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第52話 到着

 電車を乗り継いで三時間ほどかかるが、そうすればさほどお金をかけることなく東京へ行くことができる。もちろん、それは新幹線を利用することに比べての話なので、普通にそれなりの出費にはなるんだけど。


「双葉ってアルバイトとかしてないよな?」


「ええ」


 そもそも、三日月町ってあんまりアルバイトとかそういう文化が広まっているように思えない。お店自体が多くなく、店員は基本的に大人なのでそう思ってしまうのだろう。


「生活費とかってどうしてるの?」


「そういうこと、あんまり気にしないほうがいいわよ」


「いや気になるだろ」


 もちろん、居候の身なのである程度のお金は渡している。

 普通ならば親がいて、親が稼いでくるんだろうけど、双葉に両親はいない。そのわりには、別に貧しい暮らしをしているわけでもない。こうして東京までついてきているところからもそれは分かる。


 など、お金の出どころは気になるだろ。


「親の蓄えよ」


「めちゃくちゃ普通の理由じゃん」


 答えを渋っていたわりにはありきたりな理由だった。

 デリケートな部分だったりするかもしれないので、これ以上は詮索しないでおこう。


 ガタンゴトンと電車に揺られながら、ぼうっと車窓からの景色を眺めつつ、俺達はたわいない会話を続ける。


 朝に出て、今はもう昼過ぎだ。あと一時間くらいで到着しそうなものだけど、さっきからどうにもお腹が空いてきた。朝ご飯は食べたけど、時間的にはお昼ご飯が欲しくなる頃なのでこの空腹も無理はない。


「ちょっと腹減ったな」


「駅弁!? 食べる!?」


 待っていましたと言わんばかりのテンションで食い気味に双葉が言ってくる。


 前のめりな態度に加えて瞳がきらきら輝いているところを見ると、どうやら駅弁というものをすごく楽しみにしていたっぽい。新幹線の移動をすることがあったから、俺は駅弁というものを食べ慣れているので今となっては起きない感情だけど、気持ちは分かる。


 電車の中でお弁当を食べるというのがワクワクするんだよな、あれ。


 それをテレビやドラマでしか見たことなくて、実際に自分がしたときには嬉しかったものだ。なので、憧れるというのはよく分かる。


 けれど。


「駅弁は無理だよ」


「な、なんで?」


 俺の答えに双葉はガーンとわかりやすく表情を曇らせる。


「これは普通の電車だからな。駅弁っていうと新幹線とか特急電車とか、そういうのじゃないと」


「じゃあなんでそっちに乗らなかったのよ?」


 むすっとしながら口答えをしてくる双葉。

 普段は冷静でクールで、俺の意見に対してああだこうだと言ってくるのに、こういうときは知能下がるの何なんだろう。まあ、こういうところを見ると、年相応なんだなと安心できるので嫌いじゃないんだけどさ。


「そっちは高いんだよ。学生のお財布事情には厳しいの」


「……くう」


 悔しそうに唸る双葉。

 子供の頃からあまり三日月町を出る機会はなかったと行っていた。


 ちょっと栄えた駅前に行くだけでも結構テンション上がっていたくらいには俗っぽいのだから、東京に行くとなれば見た目以上に内心ではウキウキしているに違いない。漏れ出ているけど。


 きっとこの先の一つ一つが双葉にとっては新鮮で、特別な経験になるんだろうな。


「帰りは特急か新幹線に乗ることを検討しとくよ。だから、今のところはとりあえず諦めてくれ」


「……ありがとう」


 ぼそり、と呟く双葉に俺は笑みをこぼす。いつになく素直だ。

 ていうか、これよくよく考えたら好きな人と二人で旅行していることになるんだよな。


 旅行という感覚はあまりなかったけれど、誰かと一緒にってなると急にそういう感じに思えてきた。


 せっかくだし、いろいろ観光とかするのもいいかもな。


「じゃあなに食べるの?」


「おにぎりとか?」


「さすがにそれはナシよ」


「ですよねえ」







 それから一時間が経過し、俺達はついに東京駅に到着した。


 東京に近づくにつれ、電車に乗ってくる利用者は増えていき、その多さに双葉が言葉を失っている姿は実に面白かったけれど、駅のホームに降り立った彼女はさらに驚愕の表情を見せていた。


「迷路?」


「そう思うのも無理はないけど」


 三日月町は人が密集することがあまりないから、住民の総人数を超えるくらいの人が東京駅構内を行き交っているようにさえ思える。さすがにそれはないだろうけど、実際に何人くらいなのか知らないから、絶対ないとも言い切れないというのが恐ろしい。


「とりあえず何か食べるか」


 そう言って歩き出そうとしたところ、くっと服を掴まれる。

 何事かと思い後ろを振り返ると、双葉が不安げな表情でこちらを見ていた。


「どうした?」


「ちょっと、急に歩き始めないでよ。はぐれたらどうするの?」


 声にも不安な様子が現れており、想像しているよりも東京という場所の空気に呑まれていることが分かる。というよりは、都会の雰囲気かな。人の多さが桁違いだし、来たことのない未知な場所だから無理もないか。田舎から出てくると本当にこうなるんだな。


「悪い」


 とはいえ、確かにはぐれると厄介なのは事実だ。

 スマホがないのが大きいな。この現代、スマホが普及している故にどうとでもなるという考えがある。便利になったのだけれど、だからこそ頼り切っているのも事実。こうしてその技術に頼れなくなったとき困るんだな。


「手でも繋ぐか?」


 冗談半分、本気半分で俺は手をグーパーしながら提案してみると、双葉はむっとした顔をする。さすがに子供扱いしすぎたかな。


「子供扱いしないで。こんな人前でそんな恥ずかしいことできるわけないでしょ?」


 淡々と、クールを装いながら言うけれど、内心不安満載なのは明らかだ。


 双葉は俺の隣にピタッとくっつき、こちらを見上げる。


「だから、ちゃんと私のことを見てなさい」


「それは子供扱いじゃないのか?」


 到着数分でこれだ。

 どうなるんだろうか、この東京旅は。


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