「ナギサお姉さま! 先に帰ってしまうなんてひどいです!」
「うぇ!?」
火照った体を冷やそうと、少し温度の低いシャワーを浴びていたところ……そんな声とともにアレッタが飛び込んできた。
「こ、こういう時こそ念話を使ってよ……わざわざシャワー室に入ってこなくても……!」
「わたし、何かナギサお姉さまを怒らせるようなことをしたでしょうか。お仕事でミスをしてしまったとか」
ずずいっ、と迫ってきながら、アレッタは真剣な目でボクを見る。
ロイのところから一人置いていかれた彼女は、ボクが怒っていると勘違いしているようだ。
ボクはただ、恥ずかしくてあの場から逃げ出しただけなのに。
「べ、別にそういうのじゃないから。気にしなくていいよ」
「……ナギサお姉さま、何か隠していますね」
取り繕うように言うも、アレッタは口をへの字に曲げ、ボクを睨みつけてくる。
「……わかりました。こういう時は、誠意をお見せしませんとね」
続いてそう言うと、アレッタはその場で服を脱ぎ始めた。
「えええ、何をするつもりなの!?」
「謝罪の意味を込めまして、お背中を流させていただきます」
やがて一糸まとわぬ姿になったあと、髪をまとめた彼女は気合を入れてスポンジを手にする。
「え、背中?」
「はい! お兄様とケンカした時も、謝罪の意味を込めてお背中を流したものです。そうすると、不思議と仲直りできるんですよ」
「そ、そーなんだぁ」
嬉々として言うアレッタに対し、ボクは棒読みで言葉を返す。
よくわからないけど、
「そ、そういうことなら、お願いしよう、かな……」
戸惑いながらそう口にして、ボクはアレッタに背を向ける。
彼女がそれで納得してくれるなら、断る必要もない。
「それでは、失礼しますね」
ややあって、泡がつけられたスポンジがゆっくりと背中を這う。
その力は弱く、どこか遠慮がちだったけど、自分じゃ手が届きにくい場所を洗ってもらえるのは気持ちよかった。
……こうして誰かに洗ってもらうなんて、小さい頃以来じゃないかな。
「どうですか? これで許してもらえます?」
そんなことを考えていると、アレッタがおずおずといった様子で尋ねてきた。
「許すも何も……ボクは別に怒ってないからね」
「……本当ですか?」
「本当だよ。たぶんアレッタ、色々と勘違いしているだけだからね」
呆れ笑いをしつつそう伝えると、背後から深い息が漏れた。安心してもらえたかな。
「じゃあ、お返しにボクがアレッタの背中を洗ってあげるよ」
自分の体についた泡をシャワーで洗い流したあと、そう言って位置を交代する。
「ナギサお姉さま、お兄様より上手です」
それから優しくその背中を洗ってあげると、アレッタは心地よさそうな声を出してくれる。
「そ、そう? それは喜ぶべきなのかな……?」
小さな背中だけど、所々に半透明な
「そういえば、ナギサお姉さまはお兄様の背中を流したりはしないのですか?」
「誰の背中を!?」
手元に神経を集中させていたところにそう問われ、ボクは思わず聞き返す。
「……お兄様の背中、逞しいですよ?」
ボクの動揺を感じ取ったのか、アレッタは悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。
そ、そりゃあ、何回かシャワーを貸したことはあるけど。そーいうのはもっと親密な関係になってからで……って、ボクは何を考えてるんだろう。
「ナギサお姉さま、顔が赤いですよ?」
「の、のぼせちゃったのかもしれないねっ」
反射的に叫ぶも、のぼせるほどお湯は熱くない。誤魔化しているのは明白だった。
……せっかく下がった体温がまた上がってしまったような、そんな気がした。
◇
その後、シャワーを浴び終えたボクたちは、ルィンヴェルが用意してくれた夕食を食べることになった。
最近、彼は地上の料理をどんどん覚えていて、今日はアラビアータと、タコのトマトソース煮込みを作ってくれた。
アラビアータは辛味の加減がちょうどよく、以前ラルゴが作ってくれたものより圧倒的においしい。
トマトソース煮込みもニンニクが効いていて、オリーブと一緒に煮込まれたタコは柔らかかった。
……少し教えただけだっていうのに、本当に上手だなぁ。王子様なのに料理までできちゃうなんて、ボクは立つ瀬がないよ。
フォカッチャと一緒にタコを頬張りながら、ボクはしみじみと思う。
ちなみに、このタコはルィンヴェルが用意してくれたものだ。
アレッタと生活するようになって食費は倍近く……いや、場合によってはそれ以上かかる時もあるし、食材の差し入れは本当にありがたかった。
「アレッタもナギサのところに居候してかなり経つけど……そろそろ国に帰る気になったかい?」
「あら。お兄様、アレッタは地上が楽しいのです。皆さん、とても良くしてくれますし」
食事の最中、ルィンヴェルがさりげなくそんな話題を振るも……アレッタは超絶笑顔で返していた。
「それより、ずっとお伺いしたかったのですが! お兄様とナギサお姉さまは、お付き合いされているのですか!?」
「え」
続くまさかの返しに、ボクとルィンヴェルの声が重なった。
「そ、そのー、えーっと」
ボクはアレッタの期待に満ちた視線に耐えかね、助けを求めるようにルィンヴェルを見る。
「……残念だけど、今はまだ友人、かな」
「そうそう! ただの友人だよ!」
うまくはぐらかしてくれたルィンヴェルに、ボクも便乗する。これで一安心……。
……うん? 今は?
それに気づいた時、ボクは盛大にむせたのだった。