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「帰る?」
とその時BPは言った。正直言って、彼には相棒の言葉の意味がよく判らなかった。
「そ。オレ帰る。オマエ一人で計画に参加でも何でもして」
泊めてもらっていたヘッド達の部屋で、計画についてのミーティングから戻ってきた時、目の前の相棒は、確かに荷をまとめていた。荷と言ったところで決して多くは無い。リュックサック一つにまとまる程度だ。
「いー加減帰らないと、仕事無くなるしさあ」
「それはそうだけど……」
BPは扉の前で、次にどう動いたらいいのか迷った。明らかに、この相棒は、何かに怒っているのだ。だがその怒りが何に向けられているのか、彼にはよく判らなかった。
確かに自分は、「赤」の設定した「総統暗殺計画」に参加することを口にした。その成功するかどうか、が問われない計画への参加に、この相棒がひどく反対していることも知っていた。だが、かと言って、いきなりこういう行動に出るとは思ってもみなかった。
「ちょっと待てよ」
「どけよ」
扉の前で、BPは出口を塞ぐ。リタリットはぐい、と彼の目の前に迫る。
「オレは帰るんだからな? オマエにぐだぐだ言われたく無い」
「帰るのはお前の自由だよ? だけど何で今いきなり」
「言ったじゃんか。仕事がフイになる」
「それはでも、あそこに居るための方便ということで」
「そんなコトは判ってるよ」
じゃあ何故、とBPは問い返したかった。だが問い返す前に、相棒の手が、彼の胸ぐらを掴んでいた。そして、それをいきなり前に突き飛ばした。
ばん、と不意の行動に、BPは背中を扉にしたたかぶつけてしまい、思わずせき込んだ。
「ったく…… 何怒ってるんだよ」
「オレは怒ってない」
「その行動の何処が怒ってないって言うんだよ?!」
BPは激しい口調で問い返した。
「言いたいことがあるならちゃんと言えよ!」
「気にくわないんだよ!」
「何がだよ!」
「あいつらが、だよ!」
気にくわない。それはリタリットが動く時のひどく簡単で、そして、大事な基準だということは、BPも良く知っていた。それはあくまで直感的なものである時もあるし、単純に虫が好かない、とか言うものであることも多かった。だけど大概は、それはいい方に転んだのだ。
だが。
BPは内心つぶやく。だったらどうして、お前、目を逸らすんだよ、と。
いつだって、この相棒の真っ直ぐで単純な言葉は、自分の方を見て吐かれたはずだった。
「……だけど、それだけじゃ、今回は」
「今回もクソもあるかよ? オマエあっちからもこっちからもいい様に使われるだけってことじゃねえの? オマエが失敗して捕まっても、無謀な計画に参加したバカが悪いってことにされておしまいだぜえ?」
「だから何だって、俺が失敗する、って決めつけるんだよ」
「お前が失敗するからだよ」
「俺は失敗しない」
「だったらお前、あのヘラを、偉大なる総統閣下さまさまを殺せる、って言うのかよ? オマエの中にずっと居るあの顔を。あの顔したオマエの元相棒を、その手で、殺せるって言うのかよ? オレは認めないね。オマエは奴を殺せない。殺さないよ。そして失敗するんだ。失敗しちまえ」
「お前それは……」
「オマエなんか、失敗すればいいんだ」
そう言って、リタリットは彼を突き飛ばして、部屋から出て行った。
ああ、そうだよな。
BPは思う。
失敗するということは、彼が自分の相棒を殺せないということだった。それが記憶を無くしても、それが自分自身にとって、大切な者だったとしたら、それは絶対に。
そしてそれが、自分だったらどうするんだ、とリタリットは彼に問いかけていたのだ。あれから、ずっと。話す訳でもなく、触れる訳でもなく。だけどずっと、その行動で、瞳で、彼にずっと訴えていたのだ。
ヘラを殺すな、という意味ではない。相棒という名を付けた相手を殺さないでくれ、と。
自分を、見捨てないでくれ、と。
判ってはいるのだ。彼もまた。だが、何らかの形で、自分の中で、どうしても確かめたいことがあるのだ。それは誰かに言われたからどうする、という類のものではないのだ。身勝手だとは思う。だが、その身勝手を、どうしてもこの件についてだけは、通したかった。
相棒は馬鹿に見せることはあっても、馬鹿ではない。BPは長いつきあいの中で知っていた。リタリットは、相手が自分を馬鹿扱いしたい時には、そうさせてやるためにそんな態度を取るのだ。素顔は、その下にいつも隠れている。
触れる服の下の体温、泣き出しそうな顔、抱きしめる手の強さ、強烈な欲望、そんなものを自分一人にだけ向けて、他のものには用が無い。
端から見れば重荷になりそうな性格だが、どうも自分にとってはそうではないことを彼は知っていた。そのくらいされた方が自分のぼんやりとした性格に向いていることを。
あの総統ヘラが、自分の相棒だったとしたなら。BPは思う。やっぱりそういう性格だったというのだろうか? 彼は首を横に振る。
ああそうだ。彼はつぶやく。
違うことを証明したくて行くのだ、と。そう言えば良かった、と彼はつぶやいた。