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19.海賊放送の間に交わされる応酬、なおリタリットは眺めのいい場所に-①

『こんばんわ親愛なる総統閣下。あなたの偶然に拍手と尊敬を送りましょうか。あなたがそこに居たその多大なる偶然! 嗚呼何って偶然! たまたまあなたはそこに同行して、たまたま武器を携帯していて、たまたま応戦していたら、たまたま首相閣下はお亡くなりになった。それがあなたの偶然、幸運な偶然! それであなたの得たものはずいぶんに大きいですね。それをどう使いましょう? 今この時間にもとある辺境の地方では困っている地方があるというのに。それともその地方のことは放っておきたいですか?』


「何だ?」


 モニタールームに入った途端、テルミンは叫んだ。


「何だ、何事があったんだ!」

「わ、判りません。今まで当直で、ずっと深夜放送を流していたんですが、急に―――」


 放送のチャンネルを変えようとしても、その砂嵐は変わらなかった。強力な妨害電波が入っているのだ、と彼は気付いた。


「ずっとこうなのか?」

「いえ、つい三分前くらいです。それからこの調子で、ひっきり無しに喋り続けています」

「……ずいぶんと忌々しい声だな……」


 ち、とテルミンは舌打ちをする。何か、この声には奇妙な既視感に似たものがつきまとう。それが何なのか、テルミンにはいまいちよく思い出せなかったが、既視感に似たものがあることだけは、確実だった。


「発信地を特定できるか?」

「この場からでは無理です。当局から機材が無くては」

「よし、とりあえず記録を取っておけ。そっちは、すぐに警備本部へ連絡を取って、発信地の特定を急げ」


 はい、とその晩の官邸の当直の兵士は宣伝相の言葉に返事をした。

 テルミン自身も、中央放送局へ直通の回線を開く。案の定、ゾフィーはまだ局内に居た。周囲がざわついている。明らかに、局内もこの突然の事態に動揺していた。


「そっちの局ではどうなんだい?」

『駄目よ。うちから出す電波がことごとく潰されている、って感じ』

「今、発信源を調べさせている。ここ数年、無かったらしい、プロパガンダの海賊放送だが――― くそ、何って強力なんだ」

『強力よ。こんなの、うちの局だってそう知ってる人がいないわ。今、うちの方も結構混乱しているの。新しい情報が入ったら連絡するわ』

「頼むよ」


 テルミンはそう行って、回線を切る。ふう、と息をついて、とりあえず報告を、と振り向いた時だった。

 足が止まる。思わず目を見開いた。


「総統閣下」


 戸口に、ヘラがいつの間にか立っていた。そして低い、乾いた声でつぶやく。


「何か騒がしいと思ったら」


 総統閣下、と聞いて、当直の兵士達は一斉に起立する。眠りかけだったらしく、やはりあまりしっかりとした格好ではない。だがふわりと手を上げるその動作は、普段公式の場で兵士が目にするそれと同じだった。


「いい。そのまま仕事を続けてくれ。誰か俺に、具体的に説明をしてくれ」

「では自分が」


 兵士の一人が改めて立ち上がり、状況の説明を繰り返す。ヘラはふうん、とあごに指をやりながら、未だに続く放送の声に耳を傾ける。


「発信源は現在探索中です」

「判ったそのまま続けてくれ。宣伝相はちょっと来てくれ」

「はい」


 テルミンはそのままモニタールームを出るヘラに続いて廊下に出る。

 赤いジュータンの敷かれた廊下を数歩歩いたところで、口を開いたのは、ヘラの方だった。


「テルミン」

「はい」

「お前は、あの声に聞き覚えはないか?」

「聞き覚え、ですか?」

「そうだ聞き覚えだ」


 ヘラはくるりと振り向く。


「聞き覚えというか――― そこまで、はっきりしたものではありませんが、既視感の様なものは…………」

「ふうん」


 ヘラは目を伏せた。


「お前は気付かなかったのか」


 え、とテルミンは思わず声を立てた。


「聞こえなかったのか? お前は、あの声が誰かに似ているとは思わなかったのか?」

「誰かに、ですか?」

「そうだ誰かに。俺達の、とっても良く知っている誰かに。声の高さはやや違うがな。声の質だ」

「……」


 腕を組み、試す様に問いかけるヘラに、テルミンは困惑した。確かに既視感に似たものはあった。だが、具体的に誰かと問われても、彼には思い当たるふしはなかった。


「あの奇妙に響く声。俺は良く知ってるし、お前も知ってるはずだ」

「そう言われても俺には」

「ゲオルギイだよ」


 はっ、と彼はヘラの顔を見つめた。


「本当に、気付かなかったんだな? お前」

「俺は、あなた程に元首相のそばに居た訳ではないですから……」

「それはそうだな」


 ちょっと来い、とヘラはテルミンの手を引っ張った。予想外に強い力に、テルミンはぎょっとする。

 引っ張られて行った先は、執務室ではなく、ヘラの私室だった。この部屋に入ることは、テルミンでもそうは無い。よほどの内密の話か、そうでなかったら、よほど私的に話でも無い限り、ヘラはこの部屋にテルミンを呼ぶことはない。


「一体何の用ですか」

「話の続きだ」


 ヘラはくっ、と口の端を片方上げた。


「確かにお前は、俺ほどにはゲオルギイの奴とは面識が無い。と言うか、声も直接身体にどう響くか、なんて考えたこともないだろう?」

「そうですね」


 テルミンは困惑しながらも、そう答える。一体何を言いたいのだろう、と彼は考える。今の今になって。


「だが、お前は、あの男の声だったら、いつでも聞き分けられるんだろうな」

「あの男?」

「帝都政府の派遣員だ」

「ああ、それなりに面識はありますからね。少なくとも、俺にとっては、ゲオルギイ前首相よりは」


 ふうん、とヘラは何度かうなづいて見せる。


「なるほど。あくまで俺にもそういう訳か」

「何のことです?」


 ヘラは黙って、デスクの引き出しを開けた。中から、何やら小さなものを取り出す。手の中に握り込んだそれを、ヘラはテルミンの目の前でぱっと広げた。


「……!」


 その途端、テルミンの両目は大きく広がった。


「お前の忘れ物だよ」


 ヘラの手の中には、あの時落とした、口紅程の大きさのライトがあった。


「ヘラさんこれを何処で―――」

「それはお前が一番良く知っているだろう?」


 血が一気に足まで落ちていく様な感覚が、テルミンの身体に走った。その彼の動揺に気付いてか気付かずか、ヘラは半分伏せた目で彼を眺めると、腕を組んで訊ねた。


「お前、俺がこの邸内にお前より長く住んでるってこと、忘れていない?」

「知っていた…… つもりでしたが」

「抜けてるな」


 くっ、とヘラは喉から声を立てた。


「まあ、知らない人間だったら、隠せていたさ。上等」

「……いつから……」

「さあ。お前が俺とあのケンネル科技庁長官の間を疑うよりは前かなあ? いや、疑っていた、じゃないかな。知ったんだろ?」

「……ええ」

「スキャンダルは御法度だものなあ。俺以上のスキャンダルを隠し持っている奴が。それで俺と同じ屋根の下で、ずっと逢瀬を繰り返していた訳ね。いい身分だな」

「……」

「心配せんでも、それでお前をどうこうしようって気は無いさ。お前は俺の大切なブレインだろ。腹心だろ。俺の最高の部下なんだろ?」

「……」

「そうだな? 答えろ」


 有無を言わせぬ口調で、ヘラは言葉を投げつけた。テルミンは握りしめた手にじっとりと汗が溜まり始めるのを感じる。


「……そうです」

「そうだよな。お前が俺をこの役につけたんだ。逃げるなよテルミン。今更」

「逃げるなど……」

「俺が何も知らないと思っている? お前スペールンの計画には難色示してるそうだな」

「……あれは、財政上の問題が」

「財政上の問題は、何とかするのが部下だろう?」


 くくく、とヘラは笑う。テルミンは口を歪めた。


「それでは、あなたはあの計画に賛同するというのですか?」

「面白いじゃないか」

「あれは――― 無謀です。あの男は、この首府周辺だけではなく、ゆくゆくは、この星系全体にあんな都市計画を行き渡らせようとしている。それは無理です」

「何でそう思う?」

「先ほども言いました通り――― 財政上の問題もあります。それに、首府はいいです。首府にはそれなりの機能が元々決まっていましたから、機能を重視し、それを補充する方向で、足りないものは足し、要らないものは削るというその方向でいいです。ですが、その方法を、それなりの歴史の積み重ねがある地方でするのは無謀だと言うのです」

「さぞそんな風に強制的に作られた場所は、見た目には綺麗だろうなあ」

「総統閣下!」

「資金はライを上手く使えばいいのじゃないのか?」

「それは……」

「それとも、ライには、手を付けてはならないものがあるというのか?」


 テルミンはぐ、と息を呑んだ。


「…………ケンネルは………… あなたに何を言ったんですか? 総統閣下」

「お前は聞いていないんだな」

「あなたは聞いているのですね」

「当然だ。俺は総統閣下、だからな。聞きたいか?」


 テルミンは喉のあたりを押さえる。ヘラはそんな彼を見て、同じ言葉を繰り返す。


「聞きたいか? テルミン。聞きたいのなら、聞きたいと言ってみろ。話してやる。あれが何なのか」

「……」

「言ってみろ、ほら」


 ヘラは手を伸ばす。そして喉を押さえるその手を取り、引き剥がした。


「……聞きたい…… です」

「上等だ」


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