「ローラ様は前に、どうして俺がローラ様をそんなに思うのかと聞きましたよね。……ローラ様は俺にとって、初恋の人なんです」
初恋の人。ヴェルデのその言葉にローラは首をかしげる。ローラは百年も眠っていたのだ、ヴェルデとはそもそも生きていた時代が違う。ヴェルデと出会ったのは目覚めてからなので、ヴェルデにとってローラが初恋の人だというのは無理があるのではないだろうか。ローラが不思議そうな顔でヴェルデを眺めていると、ヴェルデは少し笑って話し始めた。
「俺は幼い時に師匠からローラ様の話をよく聞いていました。師匠にとってもローラ様は、……その、特別な存在だったのでしょうね。当時の隣国の姫がどれだけ美しく気高く純粋な方かということを懐かしそうに話すんです。一度だけじゃありません、何かあるたびに思い出してはあんなに素敵な女性はなかなか出会えないと力説するんですよ。そのたびに、俺は当時のローラ様を想像して胸を高鳴らせていました。そんなに素敵な女性がいるなら会ってみたかったと」
少しはにかみながら嬉しそうに話すヴェルデを見て、ローラは顔を真っ赤にする。まさか、眠っている間に自分のことをそんな風に話されていただなんて驚きだ。
「でも、ローラ様がずっと眠り続けていただなんて知らなかった俺は、ローラ様には絶対に会うことはないのだと思っていました。はるか昔にいた、俺とは生きる時代が違う女性。その女性に出会えないのなら、せめてそんな女性のような、純粋で素直な心の美しい女性と出会って恋をしてみたいと思っていました。でも……」
そう言ってヴェルデは顔を曇らせる。
「俺に寄って来る女性はみんな、計算高くて傲慢で、俺自身ではなく俺の見た目や俺の魔法の才能、それによって得られる地位にしか興味がなかった。最初は女性はそんな人たちばかりじゃない、きっとどこかにあなたのような女性がいるはずだと思っていたんです。でも、現実は違かった。あなたのような女性に出会えないと分かった俺は、女性という生き物が苦手になりました。だから、魔法の研究さえできればそれでいい、ずっと一人で構わないと思っていました」
そう言ってヴェルデは握っていたローラの片手をそっと持ち上げ、手の甲に口づける。そうして、愛おしそうにローラを見つめた。
「でも、メイナード殿下に呼ばれてあなたのことを知り、あなたを目覚めさせて驚きました。あなたが、師匠から聞いていたあの女性なのだと気づいた時、こんな奇跡があっていいのだろうかと思いました。あなただと分かった瞬間に、俺はどうしてもあなたを幸せにしたい、あなたと共に生きていきたいと思ってしまったんです。目覚めさせてから……あなたが目覚めたことによって苦しむ姿を見て、俺はとんでもないことをしてしまったのだと思いました」
ローラの手を握り締め、苦しそうにヴェルデは話す。
「それでも、俺はあきらめたくなかった。あなたがこの世界で生きる場所がないと思うのなら、俺がそれを作ればいい。俺があなたの居場所になればいいのだと本気で思いました。目覚める前に幸せだったのなら、それ以上の幸せをあなたに感じてもらえばいいのだと。でも、あなたは目覚めたくないほどにずっと苦しかったのですよね。抱えきれないほどの孤独と悲しみがあなたを苦しめていた。だったら」
そう言って、ジッとローラを真剣な眼差しで見つめるヴェルデ。その瞳には強い意志が感じられ、ローラは目が離せない。
「あなたが生きていたくない世界だと思うのなら、そんな世界は俺がつくりなおしてしまえばいい。あなたがいつどこにいても幸せを感じられるような世界を、俺がつくればいい。生きていてよかったと、目覚めることができてよかったと、そう思ってもらえるように俺があなたを幸せにすればいいと本気で思ったんです」
ヴェルデの言葉に、ローラはいつの間にか両目から涙を流していた。そんなローラの頬を、ヴェルデは片手でそっと優しく撫でる。
「俺の気持ちは、あなたが思っている以上に強くてしぶといんですよ。……こんな俺のこと、嫌いになりましたか?」
問われてローラはとっさに首をぶんぶんと振った。
「そ、そんなことありません!むしろ、あなたのその気持ちは私なんかにはもったいなくて……それに」
ローラはうつむいてためらいがちに口を開く。
「クレイ様もそうですが、あなたは私のことを過大評価しすぎです。クレイ様が見た私は、あくまでも公式の場で繕った姿です。私はそんなに素敵で完璧な女性ではありません。一緒に過ごしていくうちに、きっとあなたは幻滅してしまう……」
本当の自分でいればいるほど、エルヴィンは自分を疎み、離れて行った。世の中のご令嬢のように、相手が好むふるまいをしてただニコニコしているだけのことができない自分に、ヴェルデだってきっと愛想をつかすだろう。そう思ってうつむいていると、ヴェルデは頬に添えた片手でローラの顔を上げ目を合わせる。
「俺はお飾りで女性を隣に置こうだなんて思っていません。さっきも言ったでしょう、あなたがあなたでいられる場所を俺はつくりたいんです。それに、あなたが完璧じゃないことくらいわかっているつもりですよ。もちろん俺だって完璧じゃない」
「いえ、ヴェルデ様は完璧といっても過言ではありません。そんなヴェルデ様の隣に私がいるなんて、不相応で……」
「ほら、ローラ様だって俺のこと過大評価しすぎです。同じですよ。一緒に過ごしていくうちに、幻滅してしまうのはローラ様の方かもしれない」
そんなことない、と言おうとしてヴェルデの顔をみて、ローラはハッとした。さっきから自分はなにを恐れているのだろう。まるでヴェルデが自分から去ってしまうかもしれないことを怖がって、予防線を張っているかのようだ。どうしてそんなことをする必要があるのだろう?
心臓がドクドクとうるさい。いつの間にか自分の中でヴェルデの存在が大きくなっていたことに驚きを隠せず、ローラはただただ顔を真っ赤にしてヴェルデを見つめていた。
「ローラ様?」
様子のおかしいローラに気づいたヴェルデは、ローラを心配そうに見つめる。その瞳があまりに美しく、自分を労わる情がこもっていることを感じて、ローラは思わず顔を背けてしまった。
「ローラ様、どうしたのですか?」
「だ、だめです、あまり見ないでください。お願いですから……」
「どうしてですか。ローラ様、そんなこと言われたら、さすがの俺でも傷つきます」
低く落ち込んだような声音が聞こえ、ハッとしてローラはヴェルデを見る。そこには悲しそうな、でも何かを期待するような複雑な表情のヴェルデがローラを見つめていた。
「っ、ごめんなさい。……その、あなたに見つめられると、胸が苦しくて……自分でもどうしていいかわからないのです」
顔を真っ赤にして振り絞るかのように言うローラに、ヴェルデは目を丸くしてから片手で顔を覆い、はぁーっと大きくため息をついた。
「そんな顔で、そんなこと言うなんて反則だろ……」
小声でそう言ってから、ヴェルデは掴んでいた片手をぐいっと引き寄せ、ローラを腕の中に閉じ込める。
「そう言ってくれるってことは、ローラ様も俺のことを意識してくれたってことですよね。嬉しいです」
ヴェルデはそう言って嬉しそうに笑う。ローラはヴェルデの腕の中で顔を真っ赤にすることしかできなかった。