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第6話「卒業試験」

 稀人の戦いはパズルのようなもの。


「どうしたんだい? 指南、つけてくれるんじゃないのかな?」

「まさに今つけているんですよ」

「ふふ、そう、そうか。なら僕は、待つとしようキミの一手を」


 散々とまでは言わないけど教えてもらったことだ、他ならぬ目の前にいる人に。


 何度も見た構え、つまりは合気の構え。

 これは先生が持つピースの一つだ、何回だって腕を伸ばせば投げ飛ばされた光景は忘れられない。

 忘れられないからこそ、こうすればこうなるという先が行動するまでもなく予想できる。


「ふっ――!」

「へぇ……?」


 まずは、飛ぶ。

 スピードで攪乱するなんて意味がないとわかっている。

 先生だって稀人だ、俺ほどのスピードが出せないにしても目で追うことくらいは可能で。


「そこだね――っと」


 来るとわかれば合わせられる程度の身体能力はある。


 背後に回っての攻撃は先生の予測と反応を超えられず、失敗。

 伸ばしかけた腕を戻して再び、先生を中心に飛び回る。


「焦らしてくれるじゃないか。僕は早くキミに触れたくてうずうずしているというのに」

「触れられたくて、の間違いでしょう?」

「はは、一本取られたね。その通りだ」


 合気の基本とも言えるのは相手の反応に合わせるということ。

 あるいは、反応を起こすとも言えるかもしれないが、相手の力をそのまま利用した先の先でも後の先でもない、言ってしまえば同じ時の間に技を繰りだす事こそが奥義と言える。


「ふぅ」

「もうお疲れかい? まだ何も教えてもらってないんだけどね」

「慌てないで大丈夫ですよ。ただの確認ですから」


 そう、確認だ。

 ここまでは人間と同じ土俵、体捌きだなんだは超越しているかもしれないけれど、同じことが人間にもできる。


 故に、ここから。


「む……」


 ここからは稀人の戦い。

 四つん這いになって両手両足を加速に使う。


「……僕が、反応できないとでも?」

「さて。この先は俺も知りませんから」


 そう、知らない。

 先生がどういう応手をするのか知らないんだ。


 幻術を使うのか、それとも体術だけで対応できるのか。


「甘く見られたものだね」

「この間、最後に素子を使われましたから」

「……やれやれ。本当にキミは、成長するのが早すぎる」

「誉め言葉として受け取っておきます」


 あくまでも反応だけ見れば、体術だけでは難しいと先生は態度で示している。


 そうとも、あの時、指南を付けてもらった時。

 先生は俺の全力突貫を素子の幻影を出すことで防いだ。

 それは裏を返せばそうしなくちゃ防げないからとも考えられる。


「っ……」

「ふ、ぅ……」


 有利を得ているとは思わない。先生の態度がブラフである可能性もあるどころかその方が高い。

 人を騙すことで力を得てきた先生だ、そんな人の底がこんな浅いところにあるわけがない。


 だから。


「っ――!!」


 思い切り床を蹴る・・

 元々一足飛びの距離が一瞬で縮まった。


「甘いっ!!」


 伸ばした腕は取られた、このままじゃ関節を極められる。


 あぁ、知っていた、理解していた予想していた。


「……指南は、どうしたのかな?」

「いつつ……ふぅ。これも、そうですよ、先生」


 折られる寸前で力を抜いて自分から投げ飛ばされに行くことでダメージを軽減した。

 といってもやっぱり痛いに変わりは無いけれど……うん、このくらいならすぐに治る。


「恐らく、それはキミの切り札だろう?」

「否定はしません」

「なるほど。まだ奥の手はあると」

「それも、否定はしません」


 再び同じ四つん這いの構えを取る。


 怪訝そうな顔を浮かべながらも先生は同じく構えを取るけれど……まぁそうだな、見切られているや。

 さっきよりも身体の力が抜けているし、腕の位置もより合わせやすい位置に置かれている。


 同じ攻撃をしたのなら、次は関節を軽く痛めるじゃあ済まないだろう。


 それでも同じ攻撃を――っつぅ。


「買い被り、とは思いたくないんだけどもね、仁君」

「買い被りはずっと前からされてましたよ、先生。これが俺の全力ですから」


 同じ結末、同じダメージ。

 少しの工夫は功を奏してダメージはすぐに回復できる程度に抑えられた。


 ただ、先生の失望したと言わんばかりの瞳が結構辛い。


「なら僕は……キミをここで折ることを最後の指南とするべき、かも知れないね」

「折れませんよ。どうされても」

「そうかい? じゃあまずは腕を貰おうか」

「できるものならどうぞ」


 それでも構わない。まったく問題ない。

 元々雨宮以上に敵わないと思っていた相手だ、この程度で勝てるなんて思う方が間違いで思いたくもない。


 だから、まだだ。

 この俺を信じてもらうためには、まだ。




「――予想外があるとするなら、だけどもね」

「は、ぁ……うぐ、っつぅ……」


 何度投げ飛ばされただろうか。

 必死の工夫もそろそろ尽きてきた、次辺り本当に腕の一本は持っていかれるかもしれない。


「仁君がここまで頑固だとは、思っていなかったな」

「誉め、言葉、ですね」


 それでも身体は動く、思い通りに。

 ただただ投げ飛ばされ続けた身体は痛くて、力を込めたらそれだけで気が遠くなりそうだ。


 それはつまり。


「だから、うん、もういいだろう。幕引きとしようか」

「え、え……望む、所ですよ」


 終わりが近いということで、次はないということ。


 つまり。


「頃合い、ってことですね」


 そう、頃合いと言うこと。

 先生は完全に俺の新手を見切ったし、俺も体力の限界が見えた。


 でも、ちょっとサービスしちゃったな。

 こういう時に言うセリフは頃合いじゃあなかったや。


「そう、だね」


 気を引き締められた、警戒された。

 まだ何かあると気づかれた。やっちまったなぁ、俺ってばさ。


「ああそうだ。完全に折ると決めた。だから、こうしよう」

「っ……」


 ……あぁ、でも先生、それは悪手だと思いますよ?


「仁? そろそろ、終わりにして?」

「まったく。困った先生ですね」


 ぱちんと指を鳴らした先生は、瞬きをしたら素子の姿に変わっていて。


「終わろうよ、仁。別にいいじゃない、私はあんたがいればそれだけいい。たとえ仁のことがわからなくても、そう思ってるよ」


 素子の声で、素子の匂いで、絶対に素子が言わないだろうセリフを口にした。


 幻を自分に張り付けた、んだろう。

 幻を作り出せるっていうのは分かっていたけれども、そういう使い方もできるんだな、なんて。


「最後の最後まで、勉強させて貰えましたよ」

「……どうしても、やるの? 私、仁の事傷つけたくないよ」


 ある意味本音だろう、素子のではなく先生の。


 きっと先生はまだ揺れている。

 罰を望む心は先生にとっての本能に近しい何かなんだ。

 でも培ってきた……いや、素子と俺と一緒に培ってきた理性とも言える何かが歯止めをかけている。


「また一緒に過ごそう? 今までとは違うかもしれないけど、絶対にまた私はあなたを好きになる。姉であることを忘れたんだもの、今度は女としてあなたを愛することができるから、ね?」


 そんな風に見えていたのだろうか、それともそうなって欲しいと願っていたのか。


 真意はわからない。

 教えてもらうつもりもない。


「揺るぎませんよ、先生」

「……どうして?」


 再び……いや、これで最後。


「だって素子はまだ・・、俺の姉ですから」


 四つん這いの姿勢を取る。


 そうだ、まだだ。

 未来を勝ち取って、その先でお互いが決める事。

 素子を女として欲しいと願ったのなら、未来で俺が素子の心を奪わなければならないことだ。


「仁……」

「終わりにしましょう、先生。それ・・が悪手であること、教えてあげます」


 パズルのピースは揃った。

 心も、身体も、すべてがここに揃った。


 あとは。


「な――!?」

「――俺が素子にどれだけ飛びつきたいって思ってたと思うんですか」


 すべてを超えるだけ。


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