「ここが、私の魔法研究のための仕事場です」
ローラがヴェルデと共にサイレーン国へやってきて一週間が経った。サイレーン国内の法律や生活形態などをヴェルデからいろいろと学び、少しずつサイレーン国での生活が慣れてきたころ、ヴェルデに連れられてヴェルデの仕事場にローラはやってきた。そこは、ヴェルデの屋敷から少し歩いた場所にあり、二階建てのこじんまりとした小屋敷だった。
「この畑では主に薬草を育てています。魔法に使用するものばかりですね」
近くにある畑には様々な植物が植えられていた。どれもこれもローラは目にしたことのないものばかりで興味をそそられる。もっと近くで見ようと思うが、ヴェルデがそれを制した。
「ローラ様、ここには毒のある植物もありますので近寄りすぎると危険ですので気を付けてください。毒草も使い方によっては薬草になるのです。もし興味がおありでしたら、私が教えますのでなんでも聞いてくださいね」
にこっと微笑み、ヴェルデはローラの手を取って優しくつなぎ、畑の側を通って作業場である小屋敷へと向かう。
(えっ、急に手を……えっ?)
驚いて立ち止まってしまったローラに気づき、ヴェルデはきょとんとしている。
「ローラ様、どうかしましたか?」
「いえ、あの、急に手をつながれて驚いてしまって……」
「あ、すみません、お嫌でしたか?」
「い、いえ!嫌ではないのです。あの、あまりこうゆうことに慣れていなくて……」
ローラの返事にヴェルデは目を見開いて驚いている。
「エルヴィン殿下とは、その……こういうことはなさらなかったのですか?」
「いえ、エルヴィン様とは、手をつないだこともありませんでした。婚約者でしたので一緒に行動することも多かったですが、いつも私の少し前を歩いている方だったので……」
首をかしげて質問するヴェルデに、ローラは困ったように答えた。エルヴィンは婚約者であるローラに指はおろか髪一本ですら触れることはなかったのだ。二人の婚約はあくまでも国としての政略的結婚であり、二人とも相手をよく知らぬまま話が進んでいた。
(私はエルヴィン様のことをもっとよく知りたいと思っていたけれど、エルヴィン様はそんな素振りは一切見せなかったものね。それでも、一緒に過ごしていけばきっと少しずつでも分かり合えると思っていたのに……)
ローラにはそれすらも叶わなかったのだ。当時のことを思い出してローラがひとり苦笑していると、ヴェルデはそんなローラの手を強く握った。
「ローラ様が眠りについてからエルヴィン殿下は当分妃を取らないと言ったらしいとメイナード様から聞いていたので、お二人は仲睦まじい関係なのかと思っていましたが、そうではなかったのですね。でも、そうであれば私としては、……こんなことを言うべきではないのでしょうが、ローラ様とこうやって手を繋いで隣を歩くのが私だけだということがとても嬉しいです」
心の底から嬉しいという顔をして笑うヴェルデに、ローラは胸がきゅんとなる。
(そ、そんな笑顔を向けられたら、心臓がもたないわ……!それにまたそんな勘違いしそうになるようなことを言うなんて、ヴェルデ様は一体何を考えているのかしら)
真っ赤になっていくローラの顔を見て、ヴェルデは満足そうに笑いながら、ローラの手を繋いだまま小屋敷へと向かった。
中に入ると、思ったよりも広く感じる。ドアがいくつもあり、ヴェルデによると魔法薬の保管部屋や魔法陣を生成する部屋など重要な部屋がいくつもあるそうだ。そんな重要な部屋がある場所に自分がいていいのだろうかと思っていると、ヴェルデが優しく微笑みながらローラに言う。
「どの部屋にも専用の魔法によるカギがかかっていているので簡単には入れません、心配しなくても大丈夫ですよ。それから、二階は寝泊りする用の部屋です。ここには私の仕事を手伝ってくれている人間が何人かいるのですが、研究内容によってはここに何日もいることもありますので。そのうちみんなとも会うでしょうから、その都度ご紹介しますね。大丈夫、みんな気さくな人たちばかりなのですぐ打ち解けると思いますよ」
ヴェルデの屋敷の人たちは人数が少なく、みんなローラを快く受け入れてくれた。ヴェルデの仕事の関係者ともなれば、気難しい人間もいるのではないかとすこし不安だが、ヴェルデが大丈夫だというのであればきっとそうなのだろう。ローラは不安をかき消すようにヴェルデを見て微笑んだ。
微笑むローラを見て、ヴェルデはローラの両手をとって優しく微笑み返した。すぐにそれは終わるだろうと思っていたのに、ヴェルデと向かい合い、両手を繋ぎながら見つめ合う状態がなぜか長く続いている。ローラはだんだんと恥ずかしくなってきた。
「あ、あの、そろそろこの手を離していただいても」
「私はもう少しこうしていたいのですが、だめでしょうか?」
懇願するような顔でヴェルデが聞いてくる。その顔を見てローラは顔に一気に熱が集中するのがわかった。
(その顔はあまりにもズルすぎます!)
「だ、だめではないのですが……」
「本当は今すぐにでも抱きしめたいんです。でもローラ様の嫌がることはしたくない。だから、これで我慢しているのですよ」
「え、ええ……!?」
そんなことを言われてしまったらローラもこのままでいるしかないと観念せざるを得ない。顔を赤らめながらうつむくと、ヴェルデがローラの顔を覗き込んだ。
「ローラ様、もっと顔を見せてください」
「む、無理です!」
そんなやり取りをしていると、突然玄関のドアが開いた。
「おい、ヴェルデ、いるんだろ。屋敷にいったらこっちに向かったって聞いて……は?誰だお前。一体何して……」
突然入ってきた男は、二人の様子を見て眉をしかめ絶句している。その男のまとう空気がピリリと張り詰めたことに、ローラは気づいた。