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第11話「交叉」

 非治安区域。

 当然だが初めて入るわけだけど、正直な感想を言うとすれば。


「思ってた以上に、整っている……とでも言うべきなんでしょうかね」

「お気持ちは理解できますわ。わたくしとしても、同感です」


 健康診断、もとい健康調査という建前で白衣を着て真正面から入口を通る。

 外から見えない非治安区域の中は、想像していた映画なんかで見るスラムや刑務所なんかとは全く違って、ちゃんとした小さな街のような場所だった。


 あるいはこれが普通の刑務所的なものなのだろうか。

 少なくともぱっと見で牢屋なんかはないし、何なら運動器具の置かれた公園みたいな場所もある。

 いくつかある建物の中に入ればまた感じが変わるのかも知れないけれど。


「ただまぁ、やっぱりご自由にどうぞとは行かないか」

「そこまで露骨・・にされてしまうと困ってしまいますし」


 警備員と言うべきか看守と言うべきか。

 俺と智美や初音さん、真紀奈を加えた合計15人をそんな人たちに名目上護衛という体で囲まれながら案内される。


 ぱっと見だけでも実力者だ。

 警棒だけならず銃なんかもこれ見よがしに持っているし、これは隙を見て俺だけ離れるってプランは中々に骨が折れるだろう。


「けど、思惑が絡み合っていると言うのなら」

「また別のエスコートがある可能性は高い、ですわね。如何なさいますか? 仁さん」


 エスコート、つまりは雨宮が俺と戦える場所にまでの導線を用意している可能性は高い。

 単純に雨宮のところに俺だけが向かうことだけを考えるのなら慌てなくても良いのかも知れないが。


「いや、やっぱり予定通りで」

「かしこまりましたわ。御武運を」

「それはこっちのセリフ……と思ったけどそうでもないな、無茶するなよ?」

「……くすくす。無茶しないならそもそも非治安区域に侵入すること自体が無茶ですわよ。ですが、ご心配ありがとうございますわ」


 それもそうだと、智美の言葉に苦笑いを返しておく。


 でも、不思議な感覚ではある。

 あの時……カイル君と鳴の行方を追うって、裏社会入門編みたいな仕事をした時は、非治安区域に対して絶対入ったらヤバイところだなんて恐怖感みたいなのが強かったのに。


「今は、なんとも思わないんだもんな」


 自分が強くなったのか、群れることで安心しているのか。

 両方、なんだろうな狼だからと言っても良いのかも知れないけど……あぁ、いや。


 皆を守る。

 そう思っているからか。


「智美」

「はい?」


 ギンさん、ようやくわかりました。


「大丈夫だからな」

「……」


 虚勢なのかもしれない。

 それでも、今ここで大丈夫だと言える強さ、その意味が。


「もちろん。信じておりますわ」

「ありがとう」


 どうやら、ちゃんと合っていたらしい。

 そう思える、智美の笑顔だった。




「非治安区域、その真実を知った感想を聞こうか」

「……まぁ、そうだな。劇的でもなければ感動的でもなく……ただ、悲しかったよ」


 そう、例えばこうしてアンタと向き合った瞬間イマと同じように。


 重犯罪者を捕えている場所、その真実はただただ人間にとって都合の悪い、あるいは都合が悪くなりそうな稀人を固めておくためだけの場所であった。


 なんともまぁ、随分と稀人は怖がられているんだと理解出来て、悲しかった。


「その割には、こちらのエスコートは無視してくれたものだな」

「まっぴらごめんって、言うまでもないだろう?」

「クク、違いない。オレとしても、これ以上のおもてなしは難しいところだ」


 結局のところ、全てが協力的だったなんて言うべきなんだろう。

 構えて損したとは思わない、むしろあの手この手を考えて実行しようとしたからこそ、俺たちや向田組、雨宮の思惑が絡み合って、無血開城、無血開戦が叶った。


「当たり前のことを聞いておこうか」

「出雲鳴は無事だ。当たり前と言うのなら、今は、だが」


 話が早くて助かる、のは良い事なのか何とも言えないな。


 ただ、雨宮は一つ指を鳴らして。


「まったく、ご丁寧なことで。そんなことしなくても、全力を出すつもりなんだけど?」


 演出家気取りか、ライトに照らされた鳴は大きな水槽のようなものに入れられていた。

 ドンドンと水槽の中から壁を叩く鳴は何かを言っているけれど、その声は狼の聴覚を持つ俺にも聞こえない。


「言ってくれる。が、全力を出すじゃあ足りないな」

「勝つと言い切れって?」

「その方がやる気も出るというものだろう?」

「冗談。こっちとしちゃ、やる気ないままでいてもらった方が随分楽なんだよ、雨宮」


 本当に、不思議だ。

 心は波打たない、フラットのまま。


「……強くなったものだな」

「そうかな」

「ああ。少なくとも、こちらの準備が無駄だったと確信できるほどにはな。だが……ヤる気にはなってもらわないとな」

「……そうかも」


 大丈夫だ。

 その一言が胸にある。


 当たり前に、そうとも当たり前に激情が渦巻いている。

 辿り着いたなんて感動もある、絶対に勝ってやるという決意もある。


 それでも。


「鳴、大丈夫だから」


 ドバドバと水槽の中に水が入り始めた。

 俺は頭が悪いから、どれくらいであの水槽の中に水が満ち切るなんてわからない。


 でも、必ず、助ける。


「――」


 そんな気持ちが伝わったのか、鳴はこくんと頷いた。


「では、証明してもらおうか」

「お前の力として相応しいかって?」

「その通り」


 すっと、雨宮が何処かで見たような構えを見せながら、大きな黒い翼を背中に現した。


 あぁ、切り替わった。

 ここから先は戦いだ、問答無用の戦いだ。


 負ければ死ぬ、勝ったら――?


「ははは」

「……何を嗤う?」


 面白いな、うん。


 だってそうだ、そうだろう?


「こんなにも勝ち方がわからない勝負は、初めてだから」


 何を持って勝利とするのか、結局わからないまま始まる戦いだからさ。


 それでも。


「教えてやるよ、雨宮。お前が俺に見た、強さってやつを」


 さぁ、始めよう。

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