はっ、と彼は飛び起きた。
耳障りな音が、強く長く、連続して鳴っている。非常ベルの音だった。
何ごとだ、とテルミンはすぐにベッドから降りると、椅子に掛けた、脱いだばかりの服を再び身に付ける。脱いだばかりだった。眠りについたばかりだった。
一人で眠る夜は、短い方がいい。
彼は目覚めたばかりで痛む目の裏を我慢しながら、慌ててボタンをはめ、ベルトを締めると、自室から飛び出た。そして廊下を挟んで斜め向かいのヘラの扉を叩く。中からはすぐに、返事があった。
「総統閣下」
扉を開けてテルミンは安心する。ベッドサイドのスタンドの明かりの中の彼の上司は、無事だった。
「どうした。何があった?」
ヘラもまた、目を覚ましたばかりらしく、その格好は、決してきっちりとしたものではなかった。だがテルミンと違い、ヘラは濃い灰色の寝間着の上下の上に、アイボリーのカーディガンだけに腕を通し、足にはスポーツ用の靴を履いていた。
動くための格好だ、とテルミンは思った。見栄えではなく、動くための。
「まだ判りません。ですが、このベルが鳴るということは、おそらく、侵入者かと」
「侵入者」
ヘラは表情を厳しくする。
「閣下はここに居て下さい」
「何処に居たって同じだろう?」
そしてヘラは耳に手をやる。その仕草にテルミンは声をひそめ、ゼスチュア通りに耳を澄ます。ばりばり、と音が遠くから聞こえてくる。
「テルミンお前、銃を持ってるな。二つは無いか? 使えるな」
「無論です。あの時御覧になったでしょう?」
「そうだな。そして俺もだ」
くす、とヘラは笑う。その表情が、ひどくテルミンには楽しげに見えた。
「でも一つしかありません。……それに、あなたにはこんなものでは軽すぎるはずです」
「ああそうだな。だがこの部屋には武器らしい武器は無いな。―――いずれにせよ一度出なくてはならないな」
「しっ!」
テルミンは口に指を当てる。音が急に近づいてくる。ヘラはうなづくと、扉の内側に身体を隠し、目についたものを手に取る。テルミンはテルミンで観音開きのその扉の反対側に身を寄せる。
耳を澄ます。向こう側でもこちら側を伺っている様子が判る。テルミンは銃を握る手に力を込める。
乾いた音が、扉の外に響く。厚いこの扉は、一発二発でどうということは無い。
気付いたのだろう。続いて、ばりばりと連射する音が、二人の耳に届く。ヘラはにやりと口元を上げた。
ばん。
音を立てて扉は開かれた。飛び込んで来たのは、四名。
テルミンは後ろ向きに入ってきた一人の銃口を避けながら、その胸を狙った。乾いた、鈍い音が響いて、胸から血が飛んだ。
う、と飛び込んだ仲間の急な死を目のあたりにした一人の顔に、花瓶が空を飛び、直撃する。入っていた花が、水ごと飛び散る。
ヘラはそれに頭から体当たりする。うわ、という声と共に、総統閣下より頭一つ大きな男は、その場に倒れた。
緩んだ手から容赦なく、ヘラは銃をつかみ取る。そして踏みつけたその胸に、迷うことなく、弾丸を撃ち込んだ。
カーディガンが、赤く染まる。
「……!」
叫ぶ間も無かった。鋭く回したその手から打ち出される弾丸に、二人目は、喉を打ち抜かれる。ひゅう、と音を立てながら、まだ若い侵入者は、その場に倒れた。
残る一人は、既にテルミンが後ろ手に捕らえていた。ヘラはその生き残りの喉元に、ぐい、と銃口を押し付けた。目を大きく開き、開けられた口は、あわわ、と言葉にならない言葉を吐く。
こんなに唐突に、この自分達の目的の対象が、あっさりと自分の仲間を片付けてしまうことに衝撃を受けているのは確かだった。
確かに警備については、万全の体勢を整えてきたに違いない。だが、それ以上の危険が、そこにあったとは知らずに。
「ここに侵入したのは、お前達四人だけか?」
ヘラはひどく静かに問いかける。その顔にはうっすらと笑みすら浮かんでいる。捕らえられた男は自分の顔から脂汗が滴り落ちているのに気付いているだろうか。
「言わないのか?」
くす、とその笑みの度合いが大きくなる。うう、と男はうめく。慌てて首を横に振る。
「誰か、まだ居るんだな。何人だ?」
「……」
口が横に広がる。
「言え」
ぐい、と喉に押し付ける力は強くなる。
「……ぃ、いとり……」
引きつる声。それだけを、ようやく口にする。
「そうか。ではもう用は無い」
そしてそのまま、喉から銃口をずらし、鎖骨の上から、下に向けて引き金を引いた。
ゆっくりと、その場に身体が崩れ落ちる。ヘラは頬についた血を指でぬぐうと、顔色一つ変えずに、テルミンの方を向いた。
「始末しておく様に指示しておけ。それと、もう一人の探索を」
「はい。すぐに……」
「最後の一人は、殺すな。捕らえろ」
「いいのですか?」
「殺す方が、簡単だ。おそらく残りは単独行動を取ることを許されている。今のこの集団は、ダミーだ。本命の方が、より情報を握っているんじゃないか? 宣伝相」
「嫌味ですか」
「いいや本気だ。命令だ。生かして捕らえろ」
判りました、とテルミンは一礼して、その場を離れる。
ヘラはその後ろ姿を見ながら、銃の弾丸の残量を確認すると、倒れている、元々の銃の持ち主の懐を探った。
案の定、その銃に相当する弾丸のカートリッジの換えが見つかる。しゃ、と音をさせて、カートリッジを取り替える。それは慣れた手つきだった。この銃の形式に、慣れた手つきだった。
ヘラは血に染まったカーディガンを脱ぐと、ふらふらと揺れる寝間着の袖をも引きちぎった。むき出しになった腕は、夜の窓から入る衛星光のぎらりとした光に白く浮かび上がる。しなやかなその線は、その手にやや大きめとも思える程の銃を握りしめた瞬間、筋肉の在処をあらわにした。
そしてヘラは、壁の一部分に手をかけた。