「君もずいぶんと大胆なことをしてくれたね、ヴェルデ」
ヴェルデとローラの目の前には、貼りつけたような笑顔のメイナードがいる。ヴェルデから詳しいことを聞いたメイナードは、一度大きく目を見開いてからすぐに冒頭の言葉を吐いた。
「ヴェルデ様は悪くないのです。もとはと言えば、私がいなくなろうとしたことが原因で……」
「いえ、ローラ様は悪くありません。ローラ様があのような行動をとってしまったのは仕方のないことでしょう。メイナード様もそれはおわかりになっているはずです」
ローラがこっそりと屋敷から逃げ出そうとした理由は、死に場所を求めていたからだ。屋敷内で自害するとしたらメイナードや世話をしてくれていた人たちに迷惑がかかってしまう。せめて迷惑がかからないようにと屋敷の外に出て、どこか遠いどこかで野垂れ死のうと思ったのだ。
「ローラ様が我々の迷惑にならぬようにと考えての行動なのはわかりました。ですが、屋敷の外のどこかでお亡くなりになったとしても、我々はローラ様の行方を捜し見つけるでしょう。そしてローラ様の最期をそんな風にしてしまったという自責の念にかられます。どうであれ、迷惑がかからないということはありえないのですよ。それだけはわかっていただきたい」
メイナードの言葉に、ローラはうつむいて小さくお辞儀をし、震える声で謝罪した。
「本当に、申し訳ありません……」
「……ですが、あなたをそんな風にまで追い詰めてしまった我々にも落ち度はあります。むしろ我々こそ謝るべきだ。あなたを目覚めさせた時点で、あなたの心にもっと寄り添うべきでした。申し訳ありません」
メイナードが静かにそう言ってお辞儀をすると、ヴェルデも同じようにお辞儀をする。それを見てローラは両目に涙を浮かべ息をのんだ。
「メイナード様、私がローラ様を連れて行くことに関してはどうなさるおつもりでしょうか」
ヴェルデがそう聞くと、メイナードがふむ、と顎に手を添えてジッとローラを見つめる。
「私の側妃になるのはそんなにお嫌でしたか?」
「え、いえ、そ、そういうわけではないのですが……」
メイナードの問いに、ローラは慌てて両手をばたつかせるが、メイナードはそれを見て笑った。
「ははは、意地悪をしてしまいましたね。わかっています。あなたがこの国にいて、しかも王家の中にいるのは色々とお辛いでしょう。……エルヴィン殿下のことも思い出してしまうでしょうし」
最後の言葉に、ローラは口をきゅっと結んで辛そうな表情になる。それを見たヴェルデは胸が痛んだ。
「君がローラ様を連れて行くことに関して、私は異論はないよ。眠り姫のことは一般には公表されていないし、王家の中でもごく限られた人間しか知らないことだ。こういうことは本人の目の前で言うことではないのだが、王家の中でもローラ様をどうするかで意見が割れていてね。扱いに困っていたところだ。君が国外へ連れて行ってくれるなら願ったりだろう」
メイナードの言葉に、ヴェルデは一瞬眉をピクリと動かしたが、何も言わずに話を聞き続ける。
「だが、君がローラ様を連れて行くことを良しとしない人間もいるだろう。もしかすると追いかけて奪還しようとする輩もいるかもしれない。それに、君の国がローラ様を快く受け入れてくれるともかぎらないだろう。そういう全てをふまえて、それでも君はローラ様を連れて行く覚悟があるのかな?」
美しい瞳でヴェルデをジッと見据える。そんなメイナードを、ヴェルデは目をそらさずにじっと見つめ返した。
「もちろん覚悟はできています。我が国でのローラ様の居場所は私がつくりますし、何があってもローラ様をお守りします」
力強く、はっきりとそういうヴェルデの言葉に、ローラは両目を潤ませてヴェルデを見つめた。そして、そんなヴェルデとローラを見て、メイナードは満足そうにうなずいた。
「いいだろう。それでは、国内での対応については私に任せてくれ。王にも私からうまいこと伝えておくよ」
こうして、ヴェルデはローラを自国に連れて行けることになった。
◇
それから数日が経ち、二人は馬車に乗って転移魔法陣のある管理所まで移動していた。
「転移魔法陣で国と国を繋いでいますので、魔法陣は管理所で監視と管理がされています」
ローラが眠りにつく百年前では考えられないことだ。ローラは魔法の発展に驚き、ヴェルデの話を目を輝かせて聞いていた。そんなローラを、ヴェルデは嬉しそうに見つめる。時折優しげな眼差しを向けられ、その度にローラの心臓は跳ね上がっていた。
(ヴェルデ様に見つめられるとなぜかドキドキしてしまう……!私なんかにそんな優しい眼差しを向けてくださるなんて、ヴェルデ様は本当に心の美しい優しいお方なんだわ)
馬車の外を眺めると、そこには美しい風景が広がっている。ローラは窓の外を眺め、目を細めた。
(美しい景色だけど、まるで見たこともない場所ね)
眠りにつく前、国内をお忍びでエルヴィンと共に周ったことがある。きっと今見ている景色も訪れたことがある場所のはずなのだが、目の前の景色は昔とは全く違う景色だ。
懐かしいと思うことすらできないほど、自分は眠っていたのだと思い知らされる。
ローラが感傷に浸り神妙な表情をしていると、ヴェルデの手がローラの手を静かに包んだ。突然のことに驚いてヴェルデを見ると、心配そうな顔をしている。
「ローラ様、疲れていませんか?目覚めて間もないというのに、馬車に乗るのはお体にあまりよくなかったかもしれませんね」
申し訳なさそうにヴェルデがつぶやく。
「だ、大丈夫です。他国へ行くのに馬車で半日、あとは転移魔法で移動できるなんて、私が起きていた頃には考えられないほどです。あの頃はエルヴィン様と馬車で何日もかけて国内を周ることもありましたし、こう見えて忍耐強いのですよ」
ローラがふわりと笑ってそう言うと、なぜかヴェルデは複雑そうな顔でローラの手を見つめる。どうしてそんな顔をするのだろうか、何か失礼なことでも言ってしまっただろうか。
「……ローラ様の中にはエルヴィン様との思い出があるのですよね。それを全て消したいとは思いませんが、私との思い出もこれから沢山つくってほしいと願ってしまいます。色々と落ち着いたら、いつか二人でこの国を一緒に周りましょう」
ニコッと微笑みながらヴェルデが言う。ヴェルデの言葉の意味がはじめはよくわからず、ローラは首をかしげるが、なんとなく察しがつくとローラは顔を赤らめた。
(そ、そんな、まるでエルヴィン様にやきもちをやいているような言い方をするなんて)
「私などと思い出をつくろうだなどと……ヴェルデ様はどうしてそんなことを言うのですか?」
思わずローラが尋ねると、ヴェルデは口の端に孤を描いてローラを見つめる。その顔は妖艶という言葉がぴったりで、ローラはドキリとしてしまう。
「それはもちろん、エルヴィン殿下に妬いているから、ですよ」
ヴェルデの直球すぎる言葉に、ローラの顔が一気に赤くなる。それを見てヴェルデは心底嬉しそうに笑いながら何かに気づき、外を見た。
「ああ、そろそろ着きそうですね」