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第9話『秋の海水浴!? 前編』


 シンシアの鶴の一声によって、ボクたちは急遽海水浴をすることになった。


 その日のうちに幼馴染たちへ声をかけて、なんとか休みを合わせてもらう。


 ……そして迎えた海水浴当日。


 ボクたちは島の北側にある、モンテメディナ家のプライベートビーチに集まっていた。


「……海で遊ぶとか、ガキの頃以来じゃないか?」


「そうだねぇ。あの時は、ロイがカニに鼻を挟まれて大泣きして……」


「そ、それを取ろうとしたナギサも指を挟まれて泣いてたじゃないかっ。自分のことを棚に上げないでよっ」


 ボクの目の前に立つロイは、それこそカニのように顔を赤くしながら憤慨する。


 予想はしていたけど、彼は色白で線が細い。普段から家に引きこもりがちだし、無理もない気がした。


 その一方、ロイの隣に立つラルゴは、さすが筋肉がすごい。日々の特訓の成果が出ている感じだ。


「そんな話を聞いてると、幼馴染っていいものだよね。少し羨ましいかな」


 カナーレ祭りの時期に比べれば多少弱くなった陽射しを浴びながら幼馴染たちと会話をしていると、ルィンヴェルがアレッタとともに海からやってきた。


 こうしてみると、ルィンヴェルも逞しい体をしてる。細マッチョって感じかな。


 ……って、ボクは何を見惚れてるんだろう。


「ナギサ、その水着、似合ってるね」


「ふえっ!?」


 そんなことを考えていた矢先、ふいに水着を褒められて変な声が出てしまう。


「あ、ありがとう……でもこれ、シンシアが用意してくれたものだから……」


 続いてお礼を言って、ボクは自分の水着をしげしげと眺める。


 恥ずかしいから露出の少ないワンピース風の水着を選んだんだけど、他の二人に比べて地味だったりするかな……?


 なんとも言えない気持ちになりながら、ボクは他の女の子たちに視線を送る。


「ルィンヴェル様! アレッタちゃん! ようこそいらっしゃいました!」


「シンシア、今日はお招きありがとう」


 ルィンヴェルたち兄妹を迎え入れるシンシアはピンク色の三角ビキニを着ていて、胸下部にリボンが付いている。


 彼女はカラフルな服装を好むみたいだけど、かなり胸元が強調されているデザインだった。


「……やっぱり男の子って、胸が大きい子が好きなのかな」


 誰にともなくそう口にして、自分の胸に目をやる。ボクのは……良くも悪くも、平均的だと思う。


 友人たちの中で、一番胸が大きいのはイソラかな……普段は気にしないんだけど、水着姿になると……その、すごく大きい。着痩せするタイプなのかな。


「ナギサお姉さま? どうかしましたか?」


「う、ううん! なんでもないよ!」


 直後にアレッタから無垢な瞳を向けられて、ボクはどこか後ろめたい気持ちになる。


 ちなみに彼女は肩紐が特徴的な、いわゆるビスチェというタイプの水着だった。可愛らしい彼女によく似合っている。


「イソラお姉さま、その髪飾りステキですね!」


 その時、アレッタがイソラを見ながら声を弾ませる。


 見ると、彼女の頭には見慣れぬ髪飾りがあった。


 青い鳥を模していて、イソラのオレンジ色の髪色に映えていた。


「ありがとう。これ、ラルゴからの誕生日プレゼントなの」


 髪飾りに手を添えながら、イソラは顔をほころばせる。


 そういえば先日、イソラの誕生日だったのだけど……忙しいとの理由で、本人が誕生会の開催を断っていたのだ。


 もちろん、ボクたちも個別に誕生日プレゼントは贈ったのだけど……ラルゴもしっかりと渡していたみたいだ。


「……それ、つけてくれたんだな」


「うん。ラルゴがくれたものだもの。ここぞという時につけなきゃ」


 頬をかきながらラルゴが言い、イソラも恥ずかしそうに顔を伏せる。


 うわぁ、なんか惚気のろけちゃうんだけど。


「皆さん、さっそく泳ぎに行きましょう!」


 そんな空気を壊すように、アレッタが声を上げる。


 皆と一緒に海に入るのが楽しみなのか、その大きな目を輝かせていた。


 ボクたちは一瞬顔を見合わせたあと、海へ向かって駆け出したのだった。


 ◇


 実際に浸かってみると、この時期の海水はそれなりに冷たかった。


 気持ちはいいけど、あまり長い時間は泳げそうにない。


「皆、早いなぁ……あぶぶぶ」


 そんなことを考えていると、後方を泳いでいたロイが沈んでいた。


 次の瞬間、目にも留まらぬ速さでアレッタがやってきてロイを支える。さすがは異海人いかいじんだった。


「ロイ様、もしかして泳げないのですか?」


「げほごほ……知識としてはあるんだけどね」


「ロイのやつはガキの頃から浜辺で本ばっかり読んでたからな。泳げるのに泳がない俺たちと違って、真のカナヅチなんだよ」


 その場で立ち泳ぎをしながら、ラルゴが呆れ顔で言う。


「そうなのですね! でしたら、アレッタが泳ぎを教えて差し上げます!」


「ええっ、それはいくらなんでも恥ずかしいよっ……!」


 明らかに年下のアレッタから言われ、ロイは視線を泳がせる。


 相手は生まれた時から海の中にいる泳ぎのプロなんだし、恥ずかしがらずに教えてもらえばいいのに。


「皆さん! ボール遊びをしませんか!?」


 その時、シンシアが浜辺から叫んでいた。


「ボール遊び?」


「ええ。大人数で海に集まった時にやる遊びといえばこれだと、マリアーナから教えてもらいました!」


 シンシアはそう口にして、少し離れた波打ち際を見やる。


 そこにはいつしか二本の柱が立てられ、その間に漁で使う網が張ってあった。


 すぐ近くにメイドのマリアーナさんが佇んでいるところからして、彼女が準備してくれたらしい。


 どういう遊びが気になったボクたちは、陸へ引き返すことにした。


「……この網を挟んで二人一組で対峙し、網に引っかけないようにボールを受け渡す異国の遊びがあるのです。先にボールを地面に10回落としたほうの負けでございます」


 浜辺にたどり着くと、マリアーナさんがそう説明してくれる。なんとなく面白そうだった。


「というわけで、皆さんでやってみましょう! まずは組分けです!」


 嬉々として言うシンシアの手には、短い棒がいくつも握られていた。


「先端が同じ色だった二人がペアですわ! ささ、どうぞ!」


「でもシンシア、この状況だと一人余らない?」


「マリアーナもくじに入りますので、心配ご無用です!」


 そんな疑問を口にするも、シンシアは笑顔を崩さない。彼女の用意周到さに呆れながら、ボクたちはそのくじを引いた。


 ……その結果、シンシアとマリアーナさん、アレッタとロイ、ラルゴとイソラ、ボクとルィンヴェルのペアができあがった。


「むむ……ルィンヴェル様とペアになるはずが……」


「申し訳ございません。全力で勝利にお導きしますので」


「僕、運動苦手なんだけど……」


「ロイ様、やるからには勝ちましょう!」


「な、なんだイソラとかよ」


「ラルゴ、よろしくね……」


「うーん、まるで申し合わせたような組分けだなぁ……」


 ペアになった皆の顔を眺めたあと、ボクは思わずそう口にする。


「よくわからないけど、ナギサ、よろしく」


「あ、うん! こちらこそ!」


 直後にルィンヴェルから声をかけられて、ボクは笑顔を返す。


 まずはシンシアたちとラルゴたちの試合があるみたいだし、じっくり見学させてもらうことにしよう。


 ◇


 やがて始まった試合は、シンシアたちの……いや、正確にはマリアーナさんの独壇場だった。


 シンシアはひたすらボールを網の近くに打ち上げるだけで、あとの攻撃は全てマリアーナさんにお任せ。終わってみれば、10対2という大差がついていた。


「なんか……予想してた遊びと違うんだけど。もっとこう、ふわふわっとボールを受け渡すのかと思ってた」


「そ、そうですね……ぽーん、からの、どーん! って感じです。ボールが見えませんでした」


 得点係を務めていたロイとアレッタが、揃って目を丸くしていた。


 モンテメディナ家のメイドさんをしているだけあって、マリアーナさんはめちゃくちゃ身体能力が高かった。


 この遊びについても詳しかったし、やったことがあるのかもしれない。


「イソラ悪い。勝たせてやれなかったな」


「ううん。何度も守ってくれてたし、嬉しかったよ」


 そんな中、敗北したはずのラルゴとイソラはどこか嬉しそうだった。


 マリアーナさんの強烈な攻撃は幾度となくイソラに襲いかかったけど、その度にラルゴが体を張って彼女を守っていたし。二人の絆はより一層強くなったようだ。


「続きまして、ロイ様とアレッタ様、ルィンヴェル様とナギサ様の試合ですね」


 前の試合の余韻に浸るまもなく、凛とした声のマリアーナさんに呼ばれる。ボクとルィンヴェルはネットを挟んでロイたちと対峙する。


 さっきの試合である程度のやり方は理解したし、ボクとルィンヴェルが力を合わせれば、なんとかなる……はず。


「あのさ、この場所、時々波に足を取られそうになるんだけど」


 そんなことを考えていると、対面のロイがおずおずとそう口にする。


 確かに、ネットは波打ち際に立てられている。タイミングによっては、けっこうな高波がやってきていた。


「運要素があったほうが勝負も面白くなりますからね。男性だからと力押しすることも難しくなります」


 マリアーナさんはそう教えてくれる。その説明を聞いたロイは「力押しするほどの力もないんだけどなぁ……」とため息まじりに呟いていた。



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