「ハヤテ」
「姉さん」
私はハヤテ。
本当なら生まれてこなかった魂ではあるのだけど、今こうして活動できる権限をもらった存在。
今回私に機会をくれた姉に変わり、私はこのゲームの案内役を務めることになっていた。
すでにフレンドも結んでいる。抜かりはない。
どちらかと言えば向かうの監視対象になっているのは私の方だけどね。
問題などないのである。
「今日はどこに連れて行ってくれるの?」
「どこがいい? 景色のいい場所、歌って踊れる場所、ゆっくり落ち着ける場所」
「ハヤテのおすすめでいいよ」
「了解」
姉と一緒に歩く。
生体データが一緒なのでまるで双子だ。
いや、うん性別こそ違うけど本来は双子で生まれるはずだったからね。
何も間違いはないんだけど。
「それではお嬢様、エスコートをさせていただきます」
「同い年だから、あたし達」
「もー、雰囲気ぶち壊しだよ」
私はその場で下半身を魚にする。
かつてこの世界を変貌させた存在により、種族選択に新たに加わった種族。
ハーフマリナー。
「わ、すごいねそれ」
「姉さんもできるよ」
特徴的な耳のシルエット。
私と同じ種族を選んだのは丸わかりだ。
「どうやるの?」
「コツを教えるね」
手を取り、軽くジャンプしながら頭の中で『尻尾生えろ』と念じると。
「わっ、変化した」
「泳ぎ方はわかる?」
「イメージは得意!」
「そうだったね」
VR適性の高い第五世代ならではの感覚だ。
姉はすぐにハーフマリナーの体の動かし方を把握した。
「それじゃあ、空の旅にご案内します」
「おねがーい」
私は知ってる限りの空の景色を一望できる観光を案内する。
そこで姉は不思議な光景を見つけた。
街の中央に噴水。
しかしその直線上の街の外。森の奥深くに大きな卵を発見する。
「ね、あの卵はなあに?」
「あー、あれはねー」
なんて答えてしまおうか。
このゲームにバトルをしにきたわけでは姉に、夢のある話をしてみたい。
そう考えた私は、あれは特殊ボスモンスターの卵で、あとで行けるようになる転職クエストでテイマーになれば使役できるようになるんだよと答えた。
嘘は言ってない。
テイムはできるが、飼い慣らせるかは別の話である。
「あの卵、街を飲み込むほど大きいけど、テイムできるんだ?」
「成功率は5%かな」
「あー、失敗前提のテイム?」
「そうそう、体力はびっくりするくらいあるし、あとは目からレーザーを出しちゃう」
「うわぁ、ファンタジーどこ行ったのよ!」
それはほんとにそう思う。
でもファンタジーの皮をかぶってるうちは出てこないからね。
「面白い生態系をしてるんだよね」
「AWOも面白そうだわ、本格的に遊んでみようかしら」
一般的なゲームを遊んでる子にはおすすめしにくいゲームではあるんだよね、ここ。
ガッツリ神話生物に絡むんなら全然平気だけど。
姉はちょびっと怖いものが苦手だ。
明るくて楽しいことが大好きだから。
「そういえば、お母さんはどこまで進んでるって?」
「ハヤテは詳しいんじゃないの?」
「離れて久しいからね。アイドルしてたのは知ってるよ」
「お母さん、アイドルしてたんだ!?」
確かに普段を知ってれば、アイドルをしてたなんて微塵も感じさせないもの。
「驚きだよねー。姉さんも別ゲーで吟遊詩人ロールしてるんでしょ? あとで詳しいお話聞かせてよ」
「専用の楽器とかないからなー」
チラチラと「楽器があれば披露できるけど、今はなー」みたいな雰囲気を醸し出す。
楽器がないのでこの話は先送りにしたいみたいだ。
「そこは地道に遊んで、ゲーム内マネーを貯めてさ」
「じゃあ、ハヤテに宿題です。次に私と遊ぶ時までお金を貯めておくこと!」
「うーん、目標金額は?」
「そこは実際のお値段を見てみないことには」
それはそう。
「じゃあまずは」
「そうね、楽器屋さん巡りかな?」
AWOにあったかな?
私は過去他人に頼りまくって生きてきたから、詳しくは知らないんだよね。
でも、大々的な音楽は根付いたと思うからあると想定して動く方が楽しそうだ。
空を泳ぐのを一旦やめて、地上に降りる。
地上を歩くのは魚の足より人間の足のほうが適していた。
「ハヤテは順応が早いねー」
「慣れってやつかな?」
「あたしよりちょっとだけ早く始めたくせにー、お姉さんぶって」
「痛い、痛いよー」
デコピンでべしべしおでこを弾かれた。
昔の記憶通りにできたと言っても理不尽に感じられてしまうだろうし。
正直感覚通りに動いてくれて助かったというのが本音か。
それから数十分。
歩けど歩けど楽器屋は見つからず。
「やっぱりないかな」
「歩くのクタクター、やっぱり泳ぐー」
「走るのはスタミナ減るんだよね」
泳ぐほうが断然スタミナの減りは少ない。
ハーフマリナーは地上と海域のちょうど中間を生きる存在なのだ。
人型で、歩ける足と、水の中を自在に泳げる特性を持った新人類。
けど、器用貧乏で特化型よりすぐ入れることはないのが玉に瑕。
昔はスタミナゲージが消滅してたからすっかり忘れてた。
「泳ぐと一瞬で過ぎ去っちゃうからそれもそれで物探しには向かないんだよねー」
「じゃあ、先に休憩できるところ行こ!」
「そうだね、知ってるところが潰れてなければそこ行こうか」
「ゴー」
物を探すなら、やはり知らない店より知ってる店だ。
私が初めて孫を連れてきた店は、今も変わらず営業していた。
噴水通りの一等地だ、誰もがその場所を求めるので、客層こそ変われど相変わらず人がごった返していた。
「うわー、いろんな種族がいるのねぇ」
「姉さん、失礼だよ」
ここじゃ私たちも数ある種族の一つ、ハーフマリナーだ。
ケモ耳や、100%獣まで包括するAWOにおいて、種族の多さは多岐にわたる。
だからその種族を珍しがるというのは、まぁまぁ失礼にあたるのだ。
「ごめんってば」
空いてるテーブル席に座り、目の前のメニューから注文を出す。
「姉さんは何がいい?」
「美味しいの!」
「ほう、味に拘りますか」
お母さん(マリン)は効率重視だったのを思い出しながら、でもその子供はそっちに行ったかと意外そうに見つめる私へ。
「今遊んでるゲームは美味しいのいっぱいあって迷っちゃうんだよねぇ。普段はそんなに食べないあたしだけど、ゲームの中だとなんだかんだ食べれちゃう!」
「それ、わかるなぁ。私は実体がないから、こうやって口にするのは姉さんを通して以外は初めてだ」
「じゃあ、尚更美味しいの食べなきゃだ」
ただ小休止のつもりで入った喫茶で、割とガッツリ系の食事をいただいた。
所持金の大半を使い潰し、食事中はあれこれと掲示板で情報を集めた。
そこで判明したのは、ファストリアに楽器屋は存在していないという、あんまりにもあんまりな結果だった。
「あちゃー」
「最初からこうやって調べたらよかったかな?」
「でもあたしは、こうやってハヤテと一緒におしゃべりしたり無駄にいっぱい歩き回ったりしたのは楽しかったよ?」
「うん、私も」
普通に落ち会って、普通に遊ぶ。
そんな感覚は随分と久しい。
「それじゃあ、今日はこれでおしまいかな?」
「じゃあ、私は楽器の入手先とお値段を調べておくね」
「あ、そっか。ハヤテとはここでお別れなんだね」
「別に私はいなくなったりしないよ? ここでやることを終えたら、姉さんの体に戻るから」
「うん、でも学校で眠りそうになった時とか、試験の時は戻ってきて欲しいかなって」
「ズルしたいだけじゃん」
ちょっとだけ冷めた目で見てやると。
「ぐぬぬぬ、だってぇ」
泣き始めてしまった。
本当に仕方のないお姉ちゃんだ。
「うん、まぁ私もそういうふうにサポートしすぎちゃった私も悪いんだけどさ」
「そうよー、ハヤテはあたしがこうなった責任をとってもらうからね!」
「はいはい」
「それじゃ、また!」
「うん、また」
私は姉と別れた。
ひどい喪失感を覚えながら世界に揺蕩う。
楽しかったな。
また、なんでもない空間でおしゃべりをしたい。
そんな仲間を、今後とも増やしていきたいものだ。