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第8話『伯爵令嬢シンシア、再び』


 そんなこんなで日々は過ぎ、秋の一大イベント、ゴンドラレースの開催が近づいてきた。


 出場予定のラルゴがこれまで以上に練習に励む一方、ボクも仕事が忙しくなる。


 カナーレ祭りほどではないけど、ゴンドラレースは盛り上がるし、その賑わいを狙って屋台や出店も出る。


 必然的に、配達する荷物も多くなるんだ。


「……あれ?」


 その日も頼まれていた荷物を港へ届けていると、豪華な馬車が停まっていた。その近くには、見知った顔がある。


「シンシア、来てたの?」


「あら、ナギサさんではないですか。お元気そうで何よりですわ」


 そこにいたのは、伯爵令嬢のシンシアだった。


 銀髪のウェーブヘアを潮風になびかせながら、髪と同じ色の瞳を細めてボクを見てくる。


「もしかして、ゴンドラレースを見に来たの?」


「そうですわ。お父様が出資金を出していますし、足を運ぶのは貴族として当然の務めです。魔法学園にも休学を申請しましたわ」


 ボクのほうへ駆け寄りながら、嬉々として言う。


 学園を休んでまで来るなんて。家業専念のため……みたいな理由をつけたのかもしれないけど、シンシアの性格からして、ボク――しいてはルィンヴェルに会うのが目的だよね。


「島の皆さんはお変わりないですか? ナギサさんのおばあ様は? ルィンヴェル様は?」


「あー、皆元気だよ。特に変わったことは……」


「シンシアお嬢様、そろそろお時間です」


「あら、もうそんな時間ですの?」


 そんな会話をしていると、従者のマリアーナさんが申し訳なさそうに声をかけてくる。


「それでは、明日のお昼すぎに舟屋へお邪魔します。お土産もたくさんありますのよ」


「へっ? 明日のお昼?」


 シンシアは最後にそう言い残すと、ボクの返事も聞かずに馬車に乗り込んでいった。


 そんな彼女を呆然と見送ったあと、ボクは頭を抱える。


「人の予定を気にしないところは、相変わらずだなぁ……」


 それでも、シンシアはボクの大事な友人の一人だ。


 なるべく早く仕事を終わらせて、明日のお昼からは彼女のための時間を用意してあげよう。


「……アレッタ、明日お客さんが来るんだ。時間がある時でいいから、舟屋の掃除をお願いできる?」


『はい! お任せください!』


 舟屋で待機しているアレッタに向けて念話を飛ばすと、元気いっぱいの声が頭の中に響く。


「あと、お茶菓子とかいると思うから……夕方、一緒に買いに行こう」


『わかりました!』


 そこまで会話をして、ボクは仕事に戻る。


 よくよく考えたら、シンシアにアレッタを紹介しないといけないなぁ。あのルィンヴェルの妹だって知ったら、どんな反応するかな。


 ◇


 その翌日。お昼を少し過ぎた頃に、シンシアは舟屋にやってきた。


「まぁ、この子は誰ですか? ずいぶんと可愛らしいですね!」


「はじめまして! アレッタと申します!」


 そして扉を開けるなり、出迎えたアレッタを抱きしめていた。


 ……アレッタの見た目はお人形さんみたいだし、抱きしめたくなる気持ちはわからなくもないけど。


「この子はルィンヴェルの妹だよ。色々あって、住み込みでボクの仕事を手伝ってもらってるんだ」


「あのルィンヴェル様にこんな可愛らしい妹君が……はっ」


 ボクが呆れ笑いを浮かべながら説明すると、シンシアは驚きの表情を見せたあと、すぐにアレッタから離れた。


「ということは、アレッタ様は王族になられるのですか。それはとんだ失礼を」


 続いてシンシアは急にしおらしくなり、頭を下げた。


 思いっきり抱きしめていたし、相手が王族じゃなくても失礼だと思うけど……立場をわきまえた行動をするあたり、シンシアは専門の教育を受けているんだなぁ。


「いえいえ、気にしないでください! むしろ、地上で特別扱いは嫌です!」


「ありがとうございます! それでは、アレッタちゃんと呼ばせてもらいますわ!」


「どうぞ! よろしくお願いします。シンシアお姉さま!」


 アレッタが無垢な笑顔を向けると、シンシアの表情も明るくなる。


 打ち解けるのが早いのはアレッタの特技の一つだけど、舟屋が一気に騒がしくなったなぁ。


 ……その後、お茶とお茶菓子を楽しみながら、三人で会話に花を咲かせる。


 その内容はシンシアの通う魔法学園での出来事や、アレッタの出身地である海中都市の話が主だったけど……貴族に王族、そして届け屋。肩書だけ聞いたら、ボクの場違い感が半端なかった。


「ところでシンシア、わざわざお喋りするために舟屋まで来たの?」


「半分はそうですが……実は、ナギサさんたちを海水浴にお誘いに来たんです」


「海水浴ぅ?」


 ボクは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


 島の周囲の海は一年を通して温かいから、今の時期でも泳げないこともないけど……ボクは毎日海の上を走っているし、海で遊ぶなんて今更すぎる。


「島の北側に、モンテメディナ家のプライベートビーチがあるのです。ぜひ、幼馴染の皆さんやルィンヴェル様にもお声がけいただけませんか?」


「そ、そうだねぇ……うーん」


 名案とばかりにシンシアは言うも、ボクは返答に困る。


 貴族様のプライベートビーチが多い島の北側を除いて、カナーレ島の周囲は潮の流れが早く、遊泳禁止の場所が多い。


 そのせいもあって、島民は基本、海で泳がない。それは幼馴染たちも同じだ。


 それに加えて、ルィンヴェルは異海人いかいじんだ。海で遊ぶなんて考えはないだろう。


「地上の皆さんは、海で遊ぶのですか!?」


 ボクがそんなことを考えていると、話を聞いたアレッタが瞳を輝かせていた。


「もちろん、アレッタちゃんも参加してくださって構いませんよ。海辺の遊びも教えて差し上げますし、美味しい料理もご用意します!」


 その様子を見て脈アリと思ったのか、シンシアは魅力的な提案を次々としてくる。


「シンシア、ちょっと待ってよ。ボクたちは水着も持ってないし、アレッタやルィンヴェルはなるべく人の目に触れないほうが……」


「皆さんの水着なら、いくらでもご用意いたしますわ! それにプライベートビーチですから、わたくしたち以外にはマリアーナしかおりません!」


「そうですよ! ナギサお姉さま、何も心配はいりません!」


「あー、うー、そ、そうだねぇ……」


 いつの間にか、アレッタも完全にシンシアの味方になっていた。


 こうなると、ボク一人の力で流れを変えることはできず。ただただ頷くしかなかった。



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