クレイに泊っていけと言われたヴェルデとローラは、気分転換をかねて夜になるまでの時間、クレイの屋敷の周辺を馬で散策することにした。
「屋敷にいてもすることがありませんし、せっかくですから外の空気を吸いに行きましょう。気分もきっと晴れますよ」
ローラも一応乗馬ができるのだが、ヴェルデは一頭に二人で乗って行くと言い張った。ヴェルデに後ろから包まれるようにして馬に乗っているローラは、初めてのことでどうしていいかわからない。しかもヴェルデとの距離があまりにも近すぎて心臓が飛び出てしまいそうだ。
(こ、こんなに密着するなんて思わなかった!ヴェルデ様が話をするたびに良い声が耳の近くで響いて……どうしていいかわからないわ。きっと顔も真っ赤になってる……ヴェルデ様にこの顔を見られてしまわないことだけが救いね)
「ローラ様、緊張していますか?大丈夫です。絶対に落としたりしませんから安心してくださいね」
そう言ってヴェルデは後ろから片手をローラのお腹にそっと回す。
(あああああ、緊張してるといっても、馬から落ちることを心配しているわけじゃないのに!どうしましょう、ヴェルデ様の腕が、お腹に……)
あまりの恥ずかしさにローラがうつむいていると、ヴェルデはローラの顔を横から少しだけ覗き込む。そしてローラの様子を見て満足そうに微笑んだ。
◇
「師匠の屋敷の周辺は辺鄙な場所ですが自然が多く、景色だけはとても美しいんです。ぜひローラ様にも見せたくて」
そう言ってヴェルデが連れてきた場所は、屋敷近くの森の中を馬で少し走ったところにある洞窟の前だった。
ヴェルデに手を繋がれながら洞窟の中に足を運ぶ。もはや当たり前だというように自然に手を繋いでくるヴェルデに、ローラは何も言えない。それにヴェルデと手を繋ぐことはローラにとっても嫌なことではなく、むしろ嬉しく思えている。
(いつの間にかヴェルデ様と手を繋ぐのが待ち遠しくなっていて不思議だわ……ヴェルデ様の手は暖かくて大きくてホッとするもの)
ヴェルデが光魔法で暗闇を照らしながら進んで行くと、大きな空間のある場所にたどり着いた。
「一瞬だけ暗くなりますが、俺が隣にいますので心配しないでくださいね」
そう言って優しく微笑むと、ヴェルデは光魔法を消した。洞窟内は暗闇に包まれる。
(どうしましょう、何も見えないわ。ヴェルデ様が手を握ってくださっているから、すぐ隣にいるのはわかるのだけれど……)
ローラが戸惑っていると、洞窟内が突然少しずつ光だした。ほのかに光が一つ、二つとふえていく。次第に、洞窟内が天井も足元も全て蒼白く輝いていく。
「なんて綺麗なの……!」
ローラとヴェルデはまるで夜空の星々に囲まれているかのようだ。囲まれている、というより、星空の中に浮かんでいるようにも思えるほどだった。あまりの美しさにローラがほうっとため息をつくと、ヴェルデはローラを見て微笑んだ。
「暗光石と言って暗闇でしか光らない、サイレーン国にしかない珍しい鉱石です。今は魔法で光を照らすのが主流ですが、昔はこの石をランプ代わりにしていた時代もあったようです。この景色をローラ様にお見せしたかった」
「すごく素敵です!こんなに幻想的で美しい景色、初めて見ました……」
ローラは暗光石の蒼白い光を瞳に映しながら、キラキラと目を輝かせて喜んでいる。
「喜んでもらえてよかった」
ローラがヴェルデを見上げると、とても愛おしいものを見るような目でローラを見つめて微笑んでいる。銀色の髪が暗光石の光に照らされて美しく輝き、その美貌をさらに引き立たせているかのようだ。
(この空間も素敵だけれど、この光に照らされたヴェルデ様も本当に美しいわ……)
ぼうっとヴェルデに見惚れていると、ヴェルデが不思議そうに首をかしげる。
「ローラ様?どうしました?」
「あ、いえ、ヴェルデ様があまりにも美しくて……」
そう言ってから、うっかり言葉にしてしまったことに気が付いて片手で口を覆う。それを見たヴェルデは目を丸くしたが、すぐに口角を上げた。
「ローラ様の方こそ美しいですよ……」
そう言ってそっとローラにもう片方の手を伸ばし触れようとしたが、触れるのを止めて静かに握る。そして洞窟内をゆっくりと見渡してから、意を決したようにまたローラを見つめた。
「ローラ様は前に、どうして俺がローラ様をそんなに思うのかと聞きましたよね。……ローラ様は俺にとって、初恋の人なんです」