「それで、続きを聞いてもいいか?」
「何を」
「その当時の学生の構成員のことを」
「―――って言っても、俺も知っているのはこんな程度だぜ?」
「でも、当時もこんな」
BPはラジオの方を向く。
「こんな放送が流れていた、って言うんだろう? 当時のこんな放送も、水晶街を最後に、無くなったのか?」
「ああ、確かに時期は一致するな」
「緑」の古参の男は首をひねる。
「だが詳しいことは、誰も知らない。そもそも、誰が電波を飛ばしていたのか、それがその学生の構成員だったのか、それも今となってははっきりしないんだ。ただ、その地下鉄の爆破の、暗殺未遂事件が起こったことが、水晶街の引き金になったことは事実だ」
「あ、それは言えてるね」
それまで黙っていた「赤」の若手の一人が口をはさんだ。
「そっちの事情はともかく、俺、水晶街の、当日のことだけは覚えてるよ。ただ結局はとっとと逃げ出したんで、何とかこうやって居るんだけどさ」
「確かにあれは、逃げるが勝ち、だったな。お前学生だったっけ?」
「いや、野次馬。まだガキんちょでさ。実業の予科入ったばっかだったぜ。だけど、何かあるじゃないか。どきどきする様な、って夜でさ。戒厳令が敷かれたから、つい夜中にこっそり家を飛び出してしまった!」
はあ、と辺りのため息が彼の耳に届く。「赤」の若手は、それが聞こえているのかどうなのか、指を立て、楽しげに続けた。
「たぶんさ、その暗殺計画が失敗した、って辺りから、当時の学生達、とりあえず学校に集結して、それから移動したんだよ。で、手分けして、水晶街の百貨店やら小売店を占拠した」
「ああ」
そう言えばそうだったな、と楽しそうに笑みを浮かべる同僚の顔を見ながら、構成員達はうなづく。
「結局どの位居たのかな?」
「総勢、53人だ、って言ってたな」
別の「赤」の構成員が答えた。さすがだね、と若手はにっと笑う。
「その53人が手分けしてさ。あ、そーいえば、思い出した」
「何?」
BPは不意にぽん、と手を打った若手に問いかけた。
「俺その時、また何かあの『放送』が聞けるかと思って、小型ラジオ持ってたんだ」
「何だお前も聞いてたのか?」
「言われるまで、忘れてたよ。さすがに思春期のガキでしたから、その後に楽しいことが多くって」
「そんな奴が何でこんなとこに居るんだよ……」
「緑」の古参は頭を抱える。
「人生成り行きだもん。でも実際、うん、思いだし始めるとするする行くね。で、ラジオ。持ってって、時々ヘッドフォンつけるんだけどさ、意外に何も言わない訳さ。何か、俺、それがあの頃煽動してるって思ってたからさあ、てっきりそれで余計に煽るのかと思ったら」
「何も言わなかった?」
うん、と若手はうなづく。
「そのせいなのかどうか判らないんだけど、何かまとまりが無い感じだったな。俺ビュークレ百貨店のトイレとかに時々隠れて、あとは結構あちこち走り回ってたんだけど」
「…………よく生きてたよなあ」
「ホントにそう思うよ。でもま、ビュークレってでかいじゃん。で、俺すばしっこかったし。…………まあさすがに夜になって、首府警備隊が出てきそうになった時に、ラジオ抱えて帰ったけど」
「ほんっとうにお前、よく捕まらなかったなあ」
「だから今こんな役をしてるんでしょ」
全くだ、とその時、皆の笑い声が響いた。だがBPは笑う訳にはいかなかった。
「そのラジオの――― 電波を、お前当時聞いてたんだよな」
「うん。まあ時々。と言っても、今思い出したようなもんだけどさ」
「その時、暗号名でも何でも、その時喋っていた奴は、名乗ったりしなかったのか?」
「名前」
ふむ、と若手は首をひねる。
「何だっけ。何か色の名前っぽかったんだけど」
「ああ、それはあり得るな」
古参の男が口をはさむ。
「当時はまだ、色の名前は組織を意味していた訳じゃない。当時は構成員一人一人に色の名前がついてたんだ。かくなる俺にもついてたんだぜ?」
「へーえ。何って言うの?」
「忘れた。何かこっ恥ずかしいものだったから、返上したよ。でもそいつには色の名前があったはずだな。……え、と……」
「何か赤っぽい…… ピンクじゃなくマゼンタじゃなくオレンジじゃなくオーカーじゃなく……」
「ローズ、ヴァイオレット、カーマイン、ヴァーミリオン……」
「それだ!」
若手はつぶやく一人に指を突き付けた。
『……それでは次のニュース』
奇妙に言葉が、BPの耳に入り込む。
『記念すべき来年の新年の祝賀祭は、現在首府に建造中のスタジアムで我らが偉大なる総統閣下の演説で始まるとのこと。何が起こっても当局は一切感知致しません』
「……しかし、なあ……」
「赤」の構成員の一人は、あのライの調理長ラルゲンから届いた手紙を見ながら、感心した様にうなづいた。
「よく覚えていたよなあ、この人なあ」
「ああ、ラルゲン調理長か?」
ああ、と構成員はうなづく。
「かなりこれは助かるぜ」
「と言うと?」
ばさ、と構成員は、床に一枚の紙を広げた。だが元々は一枚の紙ではない。幾つもの紙を継いで継いで継いで一枚にした様なものだった。
「図面?」
紙をのぞき込みながらBPは問いかける。
「ああ、図面。現在の総統官邸のな」
「官邸の」
「あの官邸が、どういうつくりになってるか、BP判るか?」
彼は首を横に振る。知る訳が無い。
「だいたい一般に判るのは、外回りだけだ。新聞やらTVやら……時々映されるだろ? そこからとりあえず、建築に詳しい奴を動員して、まず外回りから予想されるおおまかな形を取り……」
「後は、中に潜り込んだことのある奴から、少しづつ情報を取り入れていった。だが、さすがにこの官邸は参ったらしいよ」
「何で?」
彼は短く問う。
「何かな、建築学科出身の奴によると、あの官邸は、それこそ植民初期の時代から、どんどん継ぎ足したものだ、って言うんだよ。で、そのたびに、その時どきの建築の流行や、趣味や、はたまた用途が付け加えられる訳だ」
「つまり?」
「見取り図はひどく作りにくい。常識が通用しない。木に竹を継いだような作りだから、何処に何があっても不思議じゃない。となると、潜り込むためのセオリイも役に立たない」
なるほど、とBPはうなづいた。
「ところが、だ」
構成員は、ばさ、とラルゲン調理長の手紙をその上に放り投げた。
「彼の報告は、実に有効だ。さすがに中でしばらく勤務していた者の見てきたものは違うな」
「しかしさすがに、情報を回してくれるとは思わなかったが……」
「無論、我々の代表も、情報漏洩に関しては、自分達とのつながりが判らない様に気を付けることを約束したさ。だがあの調理長、結構あの官邸に対して根深い何とやらを持っていそうだな? こう言ったらしいよ。『あんな猜疑心のかたまりの様な建物は無くなればいいんだ』って」
へえ、とBPはつぶやく。そんな気持ちがあの調理長にあったのか。
「で、このラルゲン氏によると、この官邸には、その昔、その猜疑心のかたまりの様なある時代の首相が作らせた、という裏の通路があちこちにあるのだという」
「何だって彼は、それを知ってたんだ?」
「さあね。ただ、結構彼の勤務していた、っていう調理場、っていうのは、抜け道の出口だったりしたんじゃないかな」
「なるほど」
BPはうなづく。
『逃げ道は無い。今現在面している真の危機に対し、目を開き、耳を澄まし、自分が何をすべきか見定めなくてはならない。あのかつて民衆を棄て、裏口からこそこそと逃げ出したある時代の首相のように、背を向けることは許されない! 我々にできることは何か?』
鋭い声だった。
できることね。
BPは聞こえない程度の声でつぶやく。
リタお前、一体何を知っている?
そんなことはどうでもいい、とは思いたい。それは相棒が自分に言ったことでもある。リタリットが一体何だったのか、そんなことは、彼は実際、どうでもいいことだった。
ただ、その過去が、今現在の相棒に何らかの行動を起こさせているなら、話は別である。そして彼は苦笑する。
何てことない。気になっているのは、自分も同じじゃないか。
結局、自分が知らない相手のことだから、気になるのだ。無論自分自身も、知らない。だが、知っている者は居る。そして自分の中に、確実にそれは蓄積されている。
その場その時の相手が居ればいい、というのは嘘だ。
結局、過去も現在もひっくるめた、相手の全てが欲しいのだ。
「……それでBP、お前は……」
構成員の言葉にはっと彼は我に返る。何だよ聞いていなかったのか、と言われ、彼は苦笑いを返す。
目の前の仕事は、片付けなくてはならない。そして、自分自身の過去にも向き合わなくては。
そして、その上で、自分達は、また出会うのだ。