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第12話「否定してみろ」

 稀人同士の戦いはパズルのようなもの。


 何度この言葉をリフレインしただろうか、同時に正しさを実感しただろうか。

 多分、裏社会に生き続けていた稀人たちほど俺は味わっていないとわかっている。


 わかっているだけに、どうしても覆せない事実に辿り着いた。


「――どうした? その、程度か?」

「はぁ、はぁ……っ、はぁ……言って、くれるよ」


 色のついた羽を辛うじて躱しながら。

 文字通り辛うじてだ、かすり傷はもう身体の至る所に出来てはすぐに治っての繰り返し。

 様子見だってわかってる、わかってるがそれだけで十分に力の差を理解できた。


 そう、俺は雨宮に勝てない。

 表社会のぬるま湯に生きていた俺だ、少し前のちょっとの期間をどれだけあがいても、どれだけ生き急いでも、戦いに生きてきた相手に勝てるわけもない。


「見せてくれるんじゃなかったのか? 今のままだと、がっかりも良いところ。あの倉庫で戦った時の方がよっぽどだった」


 隠そうともしない雨宮の落胆した瞳に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 確かに、あの時戦った方がよっぽど強かっただろう、自分でもわかる。


「ふー……」


 それに比べて、雨宮はあれからも更に研鑽、なのかな?

 能力に磨きをかけてきているとすぐにわかった。同じくどれだけこの時を楽しみにしていたのかも。


「わかって、たんだよ」

「何をだ」

「お前にこういう戦いで勝つ、勝ちたいと思ったのなら……初音さんの甘やかしを受け入れるべきだった」

「甘やかし……? あぁ、そうか、そうだったな。日比谷初音は、ヒトを操り巣に収める禍蜘蛛だったか」


 操ってもらえることで、雨宮の持つ多彩な攻撃の手札を超えた何かを手にすることが出来る。

 初音さんの目付けは正しかった、俺は長野仁という稀人として戦えば雨宮に一歩も二歩も及ばない。


「……いくぞ」

「むっ……」


 先生との戦いで身に着けた四つん這いからの動き。

 あの時は足だけ、今度は手も含めての全力加速、からの。


「――やれば、出来るじゃないか」

「い、つつ……」


 体当たりは上手く躱された。

 実はコレで多少はダメージを与えられるなんて思ってたけど、自惚れだったなぁ。


「次は、捌く」


 勢いあまって上手く止まれなかったけど、雨宮は警戒を解かず待ちの構え。


 言葉通り、同じことをすれば次は確実に捌かれるだろう。


 対する俺はもう早くも切れる手札がない。

 あるいは体当たりじゃなくて、あの倉庫の時に出来なかった三段突きを四足からの飛びつきでできればとも思うけど。


「なぁ、雨宮」

「なんだ」


 出来るようになった俺を、俺は選ばなかったから。


「俺の、こんな力が欲しいのか?」

「な……」


 もしかしたら。

 あの倉庫で相対した後から、それこそ死に物狂いで、爺さんあたりに稽古をつけてもらってたりしていたら辿り着いた境地だったのかも知れないけれど。


 そうだったとしても、多分雨宮が今まで得てきただろう強い力、その一つ程度でしかなかっただろう。


「どうして俺なんだ? わかるさ、確かに俺は多少強い。この程度であっても、お前が更に強くなるための手札の一つ程度にはなるだろうけど……絶対的な、ジョーカーみたいな力はない」


 疑問と言えばそうだったんだ。

 雨宮が俺に執着する理由は、一体なんなのかという一点。


「例えば、そう。出来る出来ないの部分は別に、力を狙うと言うのなら初音さんでもよかった。側近の藤田の爺さんでもな。あの人たちに比べたら、俺は全然強くない」


 手に入れるための前段階として俺を狙うというのならわかるさ。

 けど、そうするのだと言うのならここまで大がかりなことをする必要もなければ、あの倉庫で俺を叩きのめして力を奪っておけばよかった。


 そんな矛盾から導き出される予想っていうのは。


「雨宮、お前」

「……待て、言うなその先は」


 あぁ、やっぱり、そうだった。


「俺になりたかっただけだろう」


 雨宮の目に浮かんでいた落胆が、燃え盛って違う色になった。




「――違うっ!!」


 何に触れてしまったのか、それは俺にわからない。


「うおおおおおおおっ!!」

「っとぉ……」


 ただ、目に見えて雨宮は冷静さを手放した。

 狙いなんてあったものじゃない、戦略性の欠片も感じられない、色彩に溢れた羽の一斉射出。


「別に、だから見下すなんてつもりはないぞ、雨宮」

「~~~っ!!」


 あぁ、これはちょっと煽りだったか。

 一斉射出よりも速く鋭い羽根が俺の右足を穿った。


 ……色は黒色、あの路地裏で俺の身体を縛った色。


 やっぱり、右足が動かせなくなった。


「雨宮。ここで俺を殺すかどうにかして力を奪っても……絶対にアンタが望んでるだろう力は手に入らない」


 雨宮がたじろぐ。

 何に衝撃を受けたのか、暴かれたことで何を知ったのか。


 雨宮が俺になれないように、俺も雨宮にはなれない。

 俺の何を望んでいるのかだってわからない。それでも一つの確信はある。


「絶対に、今のお前じゃ、望みには辿り着けない。どれだけこんな力を集めて手に入れても、社会を壊すなんて無理だ。支配して従わせられるようなもんじゃないよ、それこそアンタの周りにいるだろう向田組の人間と同じようになんて、いかない」


 手中に収められるようなものじゃない。

 いや、もし叶ったとしてもそれこそ三日の天下で終わるだろう。

 知らない内に、気づかない内にどうやっても奪われる程度のものだ。


 俺が、素子との日常をお前に奪われたように。


「黙れ……」

「黙らない。無理だよ雨宮、こんな力じゃ無理だ。絶対的なものなんて掴めない、支配できない。俺より遥かに強いアンタでも、誰にだって無理だ」

「黙れっ!!」

「っつぅ……」


 次は、左足。

 やっぱり黒い羽根が突き刺さって、ついに俺は地面に膝をつく。


 それでも。


「気分はどうだ? あと少しで黙らせられるぞ。でもずっと……あぁ、ずっとだ。俺がアンタを否定した言葉は消えない」

「だまれぇえええぇええっ!!」


 ……あぁ、痛い。

 わかる、わかるよその痛みは。

 こんな羽に突き刺された痛さより、遥かに痛い。


「ふー……っ! ふー……っ!!」


 欲しいと思った力を持つだろう相手に否定される。


 雨宮は俺の力、何かに希望を見た。

 だって言うのに持ってるだろう相手に否定される痛みは、痛いよな。


「狂ったフリは止めろよ雨宮。アンタが欲しいのは、執着してるのは俺の力なんかじゃねぇだろ。何だ? 何が欲しいんだ? 俺が持ってるならあげる……なんて言わねぇし言えねぇが。一緒に手に入れられるように頑張る、くらいはできるぞ」


 どうにも、実感は欠片もなかったが。


 こっちのパズルピースは、俺のほうが多く持っていたみたいだから。


「オレ、オレは……!」

「許しは……どうだろうな。やっぱ、うん。言葉じゃ無理、だから」


 両方の太ももに刺さりっぱなしだった黒い羽根を手で抜く。

 縛られていたって感覚がなくなって、脚に力が戻っていった。


「思いっきりぶん殴る。それで、赦してやるよ。少なくとも、素子のコトだけはな」

「っ……」


 ゆっくり立ち上がって、改めてみた雨宮は。


「最後だ。否定したいなら、否定してみろ」


 酷く怯えた目を向けてきていた。




「――じんっ!!」

「おおっと……お待たせ。悪いな、びしゃびしゃにしちまった」


 鳴が閉じ込められていた水槽を割って……いや、よくよく考えたらガラスとか危なかったよな? け、怪我とか大丈夫だろうか。


「怪我は? 大丈夫か?」

「~~っ! もう! わたしよりアンタでしょ! 大丈夫なの!?」

「もちろん。見てた、だろ?」

「そうだけどっ! あーもうっ! ほんっと! アンタってヤツはっ!!」


 地団駄を踏む鳴を見るに、まぁ大丈夫そうだ。


「あぁ、そうだ鳴。会ったら謝らなくちゃならないことがあってさ」

「え? 今?」

「そう、今。こうして非治安区域に入れたし、鳴から言われてた探し人のことなんだけどな」


 実のところ、少なくともこの五反田ではなんの手がかりもなさそうだった。

 片手間と言えば悪いけれど、なんだかんだで忙しかったからもっと詳しく調べたらあるのかも知れないけれど。


 ……なんだろうな。

 ちょっと、これこそ申し訳ないんだけど。なんだか見つからないで良かった、なんて思ったりもしていて。


「……はぁ」

「わ、悪い。やっぱりもうちょっと頑張って――」


 わたわたと慌てて弁明を口にしようとして見れば、鳴は心底呆れたような目を向けてきて。


「良いわよ、別に。って言うか、こっちはこっちで収穫あったし、全然問題なし。でもそうね、悪いって思うなら……」

「思うなら?」

「アンタの助手。無期限契約ってことで手を打ってあげる」

「……」


 あぁ、そっか。


「わかった。じゃあ、これからもよろしくな」

「仕方ないからよろしくしてあげるわ」


 何故か頬を染めてそっぽを向いた鳴と、まだまだこの関係を続けたかったからか、なんて。


「そ、それよりもっ!」

「わかってるよ」


 宣言通り思いっきりぶん殴った雨宮はまだ床で仰向けに倒れたまま。

 なんならガラス混じりの水槽の水が迫っていて、そっちのせいで大怪我するんじゃねぇかと心配もするけれど。


「……敗北など、あり得なかった」


 雨宮に近づいていけば静かに言われた。


「ああ、これは勝敗じゃないと思う。それでも勝負だったというのなら、引き分けだよ」


 勝ったとも負けたとも思わない。

 だったら引き分けと言うべきだ。


 雨宮は人間として、俺と言う稀人を凌駕し得る力を有し。

 俺は稀人として、雨宮という人間を凌駕し得る力を有し、ぶつかり合った。


「まぁ、それでも素子の記憶は戻してもらうぞ」

「……ク、クク。キサマがオレに勝てたらの話ではなかったのか?」

「俺の力が欲しいんだろ? だったら改めて俺の源泉を見せてやる。引き分けだったからな、これは取り引きだよ」

「そう、か……あぁ、そうだな。悪くない、取り引きだ」


 倒れたままくたびれたような笑みを浮かべて、雨宮は同意した。


 ……正直、胸の内にある感情は複雑だ。


「いいんだぞ。もっとオレを詰るなりなんなりしても」

「……」


 素子をああされたことに対する怒り、みたいなのはまだ胸の中にある。

 いつか思ったコイツを八つ裂きに、なんてのだって消え切っていない。


「俺が許すことじゃない」

「では誰に許されたらいい?」

「さぁな。少なくとも、まずは素子にごめんなさいはしてくれ」

「……わかった」


 けれど、今を迎えられたのはそんなきっかけがあったからで。

 明日を今日よりも少しだけ良くしたいと思えるようになったのも、そうだから。


「出雲鳴」

「……あによ」

「キサマの男は、強いな」

「……今更よ、それは。でも、そうでしょう? って、誇ってあげる」


 なんだろうね、よくわからないけど繋がりを感じる。

 それは二人ともが揃って似たような憑き物が落ちたと思える表情をしているからだろうか。


「長野仁」

「なんだよ」

「キサマは、何を目指す? 何処へ向かう? 内実がどうあれ、対外的に見ればキサマはオレに勝った。ということは、もう裏社会からは逃げられん。これからより一層、向田組はキサマを警戒し、排除しようと牙を剥く。そんな、中で」


 ……なんだ、そんなことか。

 めちゃくちゃ真面目な顔して言うから、何を言われるのかと思ったぞ。


「誰にでも訪れる明日さ」

「明日?」


 そう、別にこれから向田組とドンパチして裏社会を統べる支配者にだとかそんなことは考えていない。


「今日を生きて、明日もまた会いたい人に会って、やりたいことが出来て、前を向いて歩ける。そんな明日へ、皆と一緒に生きるだけ。そのためにも、雨宮。まずは素子を元通りにしてもらうぞ」


 笑ってそう言えば、雨宮は。


「……ハ、ハハ。そうか、そうだな。明日を信じて向かう力、か。欲しくなる、わけだ」


 目を腕で隠しながら、一緒に笑った。


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