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第12話 姉とメンテと長期休暇

「|ー〻ー)」


「ハヤテー、なぁにその顔は?」



 私の心は凪いでいた。

 今の私は人形の中。

 肉体へダメージは一切ないのだが、まぁ姉からの私に対する扱いに関して少しだけ問題を提起するならば。

 すごく乱暴に扱われていると言うことくらいか。


 今の私は自分で立って歩くこともできない。

 故に行動は姉任せ。

 乱暴、といっても人間基準に向けるエネルギーを人形で受け取れば、まぁまぁ壊れるくらいの感覚である。

 姉はスキンシップに飢えていた。


 じゃあ、ゲームにログインすればいいじゃないか。

 そう思われるかもしれないが、姉には学校も習い事もある。

 私と同じようにゲーム三昧とはいかないのだ。



「|ー〻ー)」


「ハヤテ、言いたいことがあるならちゃんと言いな?」


「|ノシ>〻<)ノシ」



 喋れない私にとって酷な発言。

 私は手足をバタバタさせて最後の抵抗を試みた。


 母としては、姉さんがリアルでも寂しがってることを苦慮してのぬいぐるみ導入だったかもしれない。

 けど、出来上がったのはぬいぐるみに話しかけるやべー女の子の誕生であった。

 独り言よりパワーアップしているのである。



「ハヤテちゃん、もう少し辛抱してくれる? メーカーから音声アナウンス機能を追加してもらえるように改良案を促しているから」



 メーカー?

 これメーカー品なの?

 てっきりお母さんが手縫いしてくれたものかと思った。

 スズキさんの存在を知ってるメーカーって何?



「お母さん、ハヤテ喋れるようになるの?」


「思ったまま、は難しいけど言語パターンを入れておくから、その場に適したものを選べるようにしてもらう程度ね。今はしゃべりたいパターンを記録中だからちょっと待ってね」



 お母さんはそんな言葉を述べた。

 ボイスロイドとかそんなものだろうか?

 あれは、一定の音声パターンを記録しておいて、それをコンピューターに喋らせる機能だったが。

 今の私にそれをつけると言うのだから技術の進歩はすごいものだ。

 こんな人形でしかない私に。


 うん、まぁ早々に壊れる未来しか見えない。

 喋れたら喋れたで忖度合戦が待ってるだろうからね。


 本当に数日もしないうちに音声サンプルが届いた。

 その内訳がこれである。


 ・お姉ちゃん、大好き

 ・お姉ちゃん、キラーイ

 ・お姉ちゃん、苦しいよ

 ・お姉ちゃん、顔洗った?

 ・お姉ちゃん、おはよう

 ・お姉ちゃん、もうお昼だよ?

 ・お姉ちゃん、早く寝ないと明日に響くよ?

 ・お姉ちゃん、ご飯食べよ?

 ・ご飯、美味しかったね

 ・お母さんおはよー

 ・お父さんおはよー

 ・おやすみなさい

 ・いってらっしゃい

 ・おかえりー

 ・ただいま

 ・今日は何があったの?

 ・ゲームでね、お話したいことがあるんだー

 ・一緒にゲームで遊ぼ

 ・私も

 ・私が

 ・私と

 ・一緒に

 ・別で

 などだ。


 ほとんど姉さん中心の会話構成なのは、まぁそう言うこと。

 リアルでは姉と一緒に生活してるからである。



「|◉〻◉)お姉ちゃん、大好き」


「あたしも好きだよ、ハヤテー」


「うふふ、早速気に入ってくれたようね」


「よかったな疾子」


「うん! 特に今日から夏休みだからね。いっぱい遊べるよ」


「あら、別のゲームをやってなかったかしら?」


「ワンダーブリンクオンライン?」


「それ」


「なんか長期メンテナンスに入っちゃって、遊べないから友達連れてAWOに移住しようかなって」


「長期メンテ? それは大変ねぇ」


「うん、でも一時的だよ。キャラ作って、練り歩くくらい。ハヤテが美味しいご飯作ってくれてるらしいから」


「|>〻<)お姉ちゃん苦しいよ」


「あ、ごめんね」



 すっかり抱きつくときに力を入れる癖ができてしまっている。

 おかげで私の中のワタは縮こまり始めていた。



「|ー〻ー)お姉ちゃん、私。ゲームでね、お話ししたいことがあるんだー」


「お、早速使いこなし始めてるわね」


「まるで本当にお話ししてるみたい。どんなの?」


「|>〻<)」


「音声サンプルにないものみたいね。噂のお料理かしら」


「かもね」


「それじゃあ、夏休み期間中はずっとAWO?」


「WBOに戻るかどうかはAWOで楽しい思い出ができるかどうか次第かもね」


「なるほど、お母さんとしてはハマってくれることを祈るのみね」


「|ー〻ー)お母さん、私も」


「ハヤテもAWOにしかキャラ持ってないものね」


「流石にもう一台、WBOに用意する生体データは用意できないわよ?」


「AWOにだけ用意できたのはどうして?」


「そっちになら伝はいっぱいあったの」


「へー」



 と言うわけでログイン。

 私と姉はそっくりな見た目である為、まぁまぁドッペルゲンガー説をうたわれるが。

 全くその通りなので否定はしない。

 なので髪型と髪色を課金アイテムで変えることにした。



「ハヤテが青で、あたしが赤。これでどう?」



 黒髪を基調に、ヘアカラーを赤よりと青よりに色調変化する。

 その上で前髪の寄せ方を左右で逆にすれば、見た目から別人とわかる。



「それとー、ずっと気になっていたこのスカート。これをパレオにしちゃいます」


「おー」



 オシャレになんて一切興味はないと思ってたが、そこはやっぱり女子ならではの美格センスを有していた。

 スカートとの違いは、ただ腰に巻きつけるタイプの布であることくらい。

 パンチラはゲームシステム的にありえないが、一応は気にしてとのこと。



「マーメイドスタイルで邪魔にならないために、ちょっとヒレっぽくはためくフリル増し増しにしてみたよ」


「かわいいね」


「でしょ!」



 素直に称賛する

 私に合うかどうか?

 それは周囲が決めることである。


 まぁ、似たような格好をしてる『トキ』が身内であるのは見てわかるようになった。



「トキー」


「あ、きたきた」


「どちら様?」


「別ゲーのお友達」


「それが噂の妹さんね!」


「ハヤテです、よろしくね」


「見れば見るほどそっくりねー」



 顔をまじまじ見られる。

 と言うか、近い。

 まさに目と鼻の先。


 そう、彼女は目を見張るほど小さい女の子だった。



「妖精?」


「シルキーよ。妖精種族の一番下っぱ」


「そんな種族あったっけ?」



 姉さんが訝しむ。

 私はキャラ編成画面を見たことがないので定かではないが。



「あ、これ? 親の特権を使ったのだよ、チミィ」



 チミィ、だのの言葉なんて久しく聞かないが。

 どんなキャラなのか想像がつく。


 これはあれだね、悪友タイプと言うやつだ。

 探偵さんのような。

 お互いに責任を押し付け合う、そんなイメージが降って湧いた。



「ずるいぞー、横暴だ」


「はっはっはー、そう云うトキだって、こっちじゃご両親は有名人じゃないの。パパから聞いたぞー?」


「まぁ、そこはお互い言いっこなしってことで」


「わかっていますとも」


「それでお名前を伺っても?」


「あ、めんごめんご」



 シルキー少女は、ミルモと名乗った。

 私はこれからこの二人とつるんで行動を開始することとなった。

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