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第12話「立派なもんか」

 俺としては、だけども。


「そういうつもりで来てもらったわけじゃ、ないんだけどな」


 打算はあったかもしれない、否定はしきれない。

 確かに都合よくなんだろう力を奪われた稀人と、力を与えられた人間がいる。

 ならやっぱり、最終的に、結果的にはこういう形になるというもので。


「……わぁってるよ。わかりたくねぇがな」

「わかりたくないって言うのは同意だね。私も、キミがそういう存在だとはあまり思いたくないし。そうだと言われても信じられないから」


 二人が苦笑いしながら言ってくれる。


 そう、残すは臨床試験っていうのか? それとも治験?

 どちらにして出来上がった薬の効果を直接確かめるだけという段階になった。


「ごめ――」

「謝るなっての。謝られる理由がわかんねぇし、ぶっちゃけ最初はこのためにオレたちは囲われたんだと思ってたっての」

「そうだね。最も、そうされても構わないと思ったからこそでもあるけれど」


 ……迷いを見せるな、か。

 やっぱりまだまだ俺には難しいよ、ギンさん。


「わかりました、ありがとうございます。研究員の人たちからは命に作用する可能性はほぼ無いと聞いています。ただ、効果があるか否か、それだけって話です」

「期待はしてねぇよ」

「希望はあるけどね」


 建ったばかりのメディレイン、その研究室の扉が開かれた。

 待っているのは成功か失敗か、それとも希望か絶望か。


「いってくらぁ」

「いってくるね」


 気負いなく、ってわけじゃないだろう。

 それでも俺を安心させるようになんて雰囲気を感じてしまったことをどう受け止めればいいのか。


「お願いします」


 一つ、大きく頭を下げて二人を見送った。




 結果が確定するまでの時間はもどかしい。


「旦那様」

「……その呼び方、辞めませんか? 初音さん」

「あら? ではあなた様とでもお呼びすればよろしいですか?」


 くすくすと上品に着物の裾で口元を隠しながら笑う初音さんがやって来た。

 ある意味吹っ切れたとでも言うのか、俺の前では何ら裏を感じさせない態度を取ってくれているけれど……こういうところはもう彼女自身に根付いた性質なんだろう。


「慣れませんか」

「よく、お分かりで」

「わからないはずがありませんよ。こうした決断ややり取りは、幾度となく経験しておりますから」

「ということは、やっぱり初音さんも?」


 迷ったのだろうか。

 いざこういう場面を前にして、躊躇ったり後悔に近い感情を抱えたりしたのだろうか。


「何だって、誰だってそうですよ。人を活かす、殺める……自分の手でか他者の手を借りてかに問わず。決断を下すまでに多くの葛藤をして、決めた後でも後味の悪い感情に苛まれる。宿命、あるいは業とでもいうものはいつだって隣に在って、胸の中に残り続けています」


 少しだけ遠い目をして初音さんは、俺に言い聞かせるようにかつての胸中を語ってくれた。


「慣れなどしません。ただ、誤魔化すことは上手くなっていくばかりです。誤魔化し方の一つとして、私はきっと氷の仮面を手にしたのでしょう」

「黒雨会の長たらんという仮面、ですか」

「ええ。その仮面を被れば、私は強くなれた、強くなれた気がした。障害を取り除くことに躊躇いなく、ありとあらゆる人やモノを利用できるようになった。ですがその分、誰かを信じることは難しくなっていった」


 多分どころか、俺は初音さんが言うところの宿命や業に慣れずとも、仮面を被ることに慣れたころの彼女と出会ったんだろう。

 タイミングが良かったのか、宿命を受け入れた彼女であったのならこうして肩を並べることになんてならなかったはずだ。


「だからこそ、あなた様にはこれ・・に慣れて欲しくないと思っております」

「だからこうして心配して来てくれたってことですか」

「単に愛しい人のお顔を見たくなっただけですよ」

「よく言いますよ、でも……ありがとうございます」


 心が楽になった、とは言わないし実感もない。

 ただ、目指す場所へ続く道中にあって然るべきものであり、避けられないものだとわかった。


「うふふ。ええ、その通り。結果が出るまでは一週間ほどかかると聞きました。それまでに、向田組との小競り合いを終わらせてしまいましょう?」

「……ええ、そうですね」


 つまるところ、覚悟が定まった。


 さぁ、万全を持って結果を待つためにもやるべきことをやろう。




「あ、仁さん」

「お疲れ様、智美」


 会議室に居た智美が俺に向けて一瞬笑顔を向けてくれた後。


「――ええ、わたくしではいまいち判断は出来かねますが……あの女狐いわく、悪くはないとの事です」

「女狐って」


 言いそうになった言葉と表情を飲み込んで、もう一度笑顔でそんなことを言ってくれた。


 だめだな、迷いが顔に出ていたかもしれない。

 気を使わせてしまうようじゃ、やっぱりまだまだだ。


「ともあれ、判断はできませんがわたくしも悪くないと思っております」

「というと?」

「単純に、被害がありませんから。裏の意図までは読み切れませんが、大勢に影響が出るほどの出来事が起きておりません」


 話しながら渡された報告書に目を通せば……なるほど、他の共生会へのアプローチは見られず向田組の傘下にあるだろう企業の動きも特になし、か。


 黒雨会と繋がれたことで少なくとも裏の趨勢といった部分に関しては把握が進められている。

 表というか、各企業の動きはメディレインというよりはロジータを動かすことで多少は掴めるんだけども。


「不気味、だな」

「はい。準備を進められている、あるいは対策を練られているといった見方が一先ず正しいかと思いますわ」


 いまいちハッキリ掴めない、という今の状況こそが嵐の前の静けさと言えるだろう。

 報告書から顔を上げれば真剣な智美の表情がそこにあった。


 随分と頼もしくなったものだと思う。

 あるいは、覚悟が決まったからこその表情だと思えば俺もこういう顔をしていたのかもしれない。

 なら、虚勢を張ろう。


「智美」

「はい」

「あの二人への実験が良い結果に結び付けば、次は素子に薬を使うから」

「……え」


 そこで一瞬きょとんと、何言ってんだみたいな顔をされた後。


「仁さんっ!?」

「次は智美って言われると思ってたか?」

「当たり前ですわっ! むしろそうなさって下さいまし! 素子様は、あなたの――」

「だから、だよ」


 本当は、不安だ。

 もっともっと……それこそ確実に大丈夫だってわかってから使いたいなんて当たり前に思っている。

 だけど、そう。


「智美は今、戦力だから」

「っ――」


 向田組が準備を進めているというのなら、俺たちも向田組に対しての準備も進めなくちゃならない。

 黒雨会の手を借りられると言っても、それはあくまでも自分たちの本業に差し支えない範囲での話だ。

 武力的な衝突があり得ると考えられる現状で、戦える人を失うわけにはいかない。


「……ずるい、ですわ」

「そうかな? そうかも。でも、覚悟ってそういうこと・・・・・・だと思う」


 皆色々な覚悟をしてくれている。

 鳴だって、智美だって、初音さんだって……今回最終実験を受けてくれたあの二人だってそうだ。

 なら、当たり前に俺だって。


「本当に……仁さんは、すぐに格好良くなるのですから」

「皆に置いて行かれたくないから」

「おやめくださいませ、もうすでにご立派ですわ」


 素子を礎にするなんて考えはない。

 ないけれど、私情を優先した結果潰されてしまうのだけは避けなければならないと思う。


「立派なもんか、女の子を血なまぐさい場に使おうとしてるやつなんか」

「う……だから、もう。そういうところですわよ、仁さん?」


 どういうところだよ、なんて思いながら。

 ぽすんと胸元に飛び込んできた先っぽの無い拳を受け入れた。


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