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第16話 畑は1日にしてならず

「ふへぇ、疲れたぁ」


「もうクタクタだよ」


「慣れないことをするとどうしてもね」



 想定外の来客数。

 食材の仕入れも間に合わず、途中からマーケットの素材を買い占めてなんとか回した。

 おかげで規定以上の売り上げ。

 シズラさんもホクホクだ。



「みんな、ありがとね。これ片付けたら報酬の配分ね。その前に賄いが必要かしら?」


「おばちゃんのご飯、美味しいんだよ! みんな期待していいよ!」


「あらあら、お口に合えばいいんだけど」



 リノちゃんが誇らしげに胸を叩いた。

 私の前でいうことかね?

 いや、シズラさんの腕前が高いことは私も認めてはいるけど。

 なんだかちょびっと胸がチクチクする。



「これはハヤっちも負けてられないね」


「なんでそこで私が出てくるのかな、ミルちゃん?」


「ハヤテは結構わかりやすい顔するから、ミルっちに揶揄われてるんだよ」


「そ、そうかな?」



 自分でもわからないうちにジェラシーを纏っていた?

 まさかね。

 ほっぺをムニムニしながら冷静さを取り戻す。


 そこで、一通のメッセージに気がついた。

 畑にセットしていた野菜の収穫時間がきたようだ。

 あとで回収すればいいやと思っていたのをすっかり忘れてた。



「あ、シズラさん。私先にお野菜の収穫してきちゃっていいですか?」


「いいよー。賄いはいつもので?」


「お願いします」



 お店のテーブルですっかり談笑してる3人を背に、私は店の入り口に向かおうと席を立つ。



「お、ハヤっち畑やってるんだ?」


「こよりさんが休暇中、預かってるんだ。まだ駆け出しだから一部もいいところだけどね」


「収穫の様子、見に行ってもいい?」


「えっと、そんなに面白い映像はないと思うけど」



 さっきまで飯の顔をしていたリノちゃんが、急に私の仕事に興味を示す。

 どうにもつかめないよなぁ。



「あんたたちも行くの? じゃあ先に賄い作っておくから、メニューだけ出していきな」


「「「はーい」」」



 なぜかそういうことになった。

 普段見慣れないことには変に興味が湧くものなのかね?

 いや、単純に私がどんなことをしてるか知りたい可能性もあるか。

 そうだったらいいなと納得する。



「はーい、それじゃあ今日は新玉ねぎとにんじん、それとほうれん草とトマトの収穫をしていくよー」


「「「お願いしまーす」」」



 畑にこんなに同年代の子供が集まるのは不思議な気分だ。

 私が手本を見せれば、皆慣れない手つきで収穫を体験する。

 それぞれが手応えを感じながら、お姉ちゃんがビシッと挙手をした。



「先生!」


「先生じゃないけど何かな、お姉ちゃん」


「この品質っていうのは?」


「ものすごく味にかかわる要素です」


「ここの畑ってどれくらいの品質が取れるのが普通なの?」



 ちなみにあたしはCだった、と喜んでいいのか微妙な顔つき。

 実際はそれくらいなら全然マーケットに売れるよね。

 値段は規定値を超えないけど、収穫量はそれこそ肥料で左右されるから。



「ランクはF~Aまであって、Cからマーケットに並べられるようになるの」


「Dは?」



 とても青い顔をしているミルちゃん。

 何度も手元を確認しているあたりDだったのかもしれない。



「残念ながら、買取はできないね。でも、ジュースや調味料とかに使えるから、決して無駄じゃないんだよ」


「おぉ、Dにも使い道が?」


「錬金術はむしろ捨てる場所がないくらい失敗作にも道があるの」



 むしろ失敗作の用途が広すぎて、それの入手に苦労するのだけど。



「ぐっ」



 失敗作と聞いて血反吐を吐きそうなミルちゃん。

 表情豊かだなぁ。


 自分の畑じゃないのに、ショック受けすぎでしょ。

 皮算用で一喜一憂できるタイプかな?



「私は、畑苦手かも」


「リノちゃんはお母さんのお仕事に興味はないの?」


「そういうわけじゃないけど、こういう地味な仕事は苦手。もっとスリルを味わいたいなって」



 腰の刀に手を置いて、それから動き回ったり刀を振るモーションをした。

 アタックスキルを選択する子ならではの感覚か。

 わからなくもない。

 畑はどうしてもじっとしてる作業が多いし、料理だってそうだ。



「じゃあ、その分私が裏から支えるね。まずはシズラさん越えだよ」


「おばちゃん? どうしてそこでおばちゃんが出てくるの?」


「それを聞いちゃう? 私とリノちゃんに関係することなのに」


「えー、わかんない、教えて!」



 すべもなく縋り付く。

 確かにすぐはわからないかもね。

 それと私ってば結構意地悪なのかもしれない。


 しかし耳聡い子も居て「聞きました、奥さん」「あらやだー、ハヤテちゃんたら、うふふ」みたいなやりとりをしている。

 君たち楽しそうでいいね?


 収穫を終えて、私たちはシズラさんのお店へと帰ってきた。



「お帰りなさい、収穫の方はどうだった?」


「お手伝いしてもらったら……」



 私の言葉はそこで途切れる。

 結果は言うまでもない。

 収穫はスキルがあって初めて品質レベルを確定できるのだ。

 それがなければランダムもいいところで、まぁ、そう言うことである。

 いかに高い幸運をもってしても、ランダム要素に悩まされ続けるのだ。



「その顔を見ればわかるわ。仕入れはあまり期待できなさそうかしら?」


「まぁ、初めてのことですから」


「ねぇ、ちょっと! あれってやっぱりあたしたちやらかしてたの?」



 話を聞いたミルちゃんが顔の近くまで詰め寄ってくる。

 表情を青ざめ、ヒステリックに金切り声をあげている。


 やらかしている自覚があったからこそ、人一倍責任を感じているのかもしれない。

 なんだ、とてもいい子じゃないか。

 お姉ちゃんも良いお友達を持ったね。



「違うよー、今日の売上の30%くらいしか損失はしてないよー」


「してるんじゃん! どうする、トキっち?」


「賄い食べたらリベンジだよ! ハヤテちゃん、そういうことはちゃんと言ってね! あたしたちは何もハヤテちゃんの足を引っ張るのを目的としてないから。そんなリスクあるだなんて知らなかったよ、もー」


「次からは苦手だなんて言わずに頑張るから。ハヤちゃんも教えてね」



 やけにやる気を出した3人組。



「あー、うん。ほどほどに期待しておくね」



 私は歯切れ悪く返事をするばかりだ。

 これ以上畑を荒らさないでほしいなという本音はそっとしまっておいた。

 やる気を出してる子から物を取り上げるのは一番やってはいけない行為だからね。



「ここをキャンプ地とする」


「ここ、借りてる土地だから」


「まずは何をすればいいの?」


「最初は土作りだね」


「土作り。畑って種を植えれば勝手に育つ物じゃないんだ?」


「勝手に育ってくれたら良いんだけど、ゲーム的にもそうはいかないみたいなんだよね。まずは土の説明からだね」



 私は畑には属性があることを説明する。

 それに合う野菜と肥料があり、その組み合わせに必要な水やりのバランスもあった。



「難しいよー、頭がパンクしそう」


「ここで数学を活用するとは思わなかった」


「そんな難しく考える必要はないかな? 同じ記号を合わせるだけのパズルだよ。先人たちが苦労して最効率化してくれたおかげで、駆け出しでもある程度できるように法整備されてるから、あとは慣れだね」



 あとは資金が枯渇しない程度にマーケットで売り上げを出すこと。

 それを聞いた3人がそっと顔を向けた。

 私の利益の30%の額を聞いて顔を青ざめさせていた。


 金額を聞くと引いちゃうからあまり言いたくなかったのだけど、大金だってしればみんなやる気を出すと思ったら大正解。

 皆が懸命に向き合ってくれた。


 普通に10万近い損害出てたからね。

 畑の利益もバカにならないのだ。

 それ以上に肥料の素材が高騰している弊害か。



「畑はとにかくスキルが必須な行動が多いんだ。でも、肥料を撒くのとか、水やりをするのとかは素人でもできるから、こよりさんから私も教えてもらったの」


「お母さんが」


「確かにお水をあげるだけならあたしたちでもできそう」


「このゲージがいっぱいになるまであげれば良いんだよね?」


「ある意味でプレイヤーのENと一緒だね。肥料は畑のSTと考えればしっくりくるんじゃない? スキルを使ったり、動くと減るじゃない? 水やりや肥料はそれを回復するためのアイテムだと思えば良いんじゃないの?」


「あー、そう言う感じか」


「畑をプレイヤーに見立てるのは新しいね」


「じゃあお野菜は?」


「スキルかな? 動かずにじっとしてるよりも、いっぱい行動させたほうがスキルもいっぱい伸びるよね? そこに属性、つまりはアタックスキルとかサポートスキルとかの得意分野があるって思えば」


「すごい、バカなあたしでもするする理解できた!」


「ハヤテちゃん、先生に向いてるよ」


「そうかな?」


「絶対そうだよ」



 他3人は人に教えるのは絶望的に向いてないらしい。

 確かに今日一日一緒に行動しただけでそんな感じはした。

 みんなバーっと動いて、直感的に何かを成し遂げるタイプなのだ。


 中学生だから仕方がないと言えば仕方がないと思うけど。

 まぁ、褒められて悪い気はしない私であった。

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