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第42話 シミュレーションルーム

 グノーシスが入っているビルの地下には、トレーニングルームが設けられている。

 流石に戦闘時以外にオーディールを現出させて戦わせることは、現実的ではないことは火を見るよりも明らかである。

 さりとて、そのまま戦闘スキルを一切磨くことなく、つまりは実戦だけでそれを成し遂げようとするのもまた現実味がない。

 となると、考えられる案としては——ある意味妥協案と言って差し支えないのだが——仮想空間でのシミュレーションに頼るほかないのだ。

 トレーニングルームには、シェル型のシートが三つ用意されている。とはいえ実際に使用出来るのは二つのみであり、残りの一つはバックアップとして、二つのうちいずれかが使用出来なくなったとしてもトレーニングが遅滞なく進行出来るために設けられたものだ。

 シェル型シートのうち二つには、エーデルワイスと聡がそれぞれ座っていた。


「……まさかいきなりこんなことになるなんて」

「嫌だと言うのなら、すぐに辞めて仕舞えば? その場合は、パイロットも辞退するべきだと思うけれどね」


 エーデルワイスは煽るようにそう言った。


「如何して……」

「未知なる存在——『襲撃者』。それを倒すための唯一の手段が紛れもないオーディールなわけ。そんなオーディールについてまだ知らない人がたくさんではあるけれど、多くの人の希望になることは間違いない。そうでしょう?」


 歌うように、エーデルワイスは答え、さらに続ける。


「要するに、ここから逃げてしまうのならば——それはオーディールを操って人々を守ることさえも出来ないと自らで発言してしまうことと同じ、と言うこと。それを、むざむざと認めてしまうのならばここで諦めてしまうこともまた一興だと思うけれど」

「……少し言い過ぎですよ、エーデルワイス」


 しかしそこで聡に救いの手が差し伸べられた。

 差し伸べた相手は、エーデルワイスの隣に立っていたマリアだ。


「何で? 何であんたが?」

「今回の目的を忘れましたか、エーデルワイス。今回は、未知の敵である襲撃者を倒す仲間としての親睦……仲睦まじく過ごせとは言いませんが、少なくともきちんとしたコミュニケーションをとるように、と言うのが上の指示だったと、わたしは記憶していますが」

「老人たちの言い分をまともに受けるつもり? ……ただまあ、致し方ないわね。癪に障るけれど、分かったわよ。従えば良いんでしょう、従えば」

「分かっていただけるのならば、嬉しいですね」


 聡はエーデルワイスとマリアの関係性について、正直意味が分かっていなかった。

 お転婆娘とその護衛——と考えるのが普通だろう。しかしながら、聡は何となくそうではない——別の可能性をも考えていた。それが何であるのかは、具体的に考え付かなかったのだろうが。


「……ともかく、まずは実際に実力を見てみないと何とも言えない。それは紛れもない事実……そうでしょう? だから、ここにいるのであって。本当は、実戦で確かめたかったけれど、そう都合よく襲撃者がやってくるわけもないのだし」

「それはフラグと受け取られてもおかしくないのでは?」


 雫の言葉を遮って、エーデルワイスは話を続ける。


「……さあ、始めましょう。シミュレーションとはいえ、実戦に近い経験が出来るはずだから、これで実力を量ることが出来るはずだし」

「本当に構わないのね?」


 言ったのは梓だ。

 シミュレートマシンの操作には権限が必要である。その権限を持ち合わせているのが、現状は梓しか居ないらしい。最高権力者の司令官である雫でさえも、このシミュレートマシンを操縦することは叶わないのだ。


「ええ、やってちょうだい。……いずれにしても、良い経験になるのは間違い無いでしょうから」


 そして、梓は計器に取り付けられたスイッチを押した。

 直ぐに二人の頭上からゴーグルが降りてきて、ちょうど彼らの目元に当てられる。

 それにより完全に視界が遮られる形となり、やがて彼らの意識もまた仮想空間へと沈んでいくのだった——。



 ◇◇◇



 聡が目を覚ますと、そこは公園だった。


「……まさかシミュレーションでここまで?」

「多分、あの人が技術供与したんじゃないかな?」


 聡の隣には、少女が立っていた。


「あの人?」

「お偉いさんの隣に居なかった? 預言者と呼ばれる存在の、あの人が」

「……あ」


 言われてみれば居たような気がする——聡はそう思い返していると、さらに少女は話を続ける。


「多分あの人が言ったから——こんなふうに再現出来ているのだと思う。普通なら有り得ないでしょう? 異世界から来た謎の技術を僅か数日で仮想空間に再現出来ると思う? この世界の技術レベルが高いことは認めているけれど、そこまでになるとは流石に考えづらい。誰か、アイディアを提供しない限りは」



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