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第8話「記者会見」

『――では、本格的に稀人への医療保障を整えるための第一歩だと』

『ええ。わたくしと致しましては、どうしてこの現実から目を背けたままで居たのかが不思議でなりません。もちろん人道的な理由に加えて、ビジネスチャンスとしても。両方の見地からですわ』


 テレビの向こうでおすまし顔の智美がはっきりと言い切る。

 さっきから隣に座っているだろう初音さんの方へとカメラを向けそうになってはやめてと言った様子が、中々に笑えるポイントだ。


「鳴、どう思う?」

「日比谷初音という名前は知らなくても黒雨会の名前は通っているってことでしょ。カメラが前にしか向いていないのが残念ね、他の記者たちの表情は絶対笑えるのに」


 隣で一緒に記者会見の様子を見る鳴も中々にあくどい笑顔をしていて、これこそ見物ではあったが。


「世間からすれば唐突な表舞台への露出、になるか」

「トップ直々にって言うのは重い、というか強い事実よ。少なくともこれで稀人は少し勇気が持てるようにはなるでしょうね。人間は……大多数が怯える事になるでしょうけど」


 稀人をビジネス、あるいは社会資源として前から捉えていたロジータだからこそ、なんだろう。

 まったく混乱がないままにとまでは言わないが、無事に記者会見までたどり着けたのは。

 そして、集まった記者たちがロジータならさもありなんと納得できるのは。


 だからこそ余計に、日比谷初音という存在が異彩を放つ。


『皆様ご存じの通り、稀人は人間の常識では測れない能力を持っております。そしてそんな能力の中に目を疑うような自然回復力がある。我々はその点を人間社会へと活かしたいのです』


 智美の隣に座っていた鳴のお抱えドクターが熱弁するが。


「演技、だよな?」

「さぁね」


 なんとも目の輝きは強い。

 智美の言う通りビジネスチャンスという面は確かにあるが……うーん、何かあったか?


「でも、あれが演技だとするのなら。一流もいいところ、だと思うわよ」

「……そっか」


 いや、何かあったのは鳴の方かもしれないな。

 匂いにめちゃくちゃ機嫌の良さが混じってきたよ。ほんと何があったんだ。


『稀人の回復力と言われましたが。実際には人間とどれくらいの差があるのでしょうか』


 おっと、いい質問、なのかな。


「いい質問ね。違いをハッキリと理解することは種としての相互理解、その第一歩よ」

「そうなのか」

「そうなのよ」

「……お、おう」


 う、うーん。鳴の目が爛々としてる。ちょっと怖いぞ。

 ともあれ智美はどう答えるのかな、っと。


『よろしいでしょうか?』

『っ……は、はい。お願いします』


 いつもの……いや。

 外向きの綺麗な笑顔で上品に初音さんが手を挙げた。

 鳴が言ったからってわけじゃないけれど、やっぱり中々の存在感がテレビ越しであっても伝わってくる。


 そんな初音さんが立ち上がって、きょろきょろとあたりを少し見渡した後に。


『お手伝い、頂けますか?』

『へぁっ!? わ、私でしょうか!?』

『はい。美しい黒髪のあなたです』


 笑みを深めながら、一人の女性記者を指名した。

 何を手伝ってもらうつもりなのか……少しだけ閃きに近い嫌な予感がするけれども。


『ふ……どうぞ、こちらを』

『っ!? こ、これは……?』

『わたくしは蜘蛛、蜘蛛稀人に御座います。故に、糸を紡ぐ能力を有しております』

『これ、が……糸?』


 画面超しにでも硬質な音が聞こえてきそうだ。

 初音さんの口から生まれた糸らしきものを手に取りながら感触を確かめる記者さんは、まるで枝だか何かを持ったかのような反応をしている。


「仁、あれって?」

「詳しくはわからないけれど、固そうだ。先端は……あー尖ってるな、嫌な予感的中しそうだよ」

「嫌な予感?」

「血が苦手なら目を閉じといた方がいいぞってこと」


 一瞬目を丸めた後、しっかり画面を凝視するあたりどうなんだ? 鳴さん?


 ともあれ。


『どうぞ。好きなところをお突き下さいませ』

『はっ、はぁっ!?』


 実演して示してあげようという優しさ……ってわけでもないか。


 両手を広げて、優雅に無抵抗を示しながら笑顔を携えた初音さんだけど、一周回って怖い。

 俺には記者さんの気持ちしかわからねぇよ、まじで怖いっての。記者会見場を血の海にするつもりでしょうか初音さんってば。


「……デモンストレーション、にしては試練ねぇ」

「試練?」

「そうよ。稀人は犠牲者であることが普通。その暗黙の了解がまさしく存在しているのなら、あるいはそれが正しく当たり前であるのなら。躊躇いなく刺せるでしょうって話よ」


 ……えぐい。

 ほんと、黒雨会の長として在る時の初音さんは恐ろしいや。


「公の場で裏ルールを持ち出して、是非を問うてるってことか」

「そ。裏社会に存在する稀人たちの長ってのは伊達じゃないわね。日比谷さんは言ってるのよ。モルモット扱いとして見ても、純粋な協力者として見ても構わない。それは表社会にいるあなた達が決めなさいってね」


 目を白黒させながら震え始めた記者さんを哀れに思う。


 まさしく捕食だ。

 社会通念、ルールという糸に絡めとられたエサに記者さんが見えてきた。


 ちらりと映った智美はやれやれと言わんばかりに肩を竦めるだけで止めようとはしていない。

 つまり許容している、あるいは初音さんの行動を支持しているんだ。


『あ、う、あ……』

『如何、なされましたか?』


 どうしてこうなったと思わなくもないけれども。

 なんとも鮮烈で苛烈な表社会へのデビューを選んだよ、初音さんは。


「誰だって自分の手を直接汚したくはないわ。表社会で生きる人間ならなおさらだし、わたしだってそう。それでも、人間が見て見ぬふりをしてきた事実がこの会見場に現れた」

「誰がここまでしろって言ったよ。なんて言うべきかもしれないが……はぁ、今からおなかが痛いよ」

「あら? なら研究が順序良く進むように応援すべきね?」

「稀人によく効く胃薬のためにって?」


 素子……どうにも俺の周りにいる女の人は強くて怖いヤツばっかなようです。助けて?

 ほら、鳴のヤツ犬歯が見えるくらいにニッコリ笑ってるんだ、怖いです。


『うふふ……いえ、大変失礼いたしました。わたくしが致しましょう』

『は、はひ……』


 記者さんから糸を手に取る初音さんの笑みが勝ち誇ったように見えるのは気のせいではないだろう。

 あるいは向田組に向けてのメッセージかも知れないな、お前たちの支配はこんなにも脆いぞ、なんていう。


 ともあれ、そのまま初音さんは何の気負いもなく手のひらを糸で貫いて。


『よく、ご覧下さいませ』

『お――おぉ……』


 怯えか、それとも興味の感嘆か。

 手を見せつけるように広げた初音さんの傷が、みるみるうちになくなっていく。


 ……稀人と言ってもあそこまで回復が早いのは中々にあり得ない。


「仁?」

「いや、俺はあんな早く回復できないよ。あのくらいの怪我ならそうだな、翌日の朝にならってとこか」

「かんっぺきに貫通してる怪我が一日って、それも十分おかしいけどね」

「個人差はもちろんあるけど。平均二、三日あれば十分かな」


 平均から考えると俺も十分におかしいってのはそう。

 いや、今の俺ならって話だから、稀人として成長すれば自然と回復力も高まるわけで。


 蜘蛛稀人と初音さんは自分の事を言っていたけれど、もしかしなくても神話だなんだの域に在る蜘蛛のレベルに至っている証明、だろう。


「……遠いなぁ」

「うん?」

「まだまだ未熟だなって思っただけだよ」

「……そ」


 不服そうな鳴を尻目に画面へ視線を戻す。

 テレビの中では初音さんの雰囲気に支配されてしまったらしい、智美へと向けられる質問は控えめなものばかりになった。


 控えめになった、からこそだが。


「動きやすくなったわね」

「あぁ。お手柄だよ智美は」

「日比谷さんは?」

「助かったってとこが正直な感想だな」


 つながっただけではなく、先まで見えてきた。

 この場がこうなったおかげで、表で力を持つ者たちは圧力という形でロジータには介入しづらくなった。

 関係できるとすれば表立って対立するか、協力するかの二択だ。


 つまり。


「鳴」

「ん?」


 ここからは裏仕事のお時間だということ。


「出てくる。しばらくの間、任せた」

「……はいはい。行ってらっしゃい、ボス。気を付けてね」


 さぁ、それじゃあまずはアイツと合流するとしますかね。

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