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16.-④

「……えー、話戻していいすか?」

「ああ? ああ」


 拍子抜けした様な表情で、リタリットは目の前の相手を見た。どうにもいつもとタイミングが違うのだ。


「その八年前に見失った人物、それが、ウチの…… 俺、TV屋なんす。こう見えても。まだ駆け出しだけど。その映像整理してた時に、彼女がその人の過去の映像を偶然見つけたんすよ」

「映像。TV屋…… アンタ放送局の人間なんだ」

「はい。まあ、一応。でも、今探してるのは、職権乱用です」


 そしてリルはにやり、と笑った。なるほど、とリタリットもそれに返す。


「じゃあ、その誰かさんは、そんな、TVの映像で偶然見つかっちゃう様な奴なんだ」

「ええ。でも映像の主役ではないすよ。脇にちらちらと映っていた程度で。でも回数が割とあったから」

「何それ、じゃあTV俳優とかそういう奴? 脇役さんとか」

「いえ、そういう人じゃないです。で、まあ、俺は、その映像のほうの人物の過去を洗って行ったんすよ。彼女の言う人物は、何か、呼び名以外、何も判らない人だったから」

「呼び名以外、ねえ」


 彼は苦笑する。だいたい自分のこの「リタリット」という名にしたところで呼び名に過ぎないのだ。本当の名はずっと失われたままだ。


「で、その映像の中の人の故郷まで行って、色々探ってもきたんすよね。家庭が複雑だったとか」

「へえ。最近オレもそんな奴の話を聞いたよ」

「それは奇遇すね」


 奇遇もクソもあるかよ、と聞こえない程度の声でリタリットはつぶやき、茶をあおった。リルは目を細める。


「で、どんな家庭の何とやらなんだ?」

「そうすね。まず、ずいぶんといい家庭なんすよ。家柄って言うか、父親の職業が。詳しくは言えないんすが、会社社長よりもっと偉いような」

「いーとこの坊ちゃんって奴かい?」

「そうすね。いいとこの。しかもそこの長男で、頭はいいし、結構運動能力も優れていたようすね。持久力はともかく、実にすばしっこかったらしいす。これは初等学校の先生に聞いたんすがね」

「へーえ」

「で、中等学校ではもういつもトップ。並ぶ者なし、って感じで」

「イヤな奴だねー」

「って周囲ももしかしたら思ってたらしいすね。本人は落ちた、とちょっとした点数を嘆いても、それは周囲からしたら大したことじゃない」

「自分しか見えてねーんだよ、そうゆう奴は」

「かもしれませんね。でもまあ、それは同情の余地あるかもしれませんよ」

「何で」

「だから、その良い成績、文武両道の優秀生徒で居る理由ってのが、『父親に認められたい』だとしたら」

「ファザ・コン」

「ドクトルもそう言いましたよ。でも、まあそれはそれとして、切ないもんじゃないですか?」

「何でだよ」

「その子……まあ当時は『その子』すよね。妹が一人居たんすが、父親は、その妹ばかり可愛がる訳すよ。男親は娘を可愛がるってのが普通の様だけど……」

「そうゆうの、よく聞くよな」

「でも、もしその娘が、その父親の子供ではないとしたら?」


 え、とリタリットは思わず問い返していた。


「俺の調べたところによると、その頃、やっぱり噂が立ってましてね、その娘ってのが、母親の浮気相手との子供だって言うんですよ」

「……よく言ってることが、判らないな」

「計算が、合わないんすよ。その父親、ってのは首府に詰め切りになる職業だと思って下さいね。だけど、その母親ってのは、首府からちょっと離れたとこにずーっと住んでるす。何でかは俺も判らないです。仲が良くなかったのかもしれない。だけど、その母親が、その息子が三つの時に、妊娠した」

「……帰ってくることくらいあるだろ」

「ところが、それに関しては、公式記録が、全て証言してくれてしまうんすよ。絶対に自宅には戻っていないって。ではその時にできた子供は誰の子か。答えは簡単じゃないすか」

「……ってことは、その父親、ってのは、娘が自分の娘じゃないってこと、知ってたって訳じゃないか?」

「そうですよ。だからそう言ってたんす」

「じゃ何で、その娘の方を可愛がるんだ? 普通は、そういう時は、息子の方を可愛がるんじゃないか? 自分の跡継ぎだし、血を継いでいるし」

「その父親が実力主義の人だった、ってのは確かにあります」

「けどそれはアタマで考える部分だろ? こっちは? こっちはどうなんだよ?」


 リタリットは手を開いて自分の胸を押さえる。


「普通は、本当の息子の方を可愛がるもんじゃないかよ?」

「……その辺は、俺にも判りません。けど、何で、リタリットさん、あんたがそんなに怒るんすか? そんな、人の話なのに」

「知るかよ」


 ぷい、とリタリットは視線をテーブルに落とす。


「オレだってそんなこと判らねーんだから。それで、そいつ、その後どうしたの? 中等を卒業して。中央大に入って、どうしたの?」


 え、とリルは持ち上げかけたカップを危うく取り落としそうになる。


「……ああ、中央大に入ってからすね。そう、その人は、三ヶ月でその大学で行方不明になるんすよ。たった三ヶ月」

「もったいない」

「全くすよ。そうそう、そのクラスメートだった人に、会ってきたんすが、自分達が、苦労して入ったところでそんなストレートに入って、すぐに抜けてしまうなんて、ずるい、って言う意味のこと言ってましたけど」

「ずるい、ねえ」


 リタリットは皮肉気に笑った。


「だけど、結果だぜ? そいつの実力が、それしか無かった。もしくは、そこまでした努力が、そいつの思う以上に、そのアタマのいいガキがしていたかもしれないんだよ? そんな、事情が一人一人あるのに、一くくりにされてたまるかっていうの」

「ずいぶんと肩を持つんすね」

「一方的な見方ってのが嫌いなだけだよ。で?」

「ああ。それで終わり」

「終わり」

「……って言うか、それから二年ほど、そのキャンパスのあちこちで目撃されては居るんすが、水晶街の騒乱をきっかけに全く姿が消えるんすよ」

「じゃあ、きっと騒乱に検挙されて、どっかに捕まったか、地下活動でもしてるんだろ。珍しくもない」

「でも捕まってるはずは無いんすよ」

「何で。何でそんなことが言える?」

「だって、その彼の父親ってのは、この星系で一番の権力者だったから」


 部屋の中の空気が、凍り付いた。リタリットは、何故自分が次の言葉を見つけられないのか、よく判らなかった。


「俺が探しているのは、ハイランド・ゲオルギイという人物す」

「……変な…… 名前だ……」

「そして、彼女、中央放送局のゾフィー・レベカが探している男というのは、『ヴァーミリオン』と呼ばれていた男です」

「ヴァーミリオン……『朱』?」


 リタリットは、口を思わず塞いだ。「朱」は、あのウトホフトが口にした名だ。あの「赤」の代表が、昔こんな組織の人間として、育てた男の通称だ。

 何で、それがここで出てくるのだ、と彼は頭の中が混乱するのを覚えた。


「その人を知ってます? 今、どうしてるか、知ってます?」

「……知らない」

「これは仕事の話じゃないんす。あくまで、俺の好きな女性の」

「確かにオレも『朱』って奴の話は聞いたことがある。だけど、そいつが今どうしてるか、なんてオレは知らない。だいたい何でオレに聞くんだ? オレに何か関係あるって言うのか?」


 無いですね、とリルは目を伏せた。


「すみません、俺の仕事が上手く行かないからって、何か八つ当たりしたみたいで」

「あ……」


 いきなり気が抜けるのをリタリットは感じる。

 リルはリタリットが火を点けられた様になったら、とにかくすぐに退け、とドクトルに言われていた。つまりはそういうことか、とリルは納得する。


「……こっちこそ…… くそ、何だってオレまでこんな興奮しないといけないんだ……」

「それは、知性の神の思し召しでしょ」

「違うよ、理性の神だよ……」


 つぶやく様に、リタリットは言った。


「すみません。ホント。でもドクトルとマスターがあんたなら知ってるかも、と言ったんで、ついむきになったんすよ」

「……あ? ああ……」

「俺、食事済ませたら首府に戻ります」

「いいのか? 報告は」

「居なかったものは、仕方ないでしょう?」


 ごめん、とリタリットは頭を下げた。そうしながらまた眠気が迫っているのを彼は感じた。


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