「お母さん、Atlantis World』ってゲーム知ってる?」
「どうしたのよ、突然。知ってるも何も、今も普通に遊んでるわよ」
「疾子もAWOに興味が出る年になったか。自由度の高さで言えば段違いだもんなぁ」
男父さんはよくお母さんのレストランに顔を出してそこですっかり胃袋をつかまされてしまったとか。
リアルでの食事も栄養バランスしか考えていないのがほとんどの中。
うちの食事はバランスも味も兼ね備えている。
それはひいおばあちゃんからの教えなんだって。
私もちょっとづつ教わってるらしいけど、全く身に覚えがなかったりする。
きっともう一人の私なんだ。
是が非でも問い詰めたい。
そのためにも意思疎通をするのが最優先だった。
「私ね、子供の頃からずっと不思議なことがあって」
「どうしたの? 誰かにいじめられた?」
「ううん、そうじゃなくって」
私はその日、身の回りでずっと不思議なことが起き続けていたことを両親に打ち明けた。
母さんは押し黙ったまま、何かを言いあぐねていた。
そして父さんは、意を決したように口を開く。
「疾子。昔、君には弟ができるはずだったと言う話をしたことは覚えてるかな?」
「そういえば」
そんなことを聞いたことがある。
私は二卵性双生児で、双子で生まれてくるはずだった。
「もしかしたら、その不思議な現象は、生まれてくるはずだった弟のハヤテが原因かもしれないね」
「ハヤテ、それが私の……」
「ごめんなさいね、弱い母で。疾子だけでも無事に生まれてきてくれて、お母さんはもう一人の子が息を引き取ったと聞いた時、ショックで何も手につかなかったことがあるの」
「母さんは特におじいちゃん子でね」
「どうしてそこでおじいちゃんが出てくるの?」
父さんは口を濁した。
私の弟は、おじいちゃんがゲームで遊んでいたネーム【アキカゼ・ハヤテ】の一部から取ったのだそうだ。
だから生まれた時に心臓が動いていなかったことに大層心を痛めていたそうだ。
「そうなんだ。お母さんにとって私は……」
大切じゃないんだ。
そこまで言いかけて……急に抱き止められた。
「大切に決まってるじゃない! お腹を痛めて産んだ子よ! ただ、可能であればもう一人とも出会いたかった。それだけだから」
「ごめんなさい」
「いいの、わかってくれたら」
悪い予感はあった。
けどそれは杞憂で、自分の思い上がりだった。
どちらが上とか下とか関係なく。
私は私のままでいいんだって、そう言われた気がして。
だからこそ、私は。
その弟と真っ向から向き合わなくちゃいけないと思った。
「今日ね、学校で顔も名前も覚えてない子にあったの」
「うん、それで?」
両親の表情がことさら険しくなる。
何かを知ってるのかな?
「その子はね、私にそのゲームをやってみたらって誘ってきて」
「そう。あなたの中にいるかもしれないもう一人が、探してる人かもしれないと言うことね?」
「探してる?」
「こちらの話だ。今AWOでは大規模な開拓が求められていてね。かつてその地域を探索していた筆頭探索者と言うのがいたんだ」
それが私のひいおじいちゃん、【アキカゼ・ハヤテ】だったと言う話で。
私の中にはひいおじいちゃんの名を冠した弟が入っているかもしれないと、そういっていた。
名前も顔も覚えていない誰かは、私の弟に会いに来ていた?
ますます興味が湧いた。
私を介して、私を見ていない。
違和感の正体はそれか。
今や名前も顔も思え出せないあの子は。
最初から私なんて眼中になかったんだ。
友達だと思ってたのは私だけだと思うと、かーなーり、悔しい。
次あったらそこんとこ追求してやろう。
「お母さん、私弟に会いたい。あって、今までズボラに生きてきてごめんなさいって言いたい!」
「いつもいい子だったあなたはあなたじゃなかった?」
「うん、正直、その楽さ加減に甘えてたのは事実。でも、私の知らないところで勝手に実績が積み上がっていくのは、恐怖体験でも何者でもないよ」
「ああ、おじいちゃんそう言うところあるから。そっか、おじいちゃん、私のところに来てくれてたんだ。私、全然知らなかった」
お母さんは泣き崩れた。
娘の前で恥ずかしいと言いながらも、大粒の涙をこぼすことを恥じない、大泣きだ。
お父さんにあやされて、ようやく落ち着きを取り戻す頃にはすっかり普段通りに。
普段見せない姿に、私の方が動揺するくらいだった。
お母さんは懐かしそうに昔の思い出話を聞かせてくれた。
真面目で頑固で、世話焼き。
こうと決めたら最後まで見届けるし、変に凝り性という話だった。
身に覚えがある。
私の身の回りに起きた怪奇現象も、やけに手回しの良さが目立った。
私の人生に過剰なくらいに干渉してきて、全てを卒なくこなすところに変な共通点があった。
そんな全能感を今、私は手放そうとしている。
弟に会うということはそういうことなのだ。
それは普段のズボラ具合をみんなに見せるということに他ならず、絶対に手放したくないという思いまで喉元に出かけてーー
飲み込んだ。
私はこれから自分の世話を自分ですると決めたのだ。
弟には、弟の人生がある。
生まれてこなかったからと、私が好き勝手していいわけがないから。
だから、私はそのゲームにログインすることに決めた。
その前に、キャラクター設定を挟む。
どんなキャラがいいかを悩んで相談していたら、お母さんは意外な発言をした。
「おじいちゃんはヒューマンで、パッシブオンリーでやってたのよ」
「え、遊べなくない?」
お母さんの説明に、思わず反発する。
このゲームの自由度の高さは知っている。
だからこそ、それで遊べるか疑問が残った。
ワンブリでも、高い自由度、味覚に聴覚、感触など細かい設定がなされている。
重力による軌道など、羽ばたくのに必要なスタミナなどの細かい計算がなされている。
「実際に、おじいちゃんはここに私たちが望むような遊びをしにきてはいなかった」
「じゃあ何をしに?」
お母さんはスクリーンショットを撮るポーズをした。
おじいちゃんは「ゲーム内の風景を切り取って、今日はこんなところに行ってきたよ」などの画像をブログに納めていたのだそうだ。
腰を痛めて、リアルで無理ができないからと、ゲームの中でまでも撮影に準じたんだって。
そこに病的なまでの執着を感じた。
「それで、1回目のブログから街防衛イベントのトリガーを踏み抜いてね?」
「はい?」
思わず聞き返した。
何がどうなって、そうなるのか。
けど、そんなお騒がせなひいおじいちゃんだからこそ、お母さんたちは楽しい毎日が過ごせたと聞く。
「いよいよだね」
「準備はいい?」
私はお母さんに連れられ、目的のエリアにやってきていた。
「いた、スワンプマンよ」
お母さんはスクリーンショットの姿勢。
その間にも泥でできた人形は距離を詰めてくる。
「弱点は変わってない、耐久は20」
「倒しちゃいけないんだよね?」
「うん、今のトキにはちょっと強い相手だよね」
トキ。それは私に対するコードネーム。
このアバターの名前は、今後この肉体で活動する弟の名前がつけられていた。
ハヤテ。
生まれてくるはずだった私の弟。
私はそこでスワンプマンに袋叩きにあい、キルされた。
お母さんたちはログアウトした私に目もくれず、その場で私の体を乗っ取ったスワンプマンに話しかけたそうだ。
もしあの子の言っていることが嘘なら、キルされ損もいいところ。
けどお母さんは諦めずに話しかけたという。
「こんにちは、ハヤテ、でいいのかな?」
「?」
「今はまだ意識がないのかしら?」
「あれ、私はどうしてこの体で」
問いかけられて、そこに意識があることを確認。
あとはそれが誰かを追求して行くだけだったとか。
「あなたはアキカゼ・ハヤテかしら?」
「それは誰?」
「ではあなたの名前は?」
「ハヤテだけど?」
「じゃあ、ここではハヤテちゃんと呼ぶわね」
「納得いかないけど、はい」
意識はあった。
でも中身が判明しないようではどうしようもない。
もし中身が弟だったなら、私は別アカウントを作ってでもログインするつもりでいた。
質問は何度もおこわれた。
「今自分がどういう状態かわかる?」
「肉体を手に入れた。泥ではなく、もっと頑強で、動きづらい」
「今後あなたの入るボディよ、慣れなさい」
「難しい」
会話は無意味な思考で統一させられ、個人が出てこない。
仕方がない、とお母さんは強行手段に出たという。
「テイム」
「あぐっ」
「体をかえしなさい、泥人形」
「バイバイ、マスター」
全く違う魂が入っていたことが判明した。
お母さんはテイマー。
アトランティス陣営に所属するテイマーで、中身を追い払うことで対処した。
数度その行為が行われ、所詮噂は噂でしかなかったと諦めた時に、その奇跡は起こったらしい。
「君もなかなか頑固だね。泥人形のフリもなかなかハードだったよ?」
「やっぱりさっきのはおじいちゃんでしょ?」
「バレたか」
「知らないと思った? 泥人形は意思を持たない。意志を持つのは古代獣からだって」
「おっと、そうだったかな。とはいえ大きくなったね、マリン。ずっと近くで見守っていたけど、この姿で改めて見ても綺麗だよ」
「やめてよ、恥ずかしい。私なんてもうおばさんだよ?」
「なら今の私は君の息子だ。なんら恥じることはない。親孝行というやつだよ」
「息子? その体は?」
「女の子だね。ふむ」
私の生体認証でキャラは女の子になってしまったからね、仕方ないね。
ハヤテは弟だけど、ゲームの中では女の子でやっていくしかないのだ!
残念!
「あれ、もしかして私は君に娘と認識されているのかな?」
「そうじゃなくても、娘の代わりにあれこれやってて男だった時の感覚はもう覚えてないんじゃない?」
「あー、うん。前の記憶がうっすらあるくらいで、肉体操作は女の子の方が慣れてはいるね」
「じゃあ今からハヤテちゃんで」
「納得いかないけど、よろしく」
「親の権限です!」
「グエーー」
そのあと軽いスキンシップを交えて、お母さんたちは帰ってきた。
ハヤテは、私のアカウントを乗っ取ってログインもログアウトもできるようになったんだって。
でもリアルで意思疎通を取る手段はないから、お母さんが何か手段を考えてくれるらしい。
私はその時を楽しみにした。