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第11話「こういう形」

 意外な形でと言えばそうなんだけど。


「別に、こういう形での協力を見込んだわけじゃないぞ?」

「知らねぇよんなもん。ただ、やることがねぇ中で、話せることがある。それだけの話だ」


 顔から少し険が取れたか、マンションの屋上でやり取りした男がつまらなそうに言う。

 俺としては言葉通り何かに使うとか利用するって考えが無かっただけに、進んでそれならと言ってくれたことが嬉しいけれど。


「カズの野郎も、言ってたからな」

「カズ?」

「あの学園で会ったんだろ? 犬の稀人によ。アイツとはまぁ……知り合い、だからな」

「そうだったんだ」


 言うところのカズさんからサンプルを貰って、智美を通じてメディレインへと急ぎの調査を頼んで。

 調査結果次第ではあるけれど、結局防ぐ事よりも対応するしか手持ちのカードではできない現状だから情報を集めながら三日後に備えている。


 しかし、一応この人であの人……カズ、さん? は稀人なんだけどどういうつながりがあったんだろ。


「んなことはいいんだ。それで? ヤクについてだが」

「ああ。あんたはアレで能力を得たんだろ? 飲んでからについて聞きたいんだ。どうやって能力を確かめられたのか、とかさ」

「そう、か……そうだな」


 聞いてみれば特に拒絶されることもなく思い出すように視線を天井へ向けられた。


 この部分に関しては黒雨会が尋問という形で明かそうとしたことだ。

 尋問とは言うけど、そんな手ぬるい形ではなかっただろうから、改めて聞いても不快を露わにされるだけかなと思ってたんだけど。


「ぱっと閃くとか、身体がおかしいってのは無かったが……めちゃくちゃ女が欲しくなったな」

「お、おんなぁ?」

「あぁ。だから夜の街にどっぷりって時期は短いながらもあったぜ……って、なんでてめぇが赤くなってんだよ」

「わ、悪い。そ、それで? 夜の街でアレして、能力に気づいたって感じなのか?」


 いきなり何言ってんだよびっくりするだろっての……くそう、頬っぺた熱い。


「あー……いや、能力に気づいたってわけじゃねぇ。けど、どんな女を抱こうが、こうじゃねぇ、コレじゃねぇって感じでな」

「こうじゃない?」


 ぶっちゃけよくわからない感覚ではある。

 というか気軽に女を抱くとか言ってくれるなってんだよ……あー、こういうの、慣れるべきなのかなぁ。

 いや、慣れた自分ってのに全く想像がつかないけれど。


「余計にストレス溜まっていくだけだったんだ、結構女好きだったってのにな。だから、そう。まずこの部分で明確にちょっと前の自分じゃねぇって気づいた。それからは、何か違うってわかってからはトントン拍子だったな。イライラしながら街を歩いて、蜂の巣を見つけて……見つけた巣にわけわかんねぇくらい興奮して。あぁ、自分は蜂なんだなってわかったよ」


 ふむ……こっちはわかる、かな。

 稀人ならではの感覚というか習性というか。

 俺自身、フリスビーを投げられると追いかけたくなる気持ちを抑えられないし。


 って、まぁそれはいい。


「気づくまで、どれくらいだった?」

「一か月、ってとこか。他に俺とおんなじことしたヤツがいるかは知らねぇが、少なくとも俺はそれくらいかかった。能力を使えるようになったのはそっから半月くらいだ」


 動物誘拐事件が起こり始めた時期と合致しているな。

 情報として出回っているのが誘拐事件しかないから確実とまでは言わないが、人間を止められる薬が完成したのもこの辺りか。


「そう、だな。多分、俺は初期組だよ」

「初期組?」

「成功、つっていいのかはわかんねぇけど。上手く、稀人みてぇな能力を身に着けた例はな。だから、まぁ……てめぇが何してぇのかは知らねぇが、遅くはねぇと思うぜ」

「……」


 思わず、というか。


「んだよ、そのツラは」

「いやぁ……ツンデレって言うのか? 初めて見たや」

「は、はぁっ!?」


 良いもん見れたと思うべきか? 鳴? いやあいつはツンギレだろう。


「悪い悪い。うん、ありがとう、教えてくれて」

「……ちっ」


 信頼された、なんてまだ思わない。

 それでも歩み寄ってくれたんだ、今は中途半端な人間になってしまったかもしれないけれど。

 紛れもない人間に。


「報いるよ」

「しらねぇよ」


 そのためにも、動くとしますか。




 サンプルの調査はギリギリ間に合った。

 以前から出回り始めた人間を止められる薬とほぼ変わらないって結果だ。単純に混入しやすいよう水溶性へと変化させたものであるとかなんとか。


 つまるところ。


「キメラ、ねぇ」


 鳴が口にした合成獣キメラという言葉がしっくりきた。

 元々異能を有している稀人に対して薬を使用すればどうなるのかという部分を確かめようとしているらしい。

 だが、キメラの名前に反してメディレインの研究員さんたちが挙げた予想は新たに能力を会得する可能性は低いというものだった。


 稀人は能力とその動物や虫の習性や本能をセットで持っている。

 会得しようとした能力や本能が元から持っているモノに対してどう作用するかという問題だ。

 その問題を研究員さんは打ち消し合うって見方をしている。


「何も持たない、外見だけ人間から見れば異形なだけの存在となる……のか」


 仮にその見立て通りになったのなら、まさしく脅威を持たない異形者の誕生だ。

 より排他しやすく、より依存させやすく都合のいい存在へと落とし込むための第一歩となるのは間違いない。


「あるいは、これこそが向田組の狙いなのかもしれないな」


 大きな釣り針だとしか思わなかったけど、釣りであっても本命の一つってことなのかも。


「何にしても、見過ごせないって部分だけは確かだ。頼むぞ、イサミ」


 感覚を広げて皆の位置をもう一度確かめる。

 学園は新選組で包囲している。あとは昼食前のチャイムを合図に突入するだけ。

 誘導班、実行班、そして俺っていう配置で、俺の身体能力を得ている新選組ならまず人間には捕まらない。

 共生会の稀人がどう動くのかが懸念材料としてあるけれど、調べた中に脅威とカウントできる相手は居なかったし大丈夫だ。


 結局、カズさんだったか。

 あの人は主人である向田組に逆らえない、逆らわないと決めている。

 だと言うのなら指示に従うことは動かせないわけだ、無理やりにでも実行を止めようとすれば当たり前のように反発してくる。


「なら、やらせてしまえばいい」


 実行した、したけど何者かに邪魔されて完遂出来なかった。

 この形を作ってしまうしかない。そうすることでカズさんは堂々と失敗できるんだ。


 新選組を突入させる、場を混乱させながら薬が混入されただろう給食をダメにする。


 そして――。


「よし、行くぞっ!!」


 チャイムが鳴った。

 鳴って少しの間の後に、共生会がある場所周辺から驚きの声や悲鳴が上がった。


 それを尻目に、俺は。


「……まったく、困った稀人だね? 影狼君は」

「誉め言葉として受け取っておきますよ。カズ、さん」


 厨房へと突入して、カズさんと相対した。




 一つの確信が、俺にはあった。


「失敗させるだけなら理解できたものを。どうして私の前に姿を?」

「迎えに……いえ、あなたをさらいに来ました」

「攫いに?」


 この人は、恐らく。


「稀人に、戻りたくはありませんか?」

「っ!?」


 能力を消されたか、奪われたか。

 どちらにしても今カズさんは姿だけが稀人な存在だ。


「どう、して」

「わかりますよ。あなたは経験と勘……あるいは事前の情報や予想で俺を察知した。あの部屋で会った時も、この時も。だってそうでしょう? こんなに外がうるさいというのに、カズさんの耳はそっちを向いていない」


 違和感はあった。

 多分、似たような種の稀人だからこそ感じ取れたものだろうけれど。

 ただそれでも決定的だったのは。


「自分の能力を人質に取られた、違いますか?」


 犬の忠誠心を持っていたというのなら、あの時も今もまともに会話なんて成立していないということ。

 尽くさざるを得ない、なんて。狼にも犬にも存在しえない本能で感情だということ。


 そして何より、あの時雨宮は与える薬があるのなら、消す薬もあると言っていた。


「……参った、な。影狼君、私はキミを少しどころか大きく見誤っていたようだ」

「だからこそ、誉め言葉として受け取ったんですよ」


 時間は、あまりない。

 多く時間をかければかけるほど、新選組の皆が危なくなる。


 それでも。


「一緒に来てください。後悔は……もしかしたらするかもしれません。けど、あなたがあなたらしく生きられるようには、責任を持ちます」


 ずっとカズさんから漂っていた疲れたような雰囲気はきっと、犬稀人であるという誇りを持ち続けて、現状にずっと耐えていたからだと、信じたいから。


 もう少しだけ、踏ん張ってくれな、みんな。


「……はぁ。はは、本当に、参った。こんなにもう、くたびれた私だと、言うのに」


 葛藤は見えた、でも希望も見えた。


「わかった。降参だ、諦めて先が見えないまま耐え続けるよりも……後悔することになろうとも。希望に賭けるほうがよっぽど良さそうだね」

「ありがとう、ございます!」


 伸ばされた手を、しっかりと握った。

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