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第3話 輪廻の果て

 私、笹井裕次郎の人生を振り返るなら、大往生と言って差し支えなかった。


 ずっと見たかった孫の婚約者の顔も見れた。まさか一度遊んだことのあるあの子だったとはね。

 ケンタ君は御愁傷様。


 結婚式に参列した。

 最後まで参加できず、途中で病院に運ばれたけど。

 私が息を引きとる前に、孫や娘たちの家族も全員集まった。

 『VR井戸端会議』に場を移しての葬儀は大々的におこわれた。


 これ以上を望めばバチが当たるんじゃないか?

 そう思わずにはいられないほどだろう。


 AWOを始めてからできた友達も皆旅立った。

 若すぎる死。


 リアル世代で生きていた第一世代がVRの申し子に張り合ったのが原因だった。

 皆が皆、脳に異常を引き起こしてこの世を去った。


 私にもまた、同様の腫瘍が脳に見つかった。

 VR空間に電脳を作ってそこで暮らすという手もあったが、いつまでもこんな老耄が先頭を走り続けるのも後続が育たない。

 だから私は天寿をまっとうすることを選んだ。


 皆がそれを受け入れてくれた。

 私は満足して逝けた、と思う。



 さて、肉体を捨て去ったら随分と身軽になった。

 探偵さんやジキンさんはこんな感覚をアトランティス陣営で味わったのだろうか?


 できることならば、テイマー以外の選択もしておけば良かったなぁ。

 スズキさんともお別れを満足にしていない。

 クトゥルフさんは、まぁあの人は大丈夫か。

 私のような矮小な存在とは比べ物にならないほどに大物だし。


 ふぅ、意識がどんどんと薄らいできた。

 私の魂もそろそろ潮時か。


 良い、人生だった。

 いい、じんせいだった。



 ブツン!

 私は意識を暗転させ、そして新しい人生が始まった。




「ほぎゃあ、ほぎゃあ」


「おめでとうございます。お母さん、元気な女の子ですよ」



 夢を見ている。



「生まれてきてくれてありがとう。疾子」


「もう一人の方は、残念ながら」



 赤ん坊の誕生シーンだ。

 サイズから見て双子だったのかもしれない。

 一人はお腹の中に取り残された。


 そこに入るはずの魂が、私だった。

 だからこうやって周囲を浮遊しているのかもしれない。



「疾子、私の愛しい子」



 私の母親は……孫娘だった。

 OH、こんな偶然があるのか?


 そういえば、子供が生まれたらハヤテって名付けるって言っていたものなぁ。


 まさか本当にそうなるとは。


 でも私は、生まれてくることが叶わなかった。

 出産前に呼吸が止まっていたそうだ。

 仕方のない、誰も責められない。

 悲しいのは孫も一緒だ。



「オイデ……オイデ……」



 どこからか、声が聞こえてくる。



「イッショ、イッショ」



 どうやら、生まれた姉が一緒に暮らそうと誘いの手を差し伸べてくれているようだ。

 私はその中に入り込み、孫娘の家庭生活を遠巻きに眺めることになった、


 ………のだが。




「やーだ、やーだ! 買って買って買って! まままままままままままま!」



 私の姉はとんでもない駄々っ子だった。

 そして騒ぐだけ騒いだらぐっすり寝る。

 非常にコスパがいい体質をしていた。



「騒いだと思ったらもう寝てる」


「ずっとこうだったらいいのに」



 子育てとはそういうものだ。

 私も散々妻に苦労をかけた……いや、どうして私は昔の記憶をこんなにも鮮明に覚えているのだろうな。


 それはさておき、このままじゃ姉はダメになる。

 そう思った私は、勝手のわからない姉の中に入り込み、いい子を演じた。


 少しでも修正を図ろうと努力したのだ。


 女の子の生活は何かと苦労の連続だ。


 肉大好き! 野菜嫌い! 油っぽいものはもっと大好き!

 そんな食生活を送っていれば、ニキビがわんさかできた。


 男の頃は潰していたが、女ではそれではダメだと孫娘(母)から徹底的な治療を教わる。


 当然、聞いてるのが私なので姉はまるでケアをしない。

 グータラ三昧だ。


 そして姉は大変に勉強が苦手だった。

 将来絶対に苦労することがありありと見える。


 私はむしろ昔を懐かしみ、今の子はこんなことを習うんだなぁと入れ込むほどだった。


 ちょっと大人気ないほどに、小学生時代は神童と呼ばれる。

 普段があんなだから、ギャップでモテたりもした。


 姉は誰にでも分け隔てなく話しかけられるサバサバ系女子。

 私の肌の手入れもあって、コスメのことを聞かれると少し顔色を悪くした。


 何もしてない、ただ水で洗ってるだけ。

 姉の返答はいつもそれだった。


 そして私は、彼にあった。ナイアルラトテップ。

 どうして彼が現実世界にいるのか、わからないことばかりだ。

 誰かの2Pカラーなのか、今度は女生徒に扮していた。


 今でもAWOは続いていて、その影響は現実世界に広がっている。

 誰かを探している。


 その誰かがわからないが、彼は姉に目をつけた。

 まるで中にいる私の存在を存在を見抜いているかのように、誘いの手を打ってきた。



『Atlantis World online』



 私が前世で遊び倒したゲーム。

 そして、謎を多く残したまま引退せざるを得なかったゲーム。


 後続を育てる礎はこれでもかと積み上げたが、彼らはあの世界を攻略できているだろうか。

 姉の中に入りながら、そんなことばかりを考えていた。


 母は、父は、今もあのゲームに囚われている。

 世間で言うほど流行ってもいないタイトルに、親世代だけがやたらとログインする。

 まるでそこにある秘密を暴くまでやめられないと言うように。


 生前の私と同じく、日常の息抜きをあの中に求めているようだった。

 そして私は、姉が学校に行っている間にとある人物と相対する。


 彼、いや彼女は学園で姉に接してきた姿で私の前に現れた。



「やっときたんだね、待ってたよ」


「人違いじゃないかな? お姉ちゃんは今学校だよ」


「あの子は君の素体だ。そうだろう? 用があるのは君だよ、アキカゼ・ハヤテ」


「全く、君はまるで成長してないんだから。あの偽名は何? 並び替えたらナイアルラトテップじゃないの。もう少し忍ぶ気はないの?」


「構わないよ。どうせ記憶は消すんだ」


「それは証拠隠滅というより、君の悪い癖だ。お姉ちゃんが今以上馬鹿になったらどうするつもり?」


「どうもしないよ。私の目的は後にも先にも君を引き出すことだった。お父様が待ってる。ドリームランドへ来い、アキカゼ・ハヤテ」


「私はもうその存在ではないのだけどね?」


「何?」



 今の私は姉の影、ドッペルゲンガー。

 故に。



「今の私はハヤテ。女の子だよ。かつて君たちを手玉に取ったアキカゼ・ハヤテではない」


「何を言っている? 私を前にしてそのような戯れを」


「わざわざご足労掛けて恐縮だが、今の私ではあなたとそのお父様の役に立てそうもない」


「面白いことを言う。ならなぜ、我の威圧にこうまで抵抗する? 人間風情が!」



 少女のアバターが、膨れ上がる。

 炎でできた五つの目が同時に開かれた。

 肉体が肥大化し、テラテラとした触手が異臭とともに世界に満ちた。



<warning!>

<ナイアルラトテップが顕現しました>



『普通のプレイヤーなら、この姿を見て発狂し、強制的にログアウトする! お前はしない。なぜならアキカゼ・ハヤテその人だからだ! だから来い。今は弱くともお前の力が必要なのだ』


「純粋にあなたが怖くない。あなたと言う人物像を理解している。君はウィルバー・ウェイトリイと一緒なんだ。お父さん大好きで、自分が優秀でなければ、完璧でなければいけないと考えてしまっている真面目くん。だから優秀な手足が欲しいのだけど、周囲に厳しくしすぎて誰もついてこないと嘆いている」



 私のかつての娘、長女【シェリル】とそっくりだ。

 だから御し易い。

 怖くない。周囲に恐怖を伝染してるのは、その方が都合が良いからで。

 逆にいえば面倒ごとが嫌いなだけだ。



「むしろあなたはその劣勢の中でよく頑張っている方だ」


『お前に何がわかる!』


「私はあなたじゃないので何も。でも、あなたの悩みを導いてやることはできるよ。どう、少しくらいは相談のるよ?」


『ふん、無駄な時間を使った』



 とか言いつつも、彼は頻繁に私の前に現れた。

 内容は世間話みたいなものだが、彼は切羽詰まっているようだった。


 概ね、ドリームランド界隈の愚痴である。

 私ほどあの世界に入れ込んだプレイヤーは少ないらしく、いまだに全ての開拓が終わってないということを愚痴られた。

 そんなの私に言われてもって感じだよね。


 どうも今の世代は全く開拓に関与したがらないそうだ。

 そりゃGMとしては嘆かわしいことだよなぁと思いつつ、私は久しぶりのAWOの世界を歩く。


 もう、同世代のフレンドや妻のいない世界で。

 私は女の子のアバターを動かしながら再びAtlantis Worldの世界を楽しむのだった。

 自由奔放な姉と一緒に。


 今度は何をして遊ぼうか。

 怪異との関わりはなるべくノータッチで、女の子らしく料理とかしてみようかな?


 スクリーンショット? ブログ?

 そっち系はリスクの元だからね。

 あまり関わらないようにはしたいかな?

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