「ようこそ、仁君。僕のマレビトムラは、どうだったかな?」
「……先生」
良かった、ここに居たなんて場違いにも程がある感想を浮かべては消して。
考えるまでもなく、この明かりも幻界も消えた廃ビルの地下こそが、先生の守って来たマレビトムラなんだろう。
そのことを隠さない、隠されないということが俺との決別を教えてくれている。
「色々と、聞きたいことなんて山ほどあります。でも、まずは」
「出雲鳴の居場所、かな? ……やれやれ、本当に成長したね仁君。もう僕じゃあ操作できないと思ったのは、間違いじゃあなかったよ」
操作と先生は苦笑いを浮かべて言った。
つまるところ、ここまでの道筋は先生の描いたものに限りなく近いものであったということ。
笑ってしまえるほどに納得できた。
そりゃそうだ、俺より何倍も強く裏を知っている稀人が、わざわざ遠回りをするなんて理由あってのことで、その理由がこうだったという話。
「……いつから、ですか?」
「うん?」
「いつから、俺は先生の駒だったんですか?」
「キミと出会ってから……なんて言うのが一番格好いいのかも知れないけれど。そうだね、素子君がキミを拾った時から、というのが正しいか」
観念しているのか、それとも隠すつもりがないのか。
「どうして」
「おや? 知りたいのは出雲鳴の居場所じゃなかったのかな? いや、意地悪は止そうか。安心したまえよ、出雲鳴は少なくともキミが再び彼女と出会うまでは生が約束されているからね、少し……少しだけ種明かしの時間があっても良いね」
いつもの際どいチャイナドレスを着て、いつもの余裕ある笑顔を浮かべて。
お前の知っている自分じゃないと、主張している。
「稀人はこの世界で生きにくい。これは真理だ」
「否定は、しません。肯定は、今はしたくありません」
「良い答えだね、流石だよ仁君。でもね? 真理だからこそ多くの稀人は何故を求めた。何故自分はこんなにも辛い境遇にいるのか、何故誰も助けてくれないのか。あるいは」
「辛い苦しいを仕方ないと納得できる理由を探した、ですか」
その通りと満足気に先生は頷く。
どうなってもやっぱり。
俺に教えるという構図は変わらない。
俺だって単純に、稀人だからで納得していたんだ、否定なんてできない。
「多くに漏れず僕も理由を求めた。求めた先に、僕は自分の美しさというものへと行きついた」
「美しさ、ですか」
「そう、美しいだろう? 僕は」
「……」
これも否定はできない、だろう。
少なくとも、先生の容姿は間違っても醜いなんて言えないし。
本性を冗談めかして隠しながら、容姿を活かして人間と上手く関係を作っていたことはよく知っている。
「あぁ、肯定も否定もいらないよ、仁君。人によって物差しは様々だからね。ただ僕は僕の中にある物差しで自分を測った時世界一美しいと断じたんだ。父親が母親よりも僕を選んだことも、選んだ僕に日常的な性的虐待を行っていたことも、ね」
「っ……」
まるで、なんてことない日常だったかのように先生は言い切った。
だから、だろう。
「許せなかったんだ、自分が」
語りながら先生の目に、昏い炎のような輝きが宿ったことに気づけたのは。
「素子君は素晴らしい友人と言える存在だった。あるいは、僕が初めて憧れ恋焦がれた存在と言えるかもしれない。キミを拾ってきた時、稀人のことをちゃんと教えてくれと言いに来た時……僕は彼女に見惚れた、僕は自分が世界で一番美しいから、多くの人が狂っても仕方ないと思っていたのに。美しいという逃れられない事実は罪で、罰を受け続けても仕方ないと思っていたのに……僕以上に美しいものがあると思ってしまった」
だから俺を操作したのか?
だから素子を排除しようとしたのか?
いや、違う。
「あの時僕は敗北した。現実というものを直視せざるを得なくなった。そうして見た現実の中にキミと素子君はいて……何にも負けない美しい愛情で結ばれていた」
そうだ、先生は確かに俺と素子へ愛情や敬意のような何かを持って接してくれていた。
だからこそ俺は素子と先生なら引っ付いてくれても構わないと思っていたし、そう望んでいた一面があった。
「そう、そうだ。だからキミと素子君は、僕より美しい存在で、関係で居続けてくれなければ困るんだ」
あぁ、ようやく、ようやくだ。
今ようやく俺は先生でもなく情報屋タカミでもなく。
高尾高美という稀人と相対している。
「この困難を乗り越えて、ですか」
「困難? 仁君はこれを困難だと思っているのかい? だとしたら期待外れも良いところだけれども」
どうしようもなく歪んでいて、欲望に忠実で、今まで出会ってきた誰よりも稀人らしい。
「困難ですよ、疑いようもなく。先生が俺を操作してきたっていうのなら、尚更です」
「あぁ……そうか、それもそうだね。悪かったよ、でも」
「わかってます。もう、止まれないんですよね? どうしようもなく罰を受けたいんですよね? 俺から……いや先生が憧れた存在から」
「うん。ごめんね? 男の嫉妬は見苦しいと言うだろう? だから、仕方ないんだ。そう仕方ない」
笑みの中に狂気を交えて。
先生は。
「今日は、今日ばかりは」
「ええ、いつものお礼に……一手指南、つけてあげますっ!!」
やっぱりいつものように、見慣れた構えを俺に向けて取った。