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「……」
テルミンは言葉を無くしていた。
「どうだ? これがパンコンガン鉱石の謎、だ。ケンネルが俺に寝物語に話した現実、だよ。だから帝都の連中は、この惑星に、結局は実力行使をしていない」
そう言って、ヘラはいや違うかな、と天井に視線を投げた。
「違うな。帝都の連中は、いつだって、こんな惑星一つ、破壊することはできるんだ。実際、自分達の母星を破壊している訳だからな。ただ時期が悪いのと、ライの上にあるバンコンガン鉱石の、正確に場所が判らないことから、連中は強硬路線を取らないだけた」
「ゲオルギイ首相は、知っては……」
「知ってた訳がないだろう? あの男が」
何を馬鹿なことを、とヘラは口元を歪める。
「だけど奴は、パンコンガン鉱石が帝都政府、いや皇族にとっての貴重なものであることだけは、政治家の感覚で判っていたんだろうな。何をどうしても、これだけは取引材料に使える、と。だから技術研究所や科学技術庁に解明を急がせた。ケンネルも、俺達が政権を握る前から研究には関わってた」
「だけど、何であんたには言うんです」
「何でだと思う?」
テルミンは首を横に振った。彼には既にあの旧友の行動がよく判らなくなっていた。
「俺には…… 判らない。何で奴はあんたと寝たんです? 何であんたは……」
「久しぶりだな、テルミン、その口調は」
くっ、とヘラは腕を組んで笑う。
「俺、お前のそういう口調好き」
「……ヘラさん」
「いつの間にやら敬語が身に染みついて。俺は嫌いだと言ったのに」
「だけどあんたは総統閣下で」
「傀儡の、な」
ゆっくりと、ヘラはテルミンに近づいていく。
「ケンネルは俺に実権なんか無いこと知ってるんだよ。そして俺がそれを使う気なんかないこともな。それはそうだ。実権はお前にあるんだからな、テルミン」
「それは……」
「逆に聞きたい。何でお前はあの男と関係していた? どちらが先だ? お前が俺を広告塔にしようとする前か? 後か?」
テルミンは自分の身体がこわばっているのに気付いた。上手く言葉が出て来ない。この目の前の、大きな、綺麗な、印象的な瞳にこれだけ強く見据えられたことは、一度たりとして無いのだ。
「まあいいさ。でもこれだけは答えろ。何でお前は俺を欲しがらなかった?」
「……!」
「別に俺は、構わなかったがな」
「ヘラさん……」
「お前の問いの答えだ。ケンネルは、俺が誘ったんだよ。ただ楽しみたかったからな。素直な奴は好きだね。それともお前は、誰かにするより、誰かにされる方が好きか?」
「……違う……」
「何が違う?」
テルミンは、黙って首を横に振る。繰り返す。それしかできなかった。このひとには、判る訳がないのだ、と彼は心中、つぶやく。
「言い返したいことがあるなら言ってみろ。言わなくては俺は判らない」
「……俺は、あんたがとても好きだったんだ……」
「ふうん。じゃ何で?」
「あんたには判らない! 俺はあんたというひとが、とても好きで……好きすぎて、どうしても、手が出せなかったんだ……」
ああそうだ、とテルミンは言葉にしてから、納得する。このひとは、自分の中の、宝物の様なものだったのだ。
それが今ここで、こんな風に糾弾されたとしても、あんな風に、別の男と楽しんでいる様な光景を目にしたとしても、決して、壊れることの無い、唯一無二の。
「俺には、あんたは、そういうひとだったんだ……」
「でも、過去形だろ」
あっさりとヘラは切り捨てる。
「俺は、人間だ。お前の思い描きたい様な実体の無い何かじゃない」
判ってる、とテルミンは思う。判ってはいるのだ。だが、そう思いたかったのだ。ずっと。
「俺にも、そういう奴が居た」
乾いた声。彼ははっとして息を呑む。
「昔、同じ戦場で、生きることだけを考えて戦ってた頃、俺の相棒は、俺にとって、そういう奴だった。生きるためには結局何でもやる俺と違って、何処かで自分のできることできないことに線を引いてた奴だった。すごい馬鹿だと思った。だけど、その馬鹿が馬鹿だから、俺は、そいつを絶対に守ってやりたいと思った。一緒に居たいと思った。ずっと一緒にやっていけると思った。―――だから、手を出せなかった」
「……」
「でも結局その結果は何だ? 何になった?」
何もならないじゃないか、とヘラの乾いた声は言った。
「お前は気付いていたはずだ。俺の相棒の存在を」
「―――ええ、知ってました」
テルミンは素直に答える。今更隠しても仕方が無かった。
「では何で探さなかった。何が俺の望みかを、結局お前は知ろうとはしなかったじゃないか。お前はお前の理想の俺を、そこに祭り上げて、それを見ていたかっただけじゃないか?」
「……否定は…… しません」
「そうだろう?」
「……だけど俺は」
「だけど俺は? 言ってみろ、テルミン」
「……もし、あんたの前に、その相棒が…… S・ザクセンが現れたら、きっとあんたは全てを放り出して行ってしまうだろう、とう予感があったから」
「確かにな」
「それは嫌だった。ええそうです。俺は、あんたをそういう目で見てました。あんたが居るにふさわしい位置で、ふさわしい姿をしている、それを見るためには、何でもすると、あの時思ったんだ」
「は。ひどい食い違いだな」
くくく、とヘラは再び笑う。だがその笑いは次第に大きくなった。そして急にそれを止めると、ヘラは笑いを顔から抹消して、目の前の腹心に告げた。
「安心しろテルミン。せっかく手にしている座だからせいぜい守ってやるさ。だが覚えておけ。俺は、こんな地位は、どうでもいいんだってことはな」
ええ判っています、とはテルミンは言わなかった。
代わりに彼がしたのは、一礼をして部屋から出ることだった。
テルミンが出た後の部屋でヘラは、ふうと息をつく。そして、目についた、昼間公式の場で着た服を片手で掴むと、大きく床に投げつけた。