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第10話「猫塚真紀奈という相棒」

 非治安区域突入が決まった。

 突入なんて言葉を使うのは少し乱暴だけど、気持ち的には近いものがある。


「じゃあ真紀奈、頼む」

「任せるにゃし! というか、むしろこれはあちきの仕事であり生きる意味にゃ。仁に言われずとも、にゃしよ。それに……どういう形であっても、ともちゃんの傍に居られるの、嬉しいにゃ」


 ニコニコと真紀奈が言ってくれた。

 俺的にオッケーなのかと心配してはいたも


 智美と初音さんからは離れて、単独での潜入をする俺だから二人を守る役目は真紀奈が担ってくれている。

 真紀奈いわく、初音さんを守るなんてのはおこがましい話だからともちゃんに集中するとかなんとかだけど……まぁ、正直俺よりも絶対強いだろうからなぁ……。


「仁様? 私、殿方に守られるというものに憧れておりまして」

「心を読まないで下さい?」

「近いっ! 近いですわっ! このはしたな蜘蛛っ! この前からずる――じゃなく抜け駆けは禁止でしてよっ!」

「あらあら」


 絶対この二人相性良いよね? あ、ほら真紀奈もなんだかほんわかしてるしさ。


「く、くぅううううっ……」

「私に噛みつかれるより先に、協力者様にご挨拶するべきではありませんか? それこそはしたなく私は思いますが」

「わ、わかっておりますわ!」


 とか、ほんわかしてた顔をぴりっと固めて、ぶつぶつ覚えて置きやがれくださいましとか言ってる智美に気を付けして迎え入れた。


「此度はご協力ありがとうございます。猫塚様」

「あ、う……にゃ、にゃんてことにゃい、にゃし。えと、こちらこそ、にゃ!」


 ガチガチじゃねぇか真紀奈さん?

 あ、ほら、なんか智美から本当に大丈夫ですの? みたいな目を向けられるしさ? もうちょっとなんとかならなかったか?


 いやまぁ、気持ちはわかるような気もするんだけどさ。


「真紀奈は俺の先輩なんだ。あんまり人間と話す機会ってのが無くて緊張してるみたいだけど、腕利きに違いないから安心してくれていいよ」

「あぁ、いえ。そういう心配はしておりませんでしたが……その、猫塚様?」

「にゃっ!? にゃんにゃ!?」


 貴重な真紀奈の動揺シーンがこちらです。

 なんて、ちょっと茶化すつもりで苦笑いを浮かべた時だった。


「――何処かで、お会いしたこと御座いませんか?」

「え……?」


 ……さて。

 露骨に固まってしまった真紀奈だけどどうするべきか。


 真紀奈から漂ってきた匂いは嬉しさみたいなものだった。

 稀人っぽい何かになってしまってから直接顔を合わせたことはなかったはずだ。

 智美にしても何処となく会ったことがないはずだ、なんて雰囲気と匂いがしているし。


「実は真紀奈に何度か智美の警護をお願いしたことがあってな。それは智美が今みたいな能力を手にしてからもだから、もしかしたら俺と同調して嗅いだことのある匂いがするのかもしれないな」

「……なるほど。確かに言われてみれば、ですわ。失礼しました真紀奈さん、その節はありがとうございます。今日も宜しくお願いしますわ」


 雰囲気的には納得したと笑顔で真紀奈の手を取って握手はしてくれたけど……や、俺もへたくそな誤魔化し方だったな。匂いは全然納得していない、腑に落ちないって感じだ。


「こちらこそ、にゃ。とも――相原さんをしっかりお守りするにゃしよ」

「はい。何より仁さんのご紹介ですし、信じておりますわ」


 だからだろう、智美はちゃんと落ち着いたら教えてくださいね、みたいな目を向けてきて。


「あぁ。わかってるよ、よろしくな」

「……はい。もちろんですわ」


 一旦追及することはやめてくれた。




 ともあれ、だが。

 メディレインの非治安区域立ち入り許可は驚くほどすんなり出た。

 疑うまでもなく、向田組の力が働いているということだろう。


 つまるところ。


「決戦、か」


 全ての終わり、とはならないだろう。

 裏社会は広く、深い。今相対しようとしていることが氷山の一角に過ぎないなんて、十分に理解している。


 今日が終わって、明日。

 そうだ、明日を過ぎて明後日もこの生きにくい世界で少しでも良い未来を歩いていくために。


「――別に浸ってるつもりなんてないぞ、真紀奈」

「……んにゃ」


 窓からぼんやり外を眺めているなんて、如何にもらしいことしてりゃアレだったかな。


 遠慮してるような雰囲気を放ちながら部屋に入ってきた真紀奈だけど。


「誤魔化し下手で悪かったよ」


 智美との件だろう。

 あるいは謝るとすれば決心がつくまで直接関わらないように、なんて配慮が出来なくなったことかもしれない。


 謝る態度には相応しくないだろうが、どうにも苦笑いに近い笑みしか浮かべられない。


「誤魔化すのがじょーずにゃ仁にゃんて、仁じゃにゃいにゃしよ」

「そっか」


 そんな俺に向かって、同じような顔を返された。

 真紀奈は怒ってもいいのかもしれないけれど、やっぱり嬉しいなんて思ってしまった自分を無視はできなかったんだろう。


「わかるよ。智美の真意というか、直感というか。こんな自分になってしまってももしかしたらと思ってくれているのかもしれない。そう考えてしまう、期待してしまうのは」

「ん……」


 捨てられたわけでも、自分から逃げたわけでもない。


 再会を望まれていたとか、待っていてくれたとか。

 思考が先走って勝手に喜んでしまっても、仕方ないどころか当然だと思う。


「仁」

「うん」


 でもそれは……なんて言うんだろう? 良くないんだ。

 偶然に浸る、夢想に逃げるのは簡単で。あるいは生きる原動力になったりするのかもしれないけれど。


「これを、最後の仕事にするにゃ」

「ああ」


 真紀奈は分かっている。

 俺が言語化できない良くないことを、しっかりと振り切った。


「こういう時、にゃんて言うべきかわかんにゃいけれど……ありがとうにゃ、仁」

「お礼を言うならこっちのセリフだと思うぞ。世話になったし、何よりまだ終わってないし」

「そうだにゃ。けど……ちゃんと言えるのは今で最後ににゃるだろうから」

「そっか」


 振り切れないと言えば俺の方かもしれない。

 多分、これで真紀奈と会うのは最後になるんだろう。

 寂しいと思うし、もっともっとこうして話していたかったとも思う。


「変な顔するにゃ。ともちゃんと一緒にあちきはいるにゃ。会いに来るにゃしよ、今度はただの飼い猫として」

「……うん」

「そうするために、頑張るにゃしよ? 仁。これが終わって、落ち着いて……もう誰をツガイにしてももう怒らにゃいが、絶対ともちゃんは泣かすにゃし。泣かしたら猫パンチじゃすまにゃいからにゃ」


 真紀奈は笑って、右手を差し出しながら。


「しっかり終わらせるにゃしよ、仁。終わらせられるように、あちきも、ともちゃんもできる事をちゃんとしっかりやるにゃ」

「わかってる、任せておけ、きっちり決めてくる。真紀奈こそ、しくじるなよ?」

「はんっ。誰に言ってるにゃ、あちきは……仁の相棒にゃしよ?」

「は……ったく」


 差し出された右手をしっかり握って。


「ありがとう、相棒」

「こちらこそにゃ、相棒」


 互いの健闘と勝利を誓い合った


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