして話が回ってくるのも頷ける。


「義理じゃなくて忠誠のほうなら、自死を図る可能性はある、けど。それはそれで、薬を使用した人間の死体が手に入る」

「……損はない、と」

「そう。キミとしてはいい気はしないかも、だけどね」


 どことなく挑発的、いや挑戦的な声色だ。

 シズクさんも、初音さんも、ある意味俺を試しているってことだろう。


 このまま良いように使われるか、それとも本当の意味で轡を並べるに足る相手と認識されるか、その瀬戸際に今俺は立っているということ。


「……はっきり言って」

「ん?」


 今の気持ちを素直に言うのなら。


「殺しもしませんし、殺させもしたくないですよ、俺は」

「……ふぅん」


 きれいごとで、覚悟が甘いと捉えられるかも知れないけれど。


「その上で、初音さんに……いや、黒雨会に良いように使われるつもりもないです」

「なかなか、欲張り」

「自覚はあります。けど分相応であれって考えは、やめましたから」


 稀人は稀人らしく、人間は人間らしく。

 どちらかが控えろ、遠慮しろという意味でこの言葉を使うことはやめたんだ。

 誰かが目指そうとした道なのかもしれないけれど、今その道を歩んでいるのは俺だ。

 少なくとも、この歩みだけには覚悟を決めている。


「はぁ」

「呆れたようなため息はやめて欲しいところですけど」

「呆れてない。初音がお熱な理由、わかった、ううん、わかっちゃった。生憎アタシには、熱すぎるから遠慮、だけど」

「は、はい?」


 何となく向けられた視線に湿度を感じるけど、なんで?


「ヘビは温度差が苦手ってハナシ。まぁ、苦手だし甘いとも思う、けど、貫けるならキライじゃない」

「えぇ、と?」

「ともあれ案内する。キミみたいに匂いは追えないから、そこからは、頼んだ、よ」

「わ、わかりました」


 最近わからないことが余計に増えた気がするけど、こういうのはまさに増えたことの筆頭、だよなぁ。

 ……がんばろ。




 さて、案内された場所に着いた。

 件のモルモットは見た目は人間の、確か蜂の特徴を持った能力を得ている方、だったか。

 着ていた服の切れ端から匂いを覚えたから問題はない、けれど。


「……ヤな、匂いだったな」


 こびりついていた匂いから感じ取れたのは負の感情だった。

 中でも、稀人なんかにこんなことをされたことへの怒り、とでも言うのだろうか。

 そんな稀人を憎むでもなくただただ見下したかのような部分が嗅ぎ取れたことが何よりも嫌だ。


「いっそのこと、嫌われるほうがマシってことなのかもしれないけれど……ふぅ」


 これをどうにかするために今動いているんだ、気分を切り替えよう。


 改めてやってきたのは新宿の歌舞伎町だ、活動拠点はこの辺りにあるのだろうか。

 らしいと言えばらしい場所だと思うけど、ちょっと安直が過ぎるって気もする。

 あるいは、木を隠すには森の中と言うように、紛れやすい、潜伏しやすいということでここなのか。


「匂いは……あっちか」


 痕跡を辿って歩き出す。

 シズクさんはセーフハウスを確保しておくって言って別行動になったけど大丈夫かな。


 一先ず今回の目的は再確保ではなく、尾行や監視だ。

 雨宮がかかわっているというのなら、アイツのセンサー能力で隠れることは難しいけれども。


「まだ、アイツが求める俺には至っていない……ような気がする」


 あの時向けられた目はまさしく狂気に犯されたものだった。

 力への飢え、渇望とも言える何かが伝わってきたんだ。なら、なんらまだ成長も進化もしていない俺へ用はないだろう。


 むしろ察知されたとしても、泳がされる。そんな確信がある。

 その場合は嫌な感じの二重尾行って形になってしまうけれど……気にしすぎても動けなくなるだけか。


「何にしても大本が向田組である事に変わりはない。なら、この先に関係する場所があるはず」


 ただ、向田組だってバカじゃないんだ。

 こうして誘拐犯を泳がすことで何を狙っているかなんて当たり前に理解できているだろう。


 つまり、どこかで撒かれるか、排除の為接触を図ってくるかがある。


「追跡は得意なんだけど、なぁ」


 新選組の皆じゃ、これだけ雑多な匂いの中から嗅ぎ分けるのは難しいだろうから俺しか無理なんだけど。

 やっぱり追うことは得意でも尾行は少し苦手なんだよな。泣き言言ってる場合じゃないか。


「考えてる間に、予想通りに沿ってくれたみたいだし」


 明確に、じゃあないけれど。

 敵意か殺意か、そういった感情を持って俺に向かってくる気配がある。


「相手をするってのは、無いよな」


 まだ日も高いし、どうしても目立ってしまう。

 相手は目立つような動きに出来ればなおよしの構えだろう、注目をむしろ引きたい側なのだから。


 そう、相手側はそもそも泳がせている誘拐犯の確保が目的なのだ。

 逃げやすい環境を整えられたのなら良いわけで、難しい仕事ってわけじゃない。


「なら、どうするか」


 お前の相手をしてやるという気配は歩みを緩めることなくこちらに近づいてくる。


 ……近づいてくる?

 俺の顔が割れているにしても、妙だな。


「……監視者、か」


 流石に向田組の縄張りってことだろうか、出入りまで管理されているとは恐れ入る。

 こっちの動きは筒抜け、まだまだ裏社会で存在感を示したつもりは無かったんだけど……いや。


「合同会社を作ったことで目を付けられたか」


 俺の名前を出してはなかったんだけども、腐っても人間社会の暗部を牛耳る組織だってことかね。

 少し認識が甘かったな、流石に黒雨会に過去勝ったことはある。なんてのは知ったかぶりか。


「現実逃避はやめにして。ここままじゃ良いように扱われるだけになる」


 今回の目的はかつての誘拐犯がどういう風に動くか、どこと連絡を取るかといった確認の為の尾行だ。

 ターゲットを確認できる範囲を維持できて、なおかつ追手と監視者の目をかいくぐるためにはどうすればいいか。


「……泥臭いこと、やってみるかね」


 気は進まないんだけどな。

 とりあえず鳴に、風呂の用意だけ頼んでおくとするか。


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