あれから肥料作りに邁進していた私は、ついに一つの最適解へと辿り着いていた。
肥料の奥深さは作って終わりじゃないところにある。
何と畑には『属性』があり、野菜は種類毎の『力関係』があった。
この法則をうまく読み解かねば、高品質野菜を収穫することなど不可能。
私は農業のスタートラインにも立っていないことを理解した。
しかし失敗を続けたことにより、一つの法則を理解する。
それが、畑の属性にマッチする野菜の『力関係』の相乗効果だ。
これを理解することにより、私は三つの野菜を高品質で収穫することに成功していた。
それが新玉ねぎ、人参、ジャガイモである。
このまま肉じゃがにも、カレーにも、シチューにもできてしまうレパートリーの多さだ。
しかしバイト先で扱うサラダなどには全く不向き。
できることならレタスやキャベツ、トマトあたりを収穫したいところである。
案の定、その三つは低品質のまま。
カレー三姉妹の属性と対立する形で畑から栄養を奪われ続ける形になっているのである。
どうにかしてこの力関係を分散させたいと考えているが、未だ答えは出ぬまま数時間を過ごしている。
「あちらを立てればこちらが立たず、といった感じですね」
「でも高品質のお野菜の収穫はできたんでしょ? 上出来じゃない」
「そうなんですけどー」
私が納得いかないのだ。
現にひよりさんはあの畑の全てを高品質で回せていたという事実。
私はどうしてもその位置に辿り着きたい。
もはや意地であった。
「ひよりさんはどうやってあの畑を運営してるか、その謎を知りたくてですね」
シズラさんは顎に手を置いて考える。
「そもそもあの子はこの道何十年のベテランよ。昨日今日始めたハヤテちゃんがすぐに追いつこうって考える方が異常よ」
「私、熱意の掛け方おかしいんですかね?」
自覚はあったが、そののめり込み具合は異常と言われてショックを受けている。
「その熱意はとても大事なことよ。他のみんなはそこまで熱意を持って畑に執着できない。その個性は大事にしまっておきなさい」
「はい」
「今は屋台の準備。お手伝い願えるかしら?」
「はい!」
今考えたって答えは出ない。
それでいいじゃないか。
何で私はすぐに答えを出してしまいたいと考えるのだろう。
やっぱりどこかで前世に引っ張られてるんじゃないかな?
ここへはただ姉さんと一緒に過ごすことだけを考えておけばいいのに。
指示を出されるがままに料理の手を進めると。
すぐにどうでも良くなった。
料理は楽しい。
昨日つまづいたところでも、今日は全く違う形式を見せてくれるから。
それをかつて私は冒険に見出した。
今私はそれを料理に見出している。
「二番テーブル様、オムライスお待たせしました」
配膳をし、接客をする。
それを食材がなくなるまで続け、終わった後はレストランでレシピを閃くまで繰り返し一つのメニューを作り続ける。
料理は面白い。
錬金術の面白さとは甲乙つけ難い。
本当に、どうしてこんな面白いものに今まで目を向けてこなかったんだと今更ながらに後悔。
「店長、新メニュー開拓したんで味見お願いします」
「お、最近好調だね」
「今本当に楽しくて、このゲームを勧めてくれた友達に感謝しかないんですよね」
進めてきたのはナイアルラトテップだけど。
もっと違う活躍を期待した上でのおすすめだけど。
「良い友達を持ったね。じゃあ、この料理はその友達に一番に食べさせてあげないと。私が味の評価をするのは全然構わないけど」
「そうですか?」
「うん、ひらめきレシピっていうのは登録者の味の好みが尊重されるから、万人ウケしないやつなんだよ」
「そんな仕掛けが」
「だからあたしはうっかり酷評しちゃうかもしれない」
「レストランのオーナー基準の評価としてですね?」
「ええ。でも、同年代の味覚が一緒の子なら」
「高評価を得られると?」
「そういうこと。ハヤテちゃん、料理を食べさせたい相手がいるっていってたわよね?」
「ええ」
「その子なんでしょ? 食べさせたい相手って」
何でもお見通しだって顔だ。
やはりこの人には頭が上がらない。
大人は子供をよく見ているのだ。
「はい」
「なら私は尚更手をつけられないわ。ひらめきレシピは今後私じゃなくてその子にあげなさい」
「そうします」
「それとは別に、また命のかけらを仕入れておいたのだけど」
ここで交渉の場を設ける。
私の『加工肉製作』スキルから、骨粉への変化率が低いことを見越しての提案だ。
「今の在庫は『鶏A』が200『豚A』が100『牛A』が30、『サーモンA』が20ですね」
「上出来」
左から単価で命のかけらを10、30、50、100で仕入れる。
もうバッグの中は命のかけらまみれ。
絶対ぼったくられてるという勘ぐりがあるが、実際私も助けられてるので見て見ぬ振りをした。
「ハヤテちゃんがきてからお肉の仕入れが楽ちんで助かるわー」
「こよりさんも仕入れられますよね?」
「あの子の錬金、畑に特化してるから『加工肉製作』スキルは派生させてないのよね」
「あー」
私ほど浅く広くはしていない特化型なのだとか。
「つまりは、シズラさん仕様だと?」
「まぁ、そういうことね」
私が姉さんに向けて料理を頑張りたいのと同様に、こよりさんはシズラさん向けに畑と調味料を選任しているらしい。
持ちつ持たれつという関係だ。
それをちょっとだけ羨ましく感じながら。
「じゃあ、今日はこのままログアウトしてしまいますね」
「お、今日は徹夜してかないんだ?」
「家族に夕食までに帰れと言われたので」
「子供は親の言うことを聞かなくちゃ。親孝行は親がいないとできないんだからね」
当たり前のことを、とは思わない。
きっと彼女は孝行するチャンスの間もなく失ってしまったのだろう。
私はそれを受け取りながら後ろ髪を引かれるようにログアウトした。
今日早くログアウトしたのは、母さんからコールが入ったからだ。
ゲーム内にこうやってコールが入ること自体初めてのこと。
何かしら手を入れたのだろうか?
何にせよ、私を大切に扱ってくれているのが嬉しく思う。
「ハヤテちゃん、帰ってきたらそこのお人形に入ってくれる?」
お母さんが指さしたのはキッチンの中央にある人形で。
それはどう見ても懐かしい鯛の形をした手足の生えた人形で。
「そのお人形さん、手足が動くようにできてるから。それでポーズをとってもらえる?」
「|◉〻◉)b」
「ハヤテ、今度からそのお人形さんの中で一緒に生活できるね」
私は早速サムズアップをしてみる。
姉さんが抱き抱えるように私にタックルをかました。
腑が出る衝撃に耐えながら、手足をバタバタさせる。
「|>〻<)」
「お母さん、これっておしゃべりはできないの?」
「できないわね。そう言うのはゲームの中でしなさい。さぁ、晩御飯をいただくわよ」
「はーい」
その日から私と姉の奇妙な共同生活がスタートした。
姉が寝落ちした時はそのまま入り込んで動かし、姉の意識がある時はこのスズキさん人形に入って一緒に寝たり。
まぁ、なんだ。
ちょっとだけ昔を懐かしんだ。