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第9話「確かなこと」

 一つ確かな事が言えるとするのなら、ここで向田組が動かないという選択肢はないということ。


「初音さんほど先を見通せる自信なんか欠片もないけど、それくらいはわかる」


 自分で呟いた言葉に頷いて、ゆっくりと真紀奈の待つマンションへと向かう。

 向田組が人間を止める薬、すなわち稀人のような能力を手にするための薬を作っている理由はわからない。

 それでも、俺たち。ロジータと黒雨会が協力して何を作ろうとしているかなんて掴んでいて当然のはずだ。


「気になることがあるとすれば……向田組に属しているだろう雨宮が何故俺をそういう風に誘導したか、だけど」


 雨宮の力を得る、強くなるという目的は置いておいて。

 向田組の目的がいまいち見えてこないのが不気味なことは確かで、それを確かめるか繋がる情報を手に入れたい。


 もちろん、俺たちが掲げる最初の目標である人間に戻れる薬の開発ってのはあるが。

 一面だけに集中して進めていった結果、最後に足元をすくわれるって形だけは避けなければならないだろう。

 何より、雨宮は薬の効果を消す薬があると口にした。俺たちが作ろうとしているものと同じ物になるとは思えないが、似たような薬を持っている可能性は高い。


 その薬を奪いに行くってのは……俺がひとりであったのなら、きっと選んでいた道だろう。


「どこまで真紀奈が掴んでくれているか、だな」


 経過報告を思い出してみれば、大きな動きって言うのは見られなかったがいくつか気になることがあった。


 その中の一つに共生会の教室へと出入り業者が増えたってのがある。

 共生会を管理している学校は基本的に稀人へと金をかけないのが普通だ。

 プレハブ教室の修繕一つにしても、通っている稀人たちが自分で修理するっていうのがルールとして存在していたし、最低限修理するための資材程度は用意しても、業者まで雇ったりはしない。


「考えるだけで泣きそうになるな……いや、悲しく思えるだけ進歩と思うべきか」


 それが普通だと思っていたのだから。


 ともあれそういった理由から出入り業者が増えるというのはおかしい。

 一番あり得ないけれどあったら嬉しいかも知れないものとして、稀人への支援合戦的な何かに発展する戦いというものもあるにはあるけど。


「まぁ、無いわな」


 順当に考えてその共生会へ通っている稀人の調査と言った線が濃厚だろう。

 揺るがない事実として向田組は稀人のような能力を人間に与える薬を既に作っている。

 完成品として作り上げたのか、まだその途中なのかは関係なく一定の成果は既に出しているんだ。


「なら、次に知りたいこととしては……稀人に使うとどうなるの? ってあたり、か?」


 感情面を排除して考えるのなら確かに興味深いことではありそうだが……。


 いや、あまり考えすぎても仕方ないな。

 真紀奈の得た情報次第、だ。




「――環境整備に関係する業者、ねぇ」

「エアコン、机、椅子……にゃんにゃら、建物のリフォーム業者っぽいのも来てたにゃしよ」


 一番ないと考えていたセンが濃厚だった、わけだけど。


「業者の裏は?」

「何組か尾行して向田組の息がかかってるところって確認してるにゃ」


 流石の真紀奈先輩、知りたいことを的確に調べてくれる。


「ってことは……まさかあの記者会見をきっかけに歩み寄り? いやねぇな」

「あるわけにゃいにゃしよ。稀人を追いやったのが向田組にゃんて子供の稀人でも知ってることにゃ。ちょこっと一部の稀人を支援したところで、認識が変わるわけにゃいにゃ」


 難しい顔しながら言ってるあたり、この動き方を不気味に思っていて、尚且つ何をしようとしているかに見当がつかないんだろう。


 いや、俺もまったく意図がわからない。

 表側だけを見るのなら歓迎すべき動きというか、ありがたいなんて思っても良い動きに違いはないんだけれど。


「……真紀奈、一応来た業者のリストとかあるか?」

「もちろんにゃ、準備してるにゃしよ」


 ごそごそと背中の後ろに置いてあった私物らしい大き目のリュックから――。


「可愛らしいファイルだな?」

「誉め言葉、として受け取っておくにゃしよ」


 デフォルメされた猫が印刷されている使い古されたファイルが出てきた。

 何となく困った顔してるあたり、あまり触れられてもと言った部分なのかもしれないし、何より。


「裏腹に、だよなぁ」

「うにゃ?」

「なんでもない、ちょっと見させてくれな?」


 中から取り出された紙に書かれていることは可愛さの欠片もない、物騒すぎる内容だ。


 業者の名前、何の業者か、所在地は。

 想像しているよりも多かった。メディレインの記者会見があってからこの短期間でこれだけの数を動かせる向田組の大きさと影響力に息を呑む思いだが……それにしても。


「真紀奈って字、上手いな」

「まぁ、マレビトムラに居た時はよーく書いてたからにゃあ」

「先生は書類での報告を?」

「そうにゃしね。なんだかんだボス――うんにゃ、タカミはマレビトムラに居ない方が多かったにゃ。あちきと一緒にマレビトムラで居る時間ってそんにゃ多くにゃかったにゃしよ」


 だからいつでも見れるように紙に残していた、と。

 正直共生会に通っていた俺よりも上手いのは流石に複雑だけれども。


 しかしちょっと意外、なような気もする。

 何となく先生と真紀奈はセットみたいなイメージがあったな。いやまぁ、先生の下から離れて俺のとこに来てるくらいだ、何かしらの深い絆があってどうのとまでは思ってなかったけど。


「真紀奈って先生の指示を受けて街の情報を集めてたのか?」

「んー……タカミから受ける指示は場所だけだったにゃしよ。そこで何についてだとか、そういうのはにゃかったにゃ」

「なんでも気になったことを報告してたと」

「そうにゃしね。おかげで報告書の内容が多くにゃって仕方なかったにゃ」


 書いている時を思い出したのか、大きく背伸びをする真紀奈は実に猫っぽいけれど。


 なるほどな、と。

 先生の、というよりは情報屋タカミの神髄に触れられた気がする。


「にゃ? ……えっち。真紀奈ちゃんのおへそが魅力的にゃのはわかるにゃしが、そう見つめられると照れるにゃ」

「……不躾な視線を向けたのは悪かったと思うけど、俺は慎み深い人が好きかなー」

「真紀奈ちゃんがどストライクなんて、やっぱり照れるにゃし」

「俺にハーレムどうの言ってたヤツとは思えないよ……」


 演技か本気かは別にして、てれてれと頬を染める真紀奈から視線を報告書へと戻す。

 真紀奈が言っていたように、ずらりと並ぶ業者一覧は基本的にリフォームだなんだと言った環境改善や整備を行う業者が多かった。


 環境に手を加えるってところから考えられるのは、単純に監視カメラだなんだと言った小細工を考えてるってことだろうか?

 元から稀人のプライバシーなんて安いものではあったが、ここまで大安売りのバーゲンセールをしてしまえば露見した時がヤバイだろって話だけれど……流石にそこまで乱暴かつ安易なことはしてこないだろう。


「なら、どう考えるか、だけど」


 何でもそうだが、枝を隠すには森の中なのだ。

 これだけの業者を動かしたというのなら、本命がこの中に混ざっているはず。


「給食業者、なぁ……?」


 だってどう考えても釣りみたいな業者がここに乗っているんだから。


「あちきも、それは流石に罠だとおもうにゃしよ」

「だよなぁ。あっちゃならないことだけど、一番容易に薬だなんだは混入させやすいよなぁ」


 あくまでも俺たち、裏で動いている存在から見ればこの業者の動きは向田組の仕掛けに間違いない。

 ご丁寧に釣り針まで垂らされているんだ、これ以外の何かが本命だって言わんばかりの。


「でも……動かないわけには、いかないよな?」

「そう、にゃしね。罠で釣りだから放置するって判断するにゃら、じゃあやるね? で終わっちゃうにゃ」


 そういうことである。

 仕掛けられた本命は別にある、あるとわかっているがこれに対応せずにスルーするという選択肢はない。


「手伝うにゃしか?」

「いや。本命は別にあるはずだろうし、真紀奈はそっちを頼むよ」

「りょうーかい、にゃ。けど、あんまし無茶するにゃしよ? 仁」

「わかってる」


 もう、独りじゃないから。


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