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第53話 ハンバーガー

 チワワのように小さくなった双葉を連れて東京駅を出た俺達は都会の地へと足を踏み入れる。


 すうっと空気を吸うと、田舎の空気がいかに澄んでいるかを実感する。なんというか、気持ちあっちに行ってから体の調子良くなったんだよな。やっぱり都会って空気汚れてるんだろうな。知らんけど。


「なにか食べたいものあるか?」


 せっかくだし、ここは双葉のリクエストを訊いてみるとしよう。

 初東京だし、もしかしたら食べたいものがあるかもしれない。


「あるわ」


 双葉が即答した。

 しかし、彼女にはネットという味方はいないので、事前に調べることなんてできないはずだ。いや、雑誌は読めるのか。東京のウォーカーとか本屋にあったっけな。


 そんなことを考えながら、双葉の言葉を待つ。


「マックよ」


「それでいいのか!?」


 マクドナルホド。全国どこに行っても存在するようなチェーン店だ。

 そういえば三日月町にはなかったな。思い返すと駅前のショッピングモールでも見なかった気がする。悲しい話だ。いつか進出してくれるといいな。


「一度食べてみたかったのよ。噂に聞くマックをね」


「リーズナブルだし、お財布には優しいから大歓迎だけどさ」


 マックがない田舎に住んでいる人間からすれば憧れの場所なんだな。そんな気持ちにならないくらい慣れ親しんでいるって恵まれてるんだ。自分の境遇について改めて考えるきっかけになったよ。


「俺も久しぶりだし、そういうことならマック行くか」


「そうしましょう!」


 マックなんて調べずとも適当に歩いていれば見つかるだろう。

 コンビニの次にどこにでもあるようなお店だしましてやここは東京駅だ、と思いながら歩いているとさっそく見つけた黄色いMの文字の看板。それを見つけた双葉が子どものように目を輝かせた。


 ドラマの聖地巡礼とかってああいう気持ちなのかな。

 前に到着したところで店内を覗く。夏休みだからな、人が多いことは十分に考えられる。


 空いていることを願いつつ、確認してみるとカウンターには三組ほどが並んでいた。これは空いているほうなのか? さすがに判断できない。


「並ぶか」


 こくりと頷く双葉と最後尾に並ぶ。

 慣れない場所に、双葉は終始そわそわしている。列から外れて前の様子を窺うところには普段あまり見ない子供っぽさが現れていた。


「ねえ」


「ん?」


「ここはどうやって注文すればいいの?」


「そんなの普通に……」


 ああそうか、その普通が通用しないんだ。

 俺はスマホでマックのメニューを開く。


「とりあえずメニュー見て何食うか決めといたらいいよ。注文は俺がするから」


「何食べるかって、ハンバーガーに決まってるでしょ?」


「ハンバーガーにも種類があるんだよ。とりあえず見ろ」


 言って、俺はスマホを双葉に渡す。

 都会人ぶっちゃって、と元都会人の俺に言いながら双葉はスマホに視線を落とす。


 たどたどしい手つきでスクロールしながらメニューを見る彼女の表情が、みるみるうちに驚愕に満ちていく。メニューの多さに驚いているのだろう。


「何を食べたらいいのか分からないわ……」


「じゃあビッグバーガーでも食べとけば?」


「ビッグバーガー?」


「普通のハンバーガーの豪華なやつ」


 てりやきとかも美味しいけどな。

 初めてなんだし、できるだけノーマルに近いものがいいだろう。けど、普通のハンバーガーだとちょっと物足りないからビッグバーガーだ。我ながら良いチョイスである。


「美味しいの?」


「不味いって言う奴は見たことないな」


 そもそもマックを不味いと言っている人を見たことないけど。


「じゃあそれにするわ」


「俺、注文しとくから先に上行って席座ってていいぞ?」


「私に一人で行動しろと?」


「空いてる席に座ればいいだけだよ」


「……分かったわ」


 ぐぬぬ、と言葉を飲み込み最後には頷く双葉。

 そんな反応されるとこっちが無理言ってるみたいじゃないか。


 それくらいなら三日月町でもしてるだろ、図書館とかで。

 慣れない場所になると途端に不安になるのは分かるけどさ。


「別に無理はしなくていいぞ? 不安なら一緒に行くし」


「ばかにしないで。それくらいできるわよ!」


 ぷりぷりと怒りながら二階に向かう双葉を見送り、少しして順番が回ってきたので注文を済ます。注文から提供までのスピードが短いのがファーストフード店のいいところだよな。


 お盆に乗せられた二人分の昼食を二階に運ぶ。

 入口から店内を見渡し、彼女の姿を探すと奥の方にそれっぽい後ろ姿を見つけた。


 二人用の席で緊張しているように背筋を伸ばして座っている。


「ちゃんと座れたんだな?」


「ばかにしてない?」


 言いながら双葉が座っている前の席に腰を下ろすと、恨めしそうに睨んでくる。

 バカにはしていないけど、からかってはいる。もちろんそんなこと言えないけど。


「そんなことよりほら、お待ちかねのハンバーガーだぞ」


 俺はテーブルに持ってきたバーガーを広げる。

 双葉は目の前に置かれた憧れの商品に、機嫌の悪さを取っ払った。ありがとう、マック。


「じゃあ食べるか」


「そうね」


 俺はてりやきバーガーを包み紙から出してパクリと一口かぶりつく。

 この甘ったるいソースが絶妙なんだよな。家で作ることはできないこの味はここならでは。


 ついついパクっと食べ切ってしまうので、そうならないようゆっくり一口一口味わう。このジャンキーな味が堪んねえ。


「……」


 念願のハンバーガーの味はどうだろうか、と双葉の様子を窺ったとき。


 ちょうど彼女は口を大きく開けてビッグバーガーにかぶりつこうとしていた瞬間で、タイミング悪く目が合ってしまった。ピタッと動きを止めた双葉と数秒見つめ合う……というか、睨み合うというか。


「あんまり見ないでくれる?」


「ごめん」


 せっかくの瞬間を邪魔するのは野暮だよな。

 感想は食べ終わってからじっくり聞くことにしよう。


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