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第7話「明るい詐欺師」

「そ、っか……今まで、脚だけ、だったのか」

「ええ。通じてよかったですよ」


 素子……いや、先生の懐に飛び込んで、肘鉄を寸止め。


 そのままの態勢で、先生は先生になった後、俺がいた場所を見て理解してくれた。


「ま、ったく……愛弟子に、騙されるとは思わなかった」

「俺も、先生を騙すことになるなんて想像したこともありませんでしたよ」


 まったくもって本音の話だ。

 俺も裏社会ってやつに染まってしまったのかね、平気な顔して誰かを騙せるようになるとは思わなかった。


「あぁ、いや……そうだね、人の騙し方を誰かに教わることになるとも、思わなかったよ」

「俺の指南は、ちゃんと学びとなりましたか?」

「もちろんだよ……あぁ、痛い、痛すぎるねこれは。その肘を貰ったほうが、よっぽど痛くなかった」

「先生がそうしたくせに甘く見過ぎですよ、俺を。先生を殴れるわけないじゃないですか」


 種明かしは単純で、先生が見切ったのは四つん這いの姿勢から脚だけで突貫していった俺の攻撃だけ。

 四つん這いで手と足を使って加速した俺のスピードは見切る事も、追いつくこともできなかった。


「あーあ……だと言うのにキミは。僕を罰してはくれないんだね」

「多分それは素子あたりの役目じゃないですかね? 素子に嫉妬したんでしょう? だったらそんな素子の素顔を見て幻滅するなりなんなりしたほうが良いです」

「はっはっは。随分な言い草だね? 最愛の姉じゃあないのかい?」

「最愛だからこそですよ。アイツがどんなにだらしないかを語らせたのなら一晩じゃ到底足りません」


 俺の言葉に先生は笑いながら後ろに倒れていった。

 受け身取ってる辺りがちゃっかりしてるなと苦笑いしてしまうが。


「だから未来を待ってください。素子が笑って、あんたバカじゃないの? なんて言ってくれることを期待していてください。大丈夫です、先生がどうしようもないマゾヒストだってことは、ちゃんと言っておきますから」

「あまりゾクゾクさせないでほしいのだけれどもね? あぁもう、まったく。それが仁君からの罰だと言うのなら、僕は受け入れるほかにないか」


 結局のところ、かもしれないけれど。

 俺たち稀人は本当に心から欲した物を手にしたいと願ったのなら戦うほかに術はないんだろう。


 社会に、権力に、自分に。

 多くのものに打ち勝って、その先で得られるかどうかなんて、なんとも生きにくい世界だ。


「ええ。ですから今この時は、俺に騙されてください。未来は明るいんだと騙る俺に」

「……ふふ。降参だ、降参だからそう僕を甘やかさないで欲しい。敗者は勝者に従うものだ、従いたいなんて思わせないでくれたまえよ」


 倒れたまま目を拭う先生を見下ろして、大丈夫だとは思わない。

 きっとこれからも先生は人を騙すだろう、なんなら俺や素子ですらも騙す。


 けどそれでいいんだ、少なくとも先生は。

 この人はそうやってでしか生きていけない。誰かや自分をずっと騙して、騙し続ける事でしか前を向けない。


 だからこのマレビトムラがあったんだ。

 恵まれない……いや、救われない稀人へ偽りの希望を持たせて無理やり生かして前を向かせる。


 そうやって、いつか。


「先生」

「何かな?」


 いつか前を向けたのならと、淡く願う。


「前、向きましょうか。後ろばかりを気にしてたら、人間だろうが稀人だろうが、ただ生きづらいだけですよ」




「お疲れ様にゃしよ、仁」

「あぁ、お疲れ。そっちも大変だっただろ?」

「元ボスを相手にする方が、って言っておくにゃ」

「そっか」


 真紀奈と揃ってマレビトムラを後にする。

 ぱっと見だけなら真紀奈の方がボロボロだったけど、幸いにして深手を負っているわけではなさそうだ。


「それで……タカミはどうするにゃし?」

「どうするも何もしないよ。後は先生がどうしたいかを自分で見つけるだけで、俺はそこに口を出すつもりはないし……どうなっても、あの人が俺の先生であることに変わりは無い」

「また、同じようなことをするかもにゃしよ?」

「そん時はそん時。次は素子と一緒に叱るさ、先生もそう願ってるだろうから」


 ここにやってきたのは敵を討つためじゃないし、何なら先生を敵とはどうやっても思えない。

 そう躾けられたんだと思えば少し複雑だけども、悪い気はしていないのだから仕方ないだろう。


「マレビトムラは、これからどうにゃるかにゃ」

「多分、俺と真紀奈が出禁になったくらいで何も変わらないよ」

「出禁って」

「どのツラ下げて行けるのかって話かもしれないけどな」


 ノコノコと何でもない顔しながらマレビトムラへ顔を出す自分を思い浮かべてしまって苦笑いしてしまう。


 何も変わらないってのは間違いないだろう。

 あるいはあそこで暮らす稀人たちが前を向くことを期待はするけど、長く幻に浸っていた分振り切るには相応の力が必要だ。


「大丈夫、かにゃ?」

「どうだろうな。ただ、俺たち稀人は救われるだけじゃだめなんだと思う」

「……そう、にゃしね」


 誰かに与えられるだけじゃだめで、救いを当たり前に思ってしまってもだめ。

 手にしたきっかけを胸に前を向いて歩くことが始まり何だと思うから。


 誰もがそんな強さを持っているわけじゃないだろうし、人間だって同じことが言えるのかもしれない。

 それでもやっぱり、生きる事が楽しいと思えるようになるためには……踏ん張るしかないんだろう。


「それに、俺たちが寄り添ってあげられるわけでもないさ。特に今からは」

「じゃあ」

「ああ。やっぱり、なんて言うのかな? 鳴はあの非治安区域にいるってさ」


 最低限の目的、鳴がどこに囚われているのかはしっかり教えてくれたわけだし、これ以上どうこう言うこともない。

 まぁ、この期に及んで嘘の情報を掴まされるとは思えないが先生だしなぁ……むむむ。


「……焦ってにゃいにゃしね」

「焦った方がいいか?」

「言葉遊びをするつもりはにゃいにゃしよ」


 それは失礼しましたってね。

 焦るべき場面なのかもしれないけれど、それはきっと中身を知らなかったらの話。


「間違いなく、だけど。俺が鳴がいるところに辿り着くまで、これ以上何も起きない」

「……にゃるほど? 断言するにゃしね」

「黒い翼の男、雨宮が本当に力へ狂った男ならってのが前提だけどな。鳴をより効果的に使うってんなら、俺の目の前で殺す方が遥かに良いから」


 そう思えばそもそも放置するなんて方がいいのかもしれないけれど、当たり前に却下だ。

 かといって準備万端にしてから向かうというのも……ナシだろう。雨宮はともかく、向田組に態勢を整えられても困る。


「……皮肉な話にゃしね」

「うん?」


 持ち帰ってすぐ動くことになるだろうけど、具体的にどう動くかと考えていた時、不意に真紀奈が呟いて。


「雨宮と仁、どっちも強いにゃしが……全然違う強さを持っているにゃ」

「そう、なのかな?」

「きっと雨宮は勝てば後悔するにゃしよ。だから、仁」

「うん」


 視線を俺としっかり合わせながら。


「勝つにゃしよ」

「任せとけ」


 笑顔で応援してくれた。

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