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第8話 寄り添う

(ヴェルデ様と、し、寝室が同じ……?)




 ガレスとの対話が終わり、二人は王城を出てヴェルデの屋敷に着いた。ローラはヴェルデに屋敷内を一通り案内され、最後に二人の寝室にやって来る。寝室の中には大きな大きなベッドが一つ鎮座しているのが見えてローラは驚いた。




「あの、寝室が一緒、なのですか?」


「ええ、お嫌でしたか?」




 にっこりと微笑みながらヴェルデはローラに尋ね返す。




「いえ、嫌というわけではないのですが……あくまでも、婚約者のふり、ということでしたよね。寝室を一緒にする必要はないのではないかと。しかも、あの、ベッドがひとつしかありませんし」




 ヴェルデが嫌というわけではないのだ。ただ、こんなにも美しい見た目の殿方と一緒の寝室というのは正直心臓が持たない気がする。ローラが遠慮がちにヴェルデへ言うと、ヴェルデは微笑みを絶やさぬままローラの片手をそっと取り、静かに口を開いた。




「ローラ様を、夜に一人にしておくのが心配なのです。私は、どんな時でもこの国でローラ様が心細い思いをしないようにしたい。それに、またローラ様が一人でどこかにいなくなろうとされるのが一番困る」




 真剣な目でヴェルデはそう言うと、ローラの手をきゅ、と握った。強すぎるわけではないが、その手からは熱さが伝わってくる。




「そんな、ここでヴェルデ様と共に生きていくと決めたんですから、もうどこかにいなくなろうなどと思ったりしません」


「本当に?」




 そう言ってローラを見つめるヴェルデの瞳には、不安がこもっているのがわかる。




(私は、この方をこんなにも不安にさせてしまったのだわ。私は、本当になんて酷く、残酷なことをしてしまったのかしら……。せめて、この方の気の済むようにしてあげたほうがいいのかもしれない)




「本当です。……ですがヴェルデ様がこうすることで安心するのであれば、寝室は、……その、一緒でも構いません」


「本当に!あぁ、良かった」




 少し照れながら言うローラの言葉に、ヴェルデは目を輝かせて喜んでいる。優しく手を握りながらローラを見つめるヴェルデの瞳には、深い深い優しさが広がっていて思わずローラはときめいた。




(こんなに優しくされてしまうと勘違いしてしまいそうになる。でも、この方はきっと私を目覚めさせてしまった後悔と義務感からきっとこうして尽くしてくださっているのだわ。そんなことはないと言ってはいたけれど、きっと無意識なのではないかしら。それでも、こうして私のために心を尽くしてくださるのだから、早く安心させてあげたいわ)















 ――長い長い廊下を歩いていた。少し前に、見慣れた背中がある。その人はいつも少し前を歩き、たまに後ろを振り返りまたすぐ前を向く。




 ふと、悪寒がした。なにか、どこかで禍々しい気配が目の前の大切な背中を狙っているような気がした。そして、その予感は的中する。目の前の大切な背中に、大きな悪意が魔法と共に向かってくる。




「エルヴィン様、危ないっ!」




 目の前の背中を追い、庇うようにして体当たりしようとしたその瞬間。振り返ったその顔は、悪どいという表現がぴったりなほどの顔で――笑っていた。










「……っ!」






 ガバッと起き上がると、ローラは肩で息をしながら冷や汗を垂らしていた。辺りを見渡すと、薄暗い。ふと横を見ると、少し離れてヴェルデが静かに寝息を立てていた。




(そうだわ、ここはヴェルデ様のお屋敷で、さっきのは、夢……?)




 はぁ、と静かにため息をついてローラはまたヴェルデをそっと見る。ヴェルデはローラが起きたことに気づいていないようだ。ローラの心臓はまだバクバクと激しく動き、呼吸も早い。ヴェルデを起こさないように気をつけながら、落ち着くために何か飲み物を飲んでこようかとそっとベッドから降りようとした、その時。




「……ローラ様、どこへ?」




 振り返ると、心配そうな、不安そうな、でも少し怒ったような顔でヴェルデが体を起こしていた。




「あ、あの、喉が渇いたので、飲み物をと思って……」




 まだ鳴りやまない心臓に気づかれないように、作り笑いをしながらローラは答える。だが、ヴェルデは心配そうな顔を崩さず、そんなヴェルデの顔を見るのが辛くなり、ローラは思わず目をそらしてしまう。




「どうか、なさいましたか」


「いえ、何も。大丈夫です、本当に喉が渇いただけですから」


「……ローラ様、私は、そんなにも頼りないですか?」




 静かだが、強い気持ちのこもったヴェルデの問いに、ローラはハッとしてヴェルデを見つめる。




「私はもっとあなたに頼ってほしいのです。あなたの不安や心細さに、辛さに、寄り添いたいのです。ですが、こんな私ではそれすらも叶わないのでしょうか」


「そんなことは……!」




 ローラが声を上げると、ヴェルデは寂しそうに微笑んでいる。その顔を見てローラは胸が苦しくなった。




「無理に聞き出そうとは思いません。ですが、あなたの心に寄り添うことだけは、させてはもらえませんでしょうか」




 そう言って、ヴェルデはそっとローラを抱きしめた。壊れてしまわないように、そっと、優しく、その腕はローラを包み込む。




(暖かい……)




 ヴェルデの腕の中は暖かく心地よい。思わずローラは腕の中でそっと瞳を閉じ、口を開いた。




「夢を、見たのです。心臓が苦しくなるような、張り裂けそうな、そんな夢を」


「……もしかして、エルヴィン殿下の夢を?」


「そう、です」




 ローラの答えに、一瞬だけヴェルデの手の力が強まる。だが、すぐに力は弱まり、そっと優しくローラの背中をさすった。




「大丈夫です。もう夢から覚めたのですから。私がここにいます。だから、安心してまた眠ってください。何度でも、私があなたを悪夢から覚ましてあげます」




 心地よい声音で優しくそう言われ、背中をさする適度なリズムで少しずつローラを眠気が襲っていく。




(どうしてかしら、不思議だわ……ドキドキするはずなのに、それでもヴェルデ様の腕の中は心地よくて安心する)




そうして、いつの間にかローラはヴェルデの腕の中で静かに寝息をたてていた。




 腕の中で眠るローラを、ヴェルデは優しく見つめ、そっとおでこにキスをする。




「おやすみなさい、いい夢を。私の愛しい眠り姫」





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