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第15話 トラブルとアルバイト

「ご馳走様~」


「どういたしまして」


「これはますます命のかけらのゲットに励まなきゃだ」


「無理はしなくて大丈夫だからね?」


「ハヤちゃん、結婚しよ?」


「はいはい」



 まだ言ってるよ、この子。

 完全に胃袋を掴まれた顔である。

 困ったね。



「ハヤテちゃんもすっかりモテモテね」


「普段からリノちゃんってこんな感じなんです?」


「普段は常に周囲を警戒してるような子なのよね。大人に囲まれて育ってきたから」


「一人っ子の特徴ですかね」


「そうなのかしら? うちは子供いないから」


「あ、すいません」



 シズラさんは「気にしなくていいのよ」と言ってくれたが、気にはしちゃうよね。

 だってお姉さんのこよりさんは子持ちで、自分はそうではないから。

 ご結婚はされてるらしいけど、まぁそこはあまり突っ込むまい。


 ツッコミ返されて答えに窮するのは私だからね。



「ハヤテちゃんはこの後どうするの?」


「集めた命のかけらをマーケットに出品しようかなって」


「そう、高く売れるといいわね」


「ちなみに、私はご飯を提出するたびに代金としてこれだけいただいてます」



 手元に命のかけらを取り出しておいた。

 合計三つ。

 売値換算でアベレージ2400。

 ランチ4人分にしては格安だ。


 味に特化したフード(EN80%)に、ドリンク(SP毎秒10%回復、30分ENを消費しない)効果付き。

 普通であるなら10倍はもらっているところ。

 バフ料理は一つだけなら何もないのと同じだが、二つから驚くほど値段が上がる。


 前世の知り合いは軽食一つに五個も六個もバフ乗せてアベレージ100万取ってたけど赤字だと言っていたっけ。

 恐ろしい世界に足を踏み入れてしまったと今から恐ろしくて仕方がない。



「友達料金かしら?」


「ですね」


「あんまりサービスしすぎると相場が崩れちゃうから本当はやめさせたいけど」


「はい、心得てます。駆け出しはとにかく金欠なので、今だけですよ」


「お金稼げるようになったら、その分回収するのよ?」


「もちろんです!」



 友達価格はいつまでも続けるものではない。

 と、いうのもそのレシピ開拓までにかかる費用はバカにならないのである。

 技術料に素材の資産価値、そこに諸経費(キッチンの貸し出し料、調理器具の購入費用、手入れ費用、調味料の代金諸々)が上乗せされる。


 素材だけで飯が作れるわけもなく、そこに至るまでの研鑽もまた料金引き上げの指標だ。


 原価だけ見れば個々の素材は安くとも、誰にでも作れるわけではない。

 料理スキルがなくても個人でも作れるが、それを大量生産するとなると話は変わってくる。


 お店を開くのはそういうことなのだ。


 自分の時間を他人のために使う。

 店を維持するのにも費用がかかる。

 料理や錬金術はある程度稼いだプレイヤーがサブアカウントでやる道楽とは誰が言ったか。

 とにかくお金がかかるスキルなのである。


 私は両親のコネもあり、人にも恵まれてここまでやってこれたが、全部一人でやっていたらとなると頭がパンクするほど色々な要素に縛られる。

 素材の購入費用など最たる例だ。

 なのでずっとは続けられない。


 私だってゲームの中で搾取されっぱなしは嫌だし。

 私なら安く譲ってくれるという噂の元は早めに潰しておきたいところである。

 シズラさんの心配は、そこにある。

 私は普段のほほんとしていて気前がいいから、そういう連中にカモにされるんじゃないかという懸念である。


 思い当たる節があまりにも多いので、深く心に刻み込んでおく。


 ゲームなのでそこまで深く考えることもないけど、ネット社会ではどこでどんな噂が立つかもわからない。

 用心をするに越したことはないのだ。

 特にうちのメンツは何かと目立つ。


 お店の軒先で食事をしてるだけでも注目の的だ。

 最初はうるさいからか? と思ったけど、どうやら遠巻きに見守られている感じ。

 立ち止まっているのはどこかに情報を書き込んでいるからだろう。

 前世でもよく娘などがそうしてぼうっとしていたのを思い出す。



「マーケットに出品できた?」


「うん、高く買ってくださいー! 美少女のスクショ付きって言って相場の3倍で」



 バトル終了後に記念に撮ったスクショを安易にばら撒くのはやめて!



「ネットリテラシーとかないのかな?」



 あと自分で美少女って言って恥ずかしくないのか。

 私だけか。


 姉たちは普段から言われ慣れてるみたいである。

 まぁ何かと目立つ容姿だ。

 中身が残念なのだけを除けば、まぁ目の保養にはなるのだろうけど。

 巻き込まれるこっちのみにもなってほしい。



「そんなこと続けて、犯罪に巻き込まれないように!」


「ハヤテちゃん固い~」


「そうだよ、ハヤっち。あたしたちが可愛いのは周知の事実、もっとこれを売り込んでいかなきゃ!」


「この二人のことは放っといていいよ。いつもこんな感じで私を巻き込むの」


「リノちゃん、いつも苦労してるんだねぇ」


「うん、ハヤちゃんだけが癒し。やっぱり結婚しよ?」



 何も傷ついてない、面の皮の分厚い少女がそこにいた。

 やれやれ、これは手がかかる子達だぞ?

 前世では私が周囲を引っ掻き回していたが、今世では周囲が私を引っ掻き回してくるらしい。



「あんたたち、暇なら店手伝いな。どこかの誰かさんが顔写真を座標付きで送ったもんだから購入客がこぞってうちの店に流れ込んできてるよ」


「ふっふっふ、計画通り!」


「これはあれだね、あたしたちの時代が来たかもだね?」


「善きに計らいたまえ」


「ははー」



 イエーイとハイタッチをする賑やかし担当。

 そのあとお代官ごっこをしては場を和ませていた。

 君たち、どこでそんな知識得てくるの?

 ネットか、全てはネットの影響か。


 言ってる側から店に人が集まってくる。

 購入者か、はたまたただ顔を見に来た野次馬か。

 どちらかわからないが、昼過ぎにしてはファストリアの露店街は大いに賑わいを見せていた。


 そして全員が制服に着替えるなり、屋台は異様な雰囲気に包まれる。

 私がある程度提供できてるからそれなりの大量客を見込めるが、すぐに満席。

 あとはお持ち帰りメニューのみの販売になった。


 3人娘はウェイトレスを買って出た。

 私は裏方に参戦。

 料理スキル持ちは今や大事な戦力である。



「ずっと気になってたんですけど、お皿やスプーン、コップなどはどこで洗ってるんです?」


「そういうのはアイテムストレージに全部突っ込んでるのよ【使用前】【使用後】でタグつけしておけば便利よ?」



 そんな裏技があるんだ。

 お店に洗い場がないからどうしてるんだろうと思っていた。

 調理後はそのままアイテムストレージにしまい込めるのも盲点だったな。

 パッケージ化できるのまでは知ってるけど、食べたあとは当然お皿やコップが残る問題をどうしているのだろうと思っていたら、ゲームならではの考えか。


 では、その皿洗い代行サービスなんかもどこかにあるのかもしれないね。

 お店を開くのは相当に大変そうだ。

 よもやアイテムストレージまでお店関連のもので埋めることになろうとは。


 つまりは最初からバトルを諦め切った人しかこの街にいないと。

 露払いくらいはできるけど、遠出するメリットの方が薄そうだ。


 命のかけらの需要が高まるわけである。

 供給が足りずにここまで相場が上がったのかもしれないね。



「ここから先は命のかけらでの購入となるよ! 一律1000でアベレージで数えるからね。この子達の価格で大損した人はここでの購入費で帳消しにしてくれたら嬉しいね」



 だなんてアイディアで私たちは大いに恐縮した。

 味よし、愛嬌よし。

 シズラさんはそうやってここで信頼を築いてきたのだろうね。



「シズラさんてかっこいいよね」


「うん、私の憧れ」



 リノちゃんは将来かっこいいお姉さんに憧れを抱いてるようだ。

 でも、肝心の料理の腕はなく、食べる担当として私に粘着している。


 困ったな。

 なんだかんだで私はこの子が嫌いではない。


 まるで孫をあやしているような感覚である。

 ずっと付き纏われても困るのまで含めてだけどね。



「ならいっぱい食べて大きくならなきゃね」


「そうだねー」



 私もリノちゃんも、あまり背が高い方ではない。

 返す返事はどこか諦観の念がこもっているかのように間延びしたものだった。

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