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「いでーっ! やだーっ! 俺死ぬーっ!!!」
叫び声を上げる、大の男。その腹からどくどくと血があふれている。彼は思わずくらり、と眩暈がしそうになった。自分の傷ならともかく、人の傷というのはどうしてこうも生々しいのだろう。
「大の男ががたがた言うんじゃない! そんな傷じゃ死なん! 泣き言を言うくらいなら、作るようなことするな!」
三つの泣き言には三つの怒鳴り声。さすがに三日居ると、この医者の傾向も見えてくるというものだった。
「ほらヘルシュル! こっちを押さえて! 麻酔打つから」
「は、はい!」
これを着てて、と白衣を着ているおかげなのか何なのか、目の前で血を流している強面の男も、押さえつける自分に、それ以上の抵抗はしない。
「俺、死にたくないよぉ、ドクトル……」
「だったら減らず口を叩くな。自業自得だ」
はあ、とリルは思わず息を呑む。強面男を押さえつけた自分の目の前で、さっさとけが人の服をはさみで切り裂き、傷のやや近くに麻酔を打ち、消毒と切開と縫合を、驚くべき速さで、目の前の「ドクトル」はやってのける。
「もういい、ヘルシュル、ガーゼ!」
「はい!!」
そしてぐったりとした男をベッドに沈む込ませると、彼は慌ててガーゼをドクトルに渡した。
「いい加減、こういう稼業は止せよ? 命なんて一つしか無いだからな」
「先生には、悪いと思ってるよいつも……けど、奴らが」
「うだうだ言うな! それ以上言うと、その口これで縫いつけるぞ!」
手にしたピンセットの先には、縫合用のカーブした針があった。その小さいが鋭い先に、強面男も押し黙る。はあ、と彼は男に聞かれない様にため息をつく。看護婦も逞しく、怖いと思っていたが、どうやらこの医者は、それどころではないらしい。
「ほれ終わった。こいつはしばらくそっちの部屋に入れておけ、ヘルシュル」
「は、はい!」
この四角い箱の様な建物の中には、飾り気も何も無いが、部屋数だけはあった。「そっちの部屋」と指さされた方へ、彼は男を、乗せられたベッドごと運んでいく。そしてその部屋にあったベッドを、今度は診察室へと運んで行くのだ。その繰り返しである。
「まるで戦場だな……」
待合室には、内科の病人はまずいない。リルが滞在しているこの三日というもの、やってくるのは、ケガ人ばかりだった。しかも、そのケガと言えば、切り傷・弾丸傷……
何となく自分があの駅前の店のマスターに騙されたんじゃないか、という気がふと彼の中に湧いた。
「こらーっ!! ぼんやりしてるなヘルシュル!」
「は、はい!!」
*
けが人の集団の治療を全て終えた頃には、陽もとっぷりと暮れていた。
ある者は病室へ押し込められ、ある者はそのまま家へ帰してようやく診療室からドクトルとリル以外の誰もいなくなった。
「お…… 終わりましたね、ドクトル」
デスクの一つに思わず突っ伏せて、彼はうめいた。ひっきりなしに立ち続けでドクトルの指示一つであっちへこっちへと動かされていたので、既に足は棒の様だった。
「ああ。さすがに今日は私もこたえたよ」
白衣のボタンを外しながら、ドクトルはもふう、と息をつく。
「何か昼飯も充分に食う時間が無かったなあ」
「いつも、ああなんすか?」
「いつも、じゃあないさ。ごくたまに、だ。だけど、来る時にはああやってくる」
はあ、とリルはのっそりと身体を起こした。
「でもまあ、今回は君が居たから結構楽だったなあ。いつもだと、あの中の比較的軽そうな奴を引きずり出して、助手させるんだが」
げ、と彼は思わず息を呑んだ。あの集団から、そんなことをさせるのか。
「ま、いいさ。メシ食いに行こう。私も腹は減った。冷蔵庫にも材料は無くはないが…… 正直言って、面倒だ。駅前の店でいいな?」
はい、ともいいえ、とも言う間もなく、ドクトルは白衣を脱いで、モスグリーンの扉へと向かっていた。リルも慌ててその後に続くが、白衣を脱ぐのを忘れていたことに気付くのは、道も半ばを過ぎた頃だった。