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19.-②


『……さてそんな偶然が上手く回ることが世の中にはあるもんですね。しかし普通は上手く回らないことがとっても普通なんでして、思惑通りにものごとが進むということはありゃしません。その昔やっぱりそんなことを考えたお馬鹿な輩がおりまして、それがひとりふたりでなかったから質が非常にお悪い。

 若者ってのはそぉですよね。全く。後先が見えないんですよこれが。起こしたことが何であるのかも全く判らないまま無闇に突進するから周りにメイワクかけてしまうというのにプロの言うこと聞かないから起こすのは結局とんでもないことになっちまうんですよ。ええ全く。準備は万端にしなくてはね、総統閣下』


「……これ、何処から流れてるんだ?」


 BPはそこに置かれていた小さなラジオを掴んで、訊ねた。周囲の構成員達は、揃って首を横に振る。


「判らない。だが我々の代表の命令だ。この時間にはラジオは付けておくように、という。時々連絡用の電波が入ることがある。乱数表が読まれることが大半なんだが」


 冷静な声で、「赤」と「緑」の構成員は彼に説明をする。


「乱数表」

「指令が暗号化されている。乱数表自体がよく更新されるから、解読される可能性は低いと考えていい。絶対ではないが」

「けど、こんな放送は俺達も初めて聞いたぞ」


 その場に居た数名が口々に言う。


「お前は心当たり、あるのか? BP」

「……」


 BPはすぐには答えられなかった。確かにこの声は、自分が聞き違えるはずがない。

 懐かしい、相棒の声だ。

 一度向こうの街に戻ったが、またあの集団に参加するためにやってきたのだろうか、と彼は推測する。だがその時に与えられた役割が、これ、なのだろうか。


「知り合いの声に似てる、と思った」

「へえ。だとしたら、ずいぶんと妙な声だよな」

「妙か?」

「妙、というか、何か、響くよな」


 そうだよな、とあちこちから同意する声が聞こえる。板張りの部屋に、数名が思い思いの格好で、待機している状態だった。


「何か妙に耳につくんだよ。良くも悪くもさあ」

「結構な、頭痛い時だと、近寄るな、って感じだよなあ。響きすぎだから」

「だけど、そうでなけりゃ、何か耳を傾けたくなるよな」


 好きなことを、とBPは思わず爪を噛む。


「だけど割と、この電波、近くないか?」

「ああ、もしもこれがいつもの海賊電波だとしたら、発信源は今居るこの首府の中のはずだ」

「首府の?」


 BPは顔を上げる。そうだ、と言う仲間の一人の手には、幾枚もの紙があった。手紙だった。それはあのラルゲン調理長からのものだった。  

「首府の何処かに、昔から反体制組織がよく使う海賊電波の共同通信場所があるというんだ。ただそれはその担当の奴しか場所は知らない」

「そーいえば、昔、やっぱり何かこういう口調で喋り倒す海賊電波の喋り手って居たんじゃないか?」


 「緑」の一人が仲間に問いかける。そうだったかな、と大半の者が首を傾げる中で、一人だけ、そういえば、と口を開く者が居た。


「どんなのだったんだ? 俺も話にしか聞いたこたないけど」

「あー、でも俺だって、実際に聞いたのは一度しかねえぜ?」

「こういう口調だったのか?」


 BPは身を乗り出す。


「あー…… そうだった、といやそうだった気がするな。うん。何か実にまあ、人を怒らせるようなことをぐたぐだと喋っていた様な気がするね」

「人を怒らせる」


 BPは苦笑する。


「つーか、政府の連中が怒る様な、ってのがやっぱり多かったかね」

「さすが古参だねえ。よく知ってる」

「馬鹿やろ。でもなBP」


 その「古参」の「緑」の一員は、BPに向かって声を投げた。


「実際、8年前の水晶街の騒乱の時に、あの時居た構成員がかなりの人数しょっ引かれてる。死んだ奴だって少なくない」

「銃撃戦だったのか?」


 いや、と古参の男は腕を組んだ。


「どちらかというと爆発だ。つーか、血気にはやった学生どもが、こっちの指令を無視して、首相暗殺計画って奴を立てやがった」

「へえ」


 周囲がいつの間にか聞き耳を立てていた。BPもまた、何も言わずその昔話に聞き入る。彼が言わずとも、なかなかその話は最近加入した者などにとっては興味深いものらしく、


「首相っていうと、当時はゲオルギイだよな。エーリヒ・ゲオルギイ」

「ああ。その当時の首相が、新しく出来た地下鉄の完成行事に出席した。どうもその時に、学生どもは、そこから地下鉄で官庁街に戻る特別列車を狙ったらしい」

「妥当な線かね」


 「赤」の一人がぽんとつぶやく。


「まあ学生が考えたにしちゃ、まあまあじゃないのかね。特別列車だから、一般市民への被害は少ない。無差別殺戮じゃないとしたら。ただ、そこで使ったのが、オーソドックスに爆発物で、しかもその取り扱いを大してレクチュアされてない奴だから、始末に悪かった」

「げ」


 集まっていた者達は、顔を見合わせる。


「結果として、爆発は起こった。だけどそこで死んだのは、皮肉にも、それを仕掛けた連中だったらしい。数発あったらしいが、それを爆発させた奴は、そこから逃げ遅れて爆死」

「げ」

「不発だった奴は、通過列車に轢かれて死んだ。通過してしまってから引き上げられた遺体は、ぐちゃぐちゃだったらしいな。真っ赤で、肉やら血やらでまみれて真っ赤になって地下鉄の床に転がされてたらしい」

「見たのか?」

「いや、その時は。聞いた話だ」


 地下鉄。BPは相棒の話が目の前に浮かび上がってくるのを感じた。


 たぶんメトロだと思うんだよ。

 何つーのかな、布を一気に金属で引き裂いた様な音ってゆうか。

 そこでオレが見たのは、真っ赤に染まった床。


「それで、その時死んだのは、学生だけか?」


 BPは訊ねる。古参の「緑」の構成員は、ああ、とうなづく。


「当時もその学生の…… ああ、当時その事件を引き起こしたのは、首府の最高学府、中央大学の学生達だったんだ」

「やだねー。頭いいくせに、そんなこと引き起こすんだからね」

「俺達が言えた義理か?」


 BPはふう、と肩をすくめる。


「その時も、一応ウチの――― っていうか、当時はまだ、もっと組織自体が規模が小さかったらしいんだが、そう、お前らの『赤』の方面から、その大学担当がついたらしいんだ。学生の中から、組織に入った奴が、それに当たった。目的は、学生内部の組織化、かな。ただ、そいつへの指令と行動には、武力闘争は含まれていなかった」

「そうなのか?」

「学生は、頭でっかちの奴が多い。こっちはこっちで、それなりに訓練受けて、その上でなるべく一般市民には最低限の被害で済ませようとする効率やら経済的効果とか考えているというのに、連中は、若気の至りか何か知らんが、熱くなったら手におえない」

「それが若いってことじゃないのーっ」


 けけけ、とまだ二十歳になるかならないか、という「緑」の構成員が口をはさみ、笑った。


「うるさいな。だが若気の至りもほどほどなら、確かに世間にアピールできる度合いが大きい。それも当て込んで、そういった理屈込みで、学校にも担当を送り込んだらしいが」

「らしいけど?」

「その担当は、水晶街以来、行方が知れないらしい。もっとも、当時の構成員は、今と違って、誰かと組んで行動するということが無い。単独行動が多かった」

「それって、どちらかというと、軍の工作員とか、そういうのに近い行動じゃないか?」

「何だBP、それはお前の記憶か?」

「いや」


 BPは即座に首を横に振る。


「これは知識だ」

「だがBP、記憶と知識は、切り離して考えられるものじゃないだろう?」


 彼はえ、と声を立てた。


「お前のその知識は、お前のいう人間のたどってきた道筋に付随するものだ。それはお前という人間の身体の記憶と言ってもいいんじゃないか?」

「かも、しれない」


 BPは静かに答える。


「認めるのか? お前がこうだと言われている過去は」

「俺は『思い出せる』訳じゃない。相変わらず、俺の中でそれが直接情景として連続して浮かび上がるとかという訳じゃない。ただ、俺がその場にその様にして居たら、俺だったら、確かにそう動く、ということは理解できる」


 そこに居た構成員達は、複雑な表情で、彼の言葉を聞いていた。


「だが逆に、その頃の俺が、例えばあのライの状況を知ったり、辺境の、当時の反乱軍側の状況を知ったなら、俺は明らかにこっちへ身を投げたと思う。そういう意味で、知らなかったことが俺の罪だというなら、それはそうなのだろう、と思う」

「ふむ」


 「緑」の古参の男は、腰に手を当てると、なるほどな、とつぶやいた。


「まあいいさ。ここではお前を糾弾する暇は無いしな。お前が優秀な狙撃手だということが、今は大切だ」


 そうかもな、という空気が辺りにただよう。空気は均質ではないが、とりあえずはその路線で行こう、という雰囲気は充分にBPにも感じられた。



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