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19.-④


「……」


 テルミンは言葉を無くしていた。


「どうだ? これがパンコンガン鉱石の謎、だ。ケンネルが俺に寝物語に話した現実、だよ。だから帝都の連中は、この惑星に、結局は実力行使をしていない」


 そう言って、ヘラはいや違うかな、と天井に視線を投げた。


「違うな。帝都の連中は、いつだって、こんな惑星一つ、破壊することはできるんだ。実際、自分達の母星を破壊している訳だからな。ただ時期が悪いのと、ライの上にあるバンコンガン鉱石の、正確に場所が判らないことから、連中は強硬路線を取らないだけた」

「ゲオルギイ首相は、知っては……」

「知ってた訳がないだろう? あの男が」


 何を馬鹿なことを、とヘラは口元を歪める。


「だけど奴は、パンコンガン鉱石が帝都政府、いや皇族にとっての貴重なものであることだけは、政治家の感覚で判っていたんだろうな。何をどうしても、これだけは取引材料に使える、と。だから技術研究所や科学技術庁に解明を急がせた。ケンネルも、俺達が政権を握る前から研究には関わってた」

「だけど、何であんたには言うんです」

「何でだと思う?」


 テルミンは首を横に振った。彼には既にあの旧友の行動がよく判らなくなっていた。


「俺には…… 判らない。何で奴はあんたと寝たんです? 何であんたは……」

「久しぶりだな、テルミン、その口調は」


 くっ、とヘラは腕を組んで笑う。


「俺、お前のそういう口調好き」

「……ヘラさん」

「いつの間にやら敬語が身に染みついて。俺は嫌いだと言ったのに」

「だけどあんたは総統閣下で」

「傀儡の、な」


 ゆっくりと、ヘラはテルミンに近づいていく。


「ケンネルは俺に実権なんか無いこと知ってるんだよ。そして俺がそれを使う気なんかないこともな。それはそうだ。実権はお前にあるんだからな、テルミン」

「それは……」

「逆に聞きたい。何でお前はあの男と関係していた? どちらが先だ? お前が俺を広告塔にしようとする前か? 後か?」


 テルミンは自分の身体がこわばっているのに気付いた。上手く言葉が出て来ない。この目の前の、大きな、綺麗な、印象的な瞳にこれだけ強く見据えられたことは、一度たりとして無いのだ。


「まあいいさ。でもこれだけは答えろ。何でお前は俺を欲しがらなかった?」

「……!」

「別に俺は、構わなかったがな」

「ヘラさん……」

「お前の問いの答えだ。ケンネルは、俺が誘ったんだよ。ただ楽しみたかったからな。素直な奴は好きだね。それともお前は、誰かにするより、誰かにされる方が好きか?」

「……違う……」

「何が違う?」


 テルミンは、黙って首を横に振る。繰り返す。それしかできなかった。このひとには、判る訳がないのだ、と彼は心中、つぶやく。


「言い返したいことがあるなら言ってみろ。言わなくては俺は判らない」

「……俺は、あんたがとても好きだったんだ……」

「ふうん。じゃ何で?」

「あんたには判らない! 俺はあんたというひとが、とても好きで……好きすぎて、どうしても、手が出せなかったんだ……」


 ああそうだ、とテルミンは言葉にしてから、納得する。このひとは、自分の中の、宝物の様なものだったのだ。

 それが今ここで、こんな風に糾弾されたとしても、あんな風に、別の男と楽しんでいる様な光景を目にしたとしても、決して、壊れることの無い、唯一無二の。


「俺には、あんたは、そういうひとだったんだ……」

「でも、過去形だろ」


 あっさりとヘラは切り捨てる。


「俺は、人間だ。お前の思い描きたい様な実体の無い何かじゃない」


 判ってる、とテルミンは思う。判ってはいるのだ。だが、そう思いたかったのだ。ずっと。


「俺にも、そういう奴が居た」


 乾いた声。彼ははっとして息を呑む。


「昔、同じ戦場で、生きることだけを考えて戦ってた頃、俺の相棒は、俺にとって、そういう奴だった。生きるためには結局何でもやる俺と違って、何処かで自分のできることできないことに線を引いてた奴だった。すごい馬鹿だと思った。だけど、その馬鹿が馬鹿だから、俺は、そいつを絶対に守ってやりたいと思った。一緒に居たいと思った。ずっと一緒にやっていけると思った。―――だから、手を出せなかった」

「……」

「でも結局その結果は何だ? 何になった?」


 何もならないじゃないか、とヘラの乾いた声は言った。


「お前は気付いていたはずだ。俺の相棒の存在を」

「―――ええ、知ってました」


 テルミンは素直に答える。今更隠しても仕方が無かった。


「では何で探さなかった。何が俺の望みかを、結局お前は知ろうとはしなかったじゃないか。お前はお前の理想の俺を、そこに祭り上げて、それを見ていたかっただけじゃないか?」

「……否定は…… しません」

「そうだろう?」

「……だけど俺は」

「だけど俺は? 言ってみろ、テルミン」

「……もし、あんたの前に、その相棒が…… S・ザクセンが現れたら、きっとあんたは全てを放り出して行ってしまうだろう、とう予感があったから」

「確かにな」

「それは嫌だった。ええそうです。俺は、あんたをそういう目で見てました。あんたが居るにふさわしい位置で、ふさわしい姿をしている、それを見るためには、何でもすると、あの時思ったんだ」

「は。ひどい食い違いだな」


 くくく、とヘラは再び笑う。だがその笑いは次第に大きくなった。そして急にそれを止めると、ヘラは笑いを顔から抹消して、目の前の腹心に告げた。


「安心しろテルミン。せっかく手にしている座だからせいぜい守ってやるさ。だが覚えておけ。俺は、こんな地位は、どうでもいいんだってことはな」


 ええ判っています、とはテルミンは言わなかった。

 代わりに彼がしたのは、一礼をして部屋から出ることだった。

 テルミンが出た後の部屋でヘラは、ふうと息をつく。そして、目についた、昼間公式の場で着た服を片手で掴むと、大きく床に投げつけた。


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