「やぁ、ヴェルデ、変わりないようだな。それにローラ様。お元気そうで何よりです」
サイレーン国とティアール国の懇親会当日がやってきた。ローラの目の前には、正装に身を包んだメイナードとその婚約者で美しく着飾ったティナがいる。ローラの隣には正装に身を包んだヴェルデがいた。
ヴェルデとメイナードが二人揃い、その美しい姿にローラは思わず目を奪われる。
(メイナード様もヴェルデ様も普段からお美しい方たちだけれど、こうして正装に身を包んでいると余計に美しさが増している……まぶしいくらいだわ)
「お久しぶりです、メイナード殿下。それにティナ様もようこそお越しくださいました」
ヴェルデがそう言い、それに合わせてローラもドレスの裾を掴んで柔らかくお辞儀をする。ティナもドレスの裾を控えめにつかみ、ふわっとお辞儀をした。ティナは緩くウェーブかかった赤い髪を鮮やかになびかせ、キラキラと細かい宝石が縫い付けられた淡いピンク色のドレスに身を包んでいる。さすがはティアール国の第一王子であるメイナードの婚約者、たたずまいが洗練されている。そしてその姿を見て、ローラはいつかの自分の姿を思い出していた。
(私も、百年前はエルヴィン様の隣でああやって他国の偉い方たちに挨拶をしていたんだわ)
懐かしそうにティナを見つめると、ティナと目が合う。静かに微笑んで会釈をすると、ティナも微笑み返す。だが、その微笑みはどことなくぎこちなく、まるで警戒されているようだった。
(もしかして、私がメイナード様の側妃になりそうだったことを知ってらっしゃるのかしら)
もし何か誤解をしているようであれば声をかけねば、そう思ってティナに話しかけようとしたとき、ヴェルデがメイナードに話しかけた。
「ガレス殿下とはお話に?」
「あぁ、さっき挨拶を済ませてきた。あいかわらず豪快というか大胆な方だね」
「誰が大胆だって?」
メイナードの背後からひょこっと顔を出したのは、当の本人であるガレスだ。
「こういう正式な場で、背後から突然現れるとは……そういうところが大胆なんですよ」
メイナードが苦笑すると、そうか?とガレスは嬉しそうに笑う。
「ずいぶんと楽しそうなメンツがそろっているから、俺も一緒に話をしたいと思ってな」
「ガレス殿下、こういう場ではあまり目立つ行為はなさらないでくださいね。側近の者たちが青ざめてしまいます」
ガレスの後ろでひやひやした顔をしている側近たちを見ながら、ヴェルデが進言する。だがガレスはどこ吹く風だ。
「そういえば、今回は珍しく第二王子も一緒に来たんだな」
ガレスがメイナードにそう言うと、メイナードは少し顔を曇らせ小声になった。
「ええ、どうやらローラ様にお会いしたいようです。……実は、国内でローラ様をティアール国に呼び戻す計画が水面下で行われているようなのですが」
メイナードの発言にローラは驚き、ヴェルデの顔が一気に険しくなる。そんなヴェルデを制すようにガレスは手で遮り、メイナードに尋ねた。
「それに、第二王子が関わっていると?」
「まだ断言はできません。ですが、ローラ様に非常に高い関心を示しているのは間違いないでしょう」
メイナードが苦々しくそう答えると、ガレスは離れた場所で他の貴族と談笑するティアール国の第二王子、アンドレを見つめた。メイナードの異母兄弟であり、ティアール国の第二王子である。やや長めの黒髪にルビー色の瞳で、メイナードと同じく優男の顔立ちをしている。だが、いつも寡黙で何を考えているかよくわからないと陰で噂されていた。
「この懇親会でローラ様に何かしら接触があるかもしれません。どうかくれぐれもお気をつけください。ヴェルデも、ローラ様から目を離さないように」
「もちろんです、ローラ様は渡しません、絶対」
「そうだな、我が国としてもローラ嬢はヴェルデの婚約者でありもうれっきとしたサイレーン国民だ。ほいほいとティアール国へ渡すつもりはない」
ヴェルデとガレスの言葉に、メイナードは苦笑する。そして、ティナはつぶらな瞳をさらに大きくしてローラを見つめた。
「ローラ様は、サイレーン国でとても愛されていらっしゃるのですね」
ティナの口からポロっと言葉がこぼれる。そしてそれに気づいたティナは、手を口元に置いて慌てた。
「す、すみません、思わず……」
「いえ、いいのです。それに、そう思われていることは私にとってとてもありがたいことですから」
ローラが嬉しそうに微笑むと、ティナはホッとしたようにローラを見て微笑み返した。
バンッ
「!?」
突然、大きな音がして会場内が暗闇に包まれた。
「明りだ!明りをつけろ!」
怒号が飛ぶ。するとすぐに明りが付いて、会場内の人々から安堵の声が漏れた。だが、ヴェルデは焦燥した顔で辺りを見渡し、ヴェルデをメイナードやガレスが驚愕した顔で見つめている。ティナは青ざめて両手で口元を覆っていた。
「ローラ様……!」
さっきまでヴェルデの側にいたローラの姿が、どこにもなかった。