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第9話「同じ」

「拉致されておもてなしを受けてるわたしの気持ちがわかりますか?」

「最後の晩餐となる可能性が高いんだ、これくらいするさ」


 どうにも気が抜けちゃったわよ、あれだけシリアスもいいところだったのに。


 にやりと笑う雨宮悠と名乗った人……人? いや、うん。まぁ雨宮はこれ以上ないってくらいわたしを丁重に拉致という名前のエスコートをしてきた。

 見覚えある気がするなんて思い返してみれば、閑古鳥が鳴くディアパピーズ唯一のお客さんだったことを思い出せば複雑さが増すけれど。


 とりあえず、今は目の前に並べられたおフランスな料理を食べるべきかどうかだ。


「最後の晩餐であるなら食べられませんね」

「毒を入れていると言った意味ではないぞ?」

「これではわたしはグルメでして。最後に食べるならアイツが作ってくれたパンケーキと心に決めているんです」

「……クク。随分と入れ込んでいるようだな? 長野仁に」


 カマかけ、にしては拙いものだった。

 ただ、コイツも隠す気なんてなかったんでしょうね、あっさりと仁絡みであることを認められた。


「わたしを攫った目的は?」

「やれやれ。少しは緊張したらどうだ? 可愛げがないぞ」

「可愛いと思ってもらいたい相手にしか見せないのよ」

「ならばオレには思ってもらった方がいいんじゃないか? 腹違いではあるが、これでもお前の兄なんだがな」


 ……は?


「……冗談、なら。センスを磨くべきね」

「あり得るかも知れないと思いながら言うものではないな。あの父親だ、別の女を囲っていたとしてもおかしくないと思っただろう」

「ぐ……」


 まさしく言う通り、ではある。

 わたしの他に子供を作るなんて父にしてみれば面倒の厄介事でしかないでしょうし、信じきれはしないのだけど。あり得るか内科で言えば、あり得る。


「オレとてお前以外に同じ血が半分でも流れているヤツがいる可能性を否定はできんよ。信じられるわけもないが、あの男が言うにはオレとお前だけ、だがな」

「……そう」


 動揺してしまっているのは認めるところ。

 でもわざわざこの場でそれを明かす理由は何って疑問で混乱しきれない。


 そう、そうよ。

 何故わたしは今ここに連れてこられたのか。

 それが一番の問題で疑問だ。


「全てを明かそうと思ってな、お前には」

「……」

「そう警戒するな。お前にとってはではなく、長野仁に対するご褒美だ」

「アイツへの、ご褒美?」


 雨宮のにやけ顔がより楽しそうになった。

 あぁ、うん。楽しそうだ、だからなんだか緊張感がない。


「ヤツはオレに殺される」

「っ……!」

「出雲鳴、お前はヤツに依頼をしているんだろう? お前の母が死んだ……いや、殺された真相を暴くために、手がかりを得たいと」


 筒抜けだった、ってわけね。

 仁が誰かにペラペラしゃべるなんて思わない、つまりどういうルートか知らないけれどわたしの内情を含んで色々と把握されていたと。


「まず言っておこう。計画犯は父で、実行犯はオレだ。今なら謝罪の一つでもしてやるが?」


 ……落ち着け、わたし。

 頭を真っ白にしていい場面じゃない。


「……予想が正しかった、それだけのことよ。証拠は?」

「残すわけがない。だが、オレが証人にはなれるだろう。今回の件が終わり、望むならそうしてやってもいいぞ」

「そうね。是非お願しようかしら? いい加減、父は裁きを受けるべきだろうし」

「クク、違いない。オレもヤツがいい加減目障りでな、ここはひとつ協力しようじゃないか」


 落ち着け、落ち着くんだわたし。

 怒るのも泣くのも後でいい、今は雨宮の言葉にある真実を集めろ。


 今回の件が終わり望むならと言われた。

 それはつまりわたしを殺したりどうのするつもりはないということ。

 加えて父のことが目障りといった。

 ならば雨宮は父で縛られているのだろう、実行犯になったなんて言ってるくらいだし。


「自由にでも、なりたいの?」

「自由? あぁ、意味合い的には近いかもしれないな。だがより正しく言うのならばオレはあらゆるものから開放されたいんだよ」

「開放、ねぇ? 父というしがらみから?」

「確かにアレも枷の一つに違いないが、もっと大きなモノからさ」


 もっと大きなモノねぇ? 何処となくちょっと危うい目の光をしているけれど……何、かしら。


「ヒトと言うものからさ」

「……別に、聞いてないわ。興味もないわよ」

「つまらないと思わないか? 人間であるというだけで、稀人であるというだけで多くの事が決められる。くだらないと思わないか? 人間に生まれてよかったと稀人を見て安堵し、稀人は人間に生まれたかったと嘆くこんな社会は」


 急にもっともらしい……ううん、もっともな事言っちゃってまぁ……。


 あぁもう、くそう。

 その通り、その通りよ。今のわたしは心底そう思う。

 仁と出会ったわたしは、今の世界がとてつもなくくだらなくてつまらないものだと思っている。


「そんなものから開放される為には、力が必要だ」


 それも、分かる。

 一歩踏み出す力、相手を認める優しさ、相手を信頼する勇気。

 多くの、そして大きな力が必要だ。


「共に来い、とは言わんよ。想い人を殺すオレについていきたいとも思えんだろう」

「……当たり前、ね」

「だが、この場においてお前にはヤツの力を引き出す道具になってもらう。安心しろ、死にはしない。ただ、苦痛ではあるだろうがな」


 雨宮がちらりと向けた視線の先には……趣味、悪っ。


「わたし、金魚か熱帯魚になった覚えはないんだけど」

「オレからすれば変わりない。観賞用、という意味においてはな」


 大きな水槽のような物があって、アソコに入れられて水責めされるんだろうななんて。


「では改めて、最後の晩餐をどうぞ?」

「いらないわ。おかげさまで色々胸がいっぱいなのよ」


 仁……ごめんね、迷惑かけて。捕まって良かったのかもなんて思って。


 だってこの人、過程ややり方は違うけれど、あなたと求めているものは同じだって知れたんだもの。


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